第一章5 「少女の瞳は――」
「はっ!はっ!はっ!」
毎日の日課である素振り。最近では暇ができれば素振りをするように心がけている。
今現在の仕事といえば少女の様子を見ることが主となっている。明哲や明楽もあまり寺にいることが少なくなり、ほかの僧侶達も忙しくなっているので、少女の様子見は自分の仕事となった。
剣術修行に少女の世話。他にもご飯の支度なども手伝うようになったためにやることはたくさんになってしまった。
そんな大変なありふれた日々を約二週間ちょい。今日もいつも通り無事1日を終えて平和で過ごせる思っていた。だが、そんな平和な日々に亀裂が入った。
「ねぇ!私の髪飾りはどこなの!?」
突然、部屋の方から少女の甲高い声が響く。怒りと恐怖が合わさったような声。その刹那、この声の発信源はあの寝ていた少女だということに気がつく。
氷雅はその声に気がついたと同時に、急ぎ少女の寝ていた部屋まで向かい、部屋の様子を恐る恐る覗く。
部屋の中には僧侶が一人。そして目覚めたばかりだと思われる少女は僧侶に向かって髪飾りの行方を求めて騒いでいる。しかし僧侶は髪飾りの行方を知らないのか、何も言えずに立ち尽くしていた。
その様子を見た少女はさらに言葉を強くし始め、ついには罵倒を入れ始める。恐怖よりも怒りが勝った瞬間。もう既に目元が殺意に満ちているのがハッキリと分かる。
――これはまずいな。
このままの状況が続けばあの僧侶がまずいことになる。だから助けなくては·····。
と思いたいところだが、正直いってあの状況に自分はあまり関わりたくない。いや、是が非でも巻き込まれることだけはやめて欲しい。だから·····
「――このままそーっと消えて、見てないふりをすればいいよね。うん。何も見てない、何も見てない。」
そう小声で自分を説得しながら、一足、また一足と音を立てぬようにゆっくりと後ずさりをし始める。だが、あと一歩で完全に隠れることが出来ると思ったその時、ふと横を向いた少女と自分の目が合ってしまった。
――まずい!
と思った時にはもう遅く、
「ちょっとどこ行くのよ!!こっちへ来なさい!さもないと·····。」
「はいはいはい!!行きます!行きますから!」
氷雅は焦りながらも少女の方へと走り、正座になって少女の目の前に座る。
少女の殺意に満ちた桃色の瞳。きっとこの子の殺意は髪飾りの行方がわからないことからの殺意であろう。ならば、髪飾りの行方を教えればいいだけの話なのだが、
「すみません!髪飾りに関しては私にもわかりません!多分、明哲さんが知っているかと思います!」
「あなたも知らないの?本当にこの寺には役立たずしかいないわね。ハゲじゃないあなたなら少なくとも使えると思っていたのに·····。まぁいいわ。それで、その明哲ってやつは誰よ。どこにいるのよ。」
「はっ、明哲さんはいます仕事のために外へと出かけておりまして。それで·····。」
と、ここで氷雅の言葉が詰まる。氷雅は明哲がどこへ仕事をしに行っているのかもよくわからず、帰ってくる時間も決まっているわけではないので、何も断言ができない。
このまま黙ってしまえばさらにこの少女の怒りは募る。何か言わなくては。だが、嘘を言ってはばれた時にさらに怒りが募ってしまう。一体どうすればッ·····。明哲さんっ·····!
