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氷雪の華  作者: 白石 楓
第一章 剣士となるためには
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第一章6 「嫌いも嫌いも好きのうち」

 あの事件から一週間。少女の態度は変わらなかった。氷雅が度々様子を見るために声をかけるも無視。布団に入ったまま出てこない。唯一、布団から出るのはお風呂の時のみ。


「弱ったなぁ·····。」


 完全に嫌われてしまった。口も聞いてくれないし、なんの態度すら示してくれない。更には名前も教えてくれないという嫌われっぷりだ。


「どうすれば心を開いてくれるんだ·····。」


 少女のことを思い詰めながら、自分の部屋の隅に立て掛けてある年季の入った木刀を手に取る。


 今日もこれから修行が始まる。このモチベーションが下がった状態で修行をして支障がないかどうか心配ではあるが、当然氷雅の中にやめるの三文字はない。


「行きますか·····。」


 部屋の戸を開け、氷雅は修行をする為に庭の方へと向かった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「こんな感じか?」


 氷雅は右手の剣を左の方へと構え、そして右へと勢いよく振るう。つまり、右払いというやつだ。この構えが基本の息吹式の刀技――


椿(ツバキ)になるはずなんだが、どうやっても技が出ないんだよなぁ。」


 刀技には様々な種類がある。速度が早い物もあれば遅いもの、出し方が一つ一つ違ければ難易度さえも違う。そんな中で、この椿という右払いの技はかなり簡単に出る技らしいのだが、氷雅は未だに出せずにいた。


「やっぱり素振りの練習が足りない?それとも何かがまだ欠けているのか?」


 その場で考え込む氷雅。

 果たして何が原因で技が発動しないのだろうか。明哲は速度と技の精密さとか言っていたが、正直それは欠けていないように見える。では、どうすれば――


「そんな右払いじゃだめよ。」


 突然、縁側の方から女性の声が聞こえてくる。その声が発された方へと目を向けると、そこにはあの少女が立っていた。


「えっ、なんでここに·····。」


「いいから。ほら、もう一回構えて。」


 少女が庭へと降りてきて、氷雅の両手を掴んで構えを無理やり作り出す。


「いい?技っていうのはただ構えを作って斬るだけじゃダメなの。心技体っていうでしょ?技を出すためには心が必要なの。」


「心·····。それは一体どういうことを思い浮かべれば·····。」


「そんなの簡単よ。あなたの守りたいもの、救いたいものを思い浮かべながら技を出せばいいの。さ、思い浮かべて·····。」


 氷雅にとって守りたいもの。救いたいもの。

 戦争によって嘆く者を失くしたい。この世の中から悲しむものを救いたい。そして、その元凶であるアイツを·····。


「――倒すッ!!」


 氷雅が勢いよく右払いをする。すると、ただの木刀から椿の花びらが出現し、その空間を勢いよく切り裂く。これが――


「刀技·····なのか。」


「そう!これが刀技!あなた、やれば出来るじゃない!」


 こんな簡単に刀技が出るとは思わなかった。そうか、これが足りなかったのか。気持ちを入れること、それこそが刀技の源。


「本当に教えてくれてありがとう!君、名前は?」


「私の名前は華桜鈴(カオリ)。」


「そうか、華桜鈴っていうのか。いい名前だね。俺は火野氷雅。よろしくね。」


「へぇー。あなたって上の名前あったんだ。っていうことは剣士の一族?それとも何か有名な?」


「まぁ剣士の一族ではあったかな。それにしても嬉しいよ。君から話しかけてくれるなんて·····。」


「――!?」


 意地でも話そうとは思っていなかった自分がいつの間にかこんなにも仲良く話している現状に気づき、咄嗟に氷雅へと背を向ける。そして一言、


「べ、別に私は話したくて話したわけじゃないんだからね!あなたの剣術が下手くそだったから教えただけ!勘違いしないで!」


「そ、そんなぁ。せっかく仲良くなれたと思ってたのに·····。」


 やっとの事で話せたと舞い上がっていた気持ちはすぐに打ちのめされ、氷雅は肩をがっくりと落とす。しかしながら――


「ちょっとでも話せたことは大きな進歩だ!これならいけるぞ·····。」


「そんな前向きな性格が私には羨ましいわ。だけど残念。私が話す時は剣術を教えることだけなんだからね。」


「またショック·····。そういえばさ、華桜鈴さんって剣術教えるのうまかったけど、剣術上手いの?剣は振ったことあるよね?」


「馬鹿にしないでくれる?私も剣術くらいは習ったことあるわ。これでも歳は十一もあるのよ?」


「ええ!十一歳なの?すごいな。その年齢であそこまで教えられるのかぁ。」


 自分よりも一個下の年齢なのにも関わらず、剣術が上手いという尊敬と共に、一個上の自分がまだ剣術の技をまともに打てないことがとても恥ずかしく思えてくる。

 しかし、明哲があまり寺に居ない今、剣術を教えてくれる存在というのはとても大きな存在となる。だからここはこの少女に頼み込むことが最善。


「お願いします!どうかこの弱小めに剣術を教えていただけませんでしょうか!」


 氷雅はそう言って頭を深く華桜鈴へと下げる。華桜鈴はその声に振り向き、頭を下げる氷雅に気づいて悩むように腕を組む。そして、少しの間がその場に流れたあと――


「いいわ。ただし、私と話せる話題は剣術に関してのことだけよ。それだけは約束して。」


「えぇー、そんなぁ·····。でも、ありがとうね。本当に教えてくれるだけでも感謝します。」


 氷雅は深々く頭を下げて謝礼。


 こうして、氷雅の剣術修行に華桜鈴も関わることとなった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 それからあっという間に冬を超え、春を迎え、夏と秋を通して一年。ついに氷雅の三年という修行期間が終わろうとしていた。


「氷雅もこの三年間で立派な男顔になったものだのぅ。」


 寺の門に立っている明哲が、目の前に立っている凛々しい顔へと変化した氷雅へと言葉を交わす。


 華桜鈴と出会って一年間。剣術の制度は圧倒的に上がった。修行の難易度が確実に上がる剣術修行はいつもの修行よりもかなりキツかったが、なんとか息吹式の剣術は全て使えるようにはなった。そして、


「――やっとこの日がやってきましたね。」


「あぁ。これで五日後の剣術認定試験に合格すれば、剣士へとなることができる。ここまで長かったが、よく頑張った。」


「ありがとうございます。これも明哲さんの指導と華桜鈴のアドバイスのおかげです。」


 そう言って氷雅は明哲の隣に立つ華桜鈴へと目を向ける。


 華桜鈴とは剣術修行のことでしか話すことができなかった。が、それを一年間。いつのまにかお互いを割いていた壁が取り除かれ、今では普通に話せるようになっていた。


「ううん。あなたは頑張っていたもの。私のおかげなんかじゃないわ。三年間、よく頑張りました。」


「あぁ。本当によくやっていた。氷雅は息吹式の全てを習得した。あとは自分の力を全て試験へ出すだけだ。ほら、記念にこれをやろう。」


「こ、これって·····。」


 そう言われて手に渡されたのは、明哲と初めて会ったときに見させられたエメラルドのように輝く剣。その剣はずっしりと重量感があり、待ってましたと言わんばかりに太陽の光を鞘が反射して、キラキラと一層と輝いている。


「その剣は三年前も言った通り、氷雅の父上から頂いたものだ。昔の氷雅はこれを扱うには到底及ばなかったが、今の氷雅にはこれが使いこなせるだろう。まぁ、試験は公平性を保つために指定された木刀で試合は行うから、その剣は使えないがな。」


 本物の剣は使えないという警告のような情報をひとつ入れられたところで、氷雅は腰へと重量感のある剣を差し込む。


「頑張ってこいよ。試験の形式はトーナメント制での対人戦だ。死なない形式にはなっているはずだが、万が一ということもある。死なないことを祈っている。」


「はい!ご心配、ありがとうございます!では、煉獄(レンゴク)国剣士認定試験へと行ってまいります。」


「なるべく無理はしないで、早く帰ってきなさいね。私達も遅ければ遅いほど心配するんだから。」


「分かった。なるべく早く帰ってくるよ。いや、必ずだ。約束する。」


 ――だって、もう失うのは嫌だから。


 煉獄国剣士認定試験というのは煉獄国の中心地である炎火で行われる。寺のあるこの場所は現在の煉獄国の最果てにあるため、中心地までは五日ほどかかる。

 寺を留守にする1週間ちょっと。この場所に何も起こらないことを祈りつつも、氷雅は夢に向かって一歩を踏み出した。

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