「――おーい氷雅。今、我の事を呼んだかー?」
その瞬間、聞き覚えのある男性の声が耳へと届く。まさかと思い、声が聞こえた部屋の入り口へと目を向けると、そこにはいつも通りの僧侶の服装をした明哲の姿があった。
「心の声が届いた·····。助かった·····。もしかしたら俺、超能力者かも·····。」
そうしてほっとしたのも束の間。少女の矛先はすぐさま明哲の方へと向き、そして――
「このハゲ!私の髪飾りはどこよ!早く出しなさいよ!!そしてここから出して!!」
暴言を吐きながらも明哲に髪飾りの在処を問う少女。しかし、明哲はいきなりのこと過ぎて脳の処理が追いつかず、何も返事を返せぬまま突っ立っている。
「ねぇ!聞いてるの!このハゲェェエ!!!」
「おわぁ!痛ったい!いきなりスネを蹴らないでください!痛いじゃ、ないですか·····。」
少女にスネを蹴られた明哲。明哲は痛みを堪えるようにスネを手で覆いながらその場で抱え込んでしまう。
だが、これは演技であろうと踏んでいる。さすがに少女の一打、しかも寺の修行も積まれた明哲だ。こんなことでさすがに明哲が怯むことは·····。
「――うわぁぁぁあ!!」
「って怯んだぁあ!?しかも泣いたああ!?!?」
「だってスネですよ!スネ!そんなの反則じゃないですか!ううッ·····。」
そう言いながらもスネを抱え込みながら涙を流す明哲。しかし、この気をあの少女が逃すはずもなく――
「もし教えないんだったら、あなたのスネをもっと蹴るわよ!!」
「ひいぃ!許してください!」
と、いつもの態度とは一変。何度も頭を下げながら少女に許しを乞い始める。
明哲さんにしてはすぐ謝るだなんて珍しい。そう思っていた矢先、明哲の口元がニヤリと笑い、瞬間的に指がぴくりと動く。やはり、この人には何か策があるのだ。この状況を一変する策。果たしてその策とは·····。
「こいつです!実はこの一番弟子が髪飾りを要らないと思って捨ててしまったんです!ですが、ここは師匠。どうか師匠である私の謝罪で許していただけませんでしょうか!」
「ってただの責任逃れかよ!そしてこっちに指を刺すんじゃねぇ!!」
氷雅は指を指してきた明哲の左手を少々乱暴に振り払う。しかし、言われてしまったからにはもう遅い。
「あなたが私の髪飾りをッ·····。」
「いや、本当に違います!違いますからぶたないで!お願い!!」
「このぉおお!!」
少女が腕を振りかざし、そのまま座っている氷雅へと握られた拳が素早く飛んでくる。それは少女の殴りとは思えない速さ。正直、このくらいの子供なら殴りも避けられると思っていたのだが、
――こんなの避けようがない。
拳が目前まで迫る。殴られると思い、覚悟をして目をつぶったその時、目の前で大きな物が落ちるような音が聞こえ、刹那自分が殴られていないことに気がつく。
果たして何があったというのか。目の前の光景を確かめるために瞑っていた目を恐る恐るゆっくりと開ける。
眼中に光が入り、ぼやけが無くなってきた先に見えた光景。そこには、先程まで殴ろうとしていた少女が横に倒れていた。
「だ、大丈夫ですか!?」
まさかの光景に氷雅は咄嗟に少女の容態を心配し、少女の元へと急いで近寄る。それに気づいた少女は片手を左右に振り大丈夫の合図。どうやら意識はしっかりとあるようだ。
そして、少女は片手で頭を押さえながらよろよろと再び立ち上がり――
「ちょっと目眩がしてしまっただけよ。大丈夫。」
と、周りに心配をかけないように言葉で補足。そして、何事も無かったかのような顔で再び目の前に立ち始める。しかし、自分には少女が無理をしているようにしか見えない。
すると、今まで沈黙で姿をくらましていた明哲が少女の前へと近づき始め――
「まだ完璧には治療しきれておれん。あまり激しく動くとそうなるから気をつけい。」
と、警告を一つ。その警告を聞いた少女は手をぐっと握りしめながら、諦めたかのように肩を下ろす。そして明哲は続けて、
「落ち着いて聞いて欲しい。君は、君の村は戦争に巻き込まれて火の海と化した。そして君は道端で全身焼け焦げた姿で倒れていたんだ。そこを私が保護したという形となっている。それで大切なのがわかってからでは非常に言い難い事なのだが、君の花飾りはもう焼け焦げていたために捨ててしまった。もちろん、肌に着ていたもの全てだ。」
「そう。やっぱり私の村はもうダメだったのね。そうなると、私の家族も全員·····。そして、お母さんの形見もない。私はこれからどうすればいいの·····。」
「そうか、あの花の髪飾りはお母さんの形見だったのか。それはとても申し訳ないことをした。だけど、あなただけが生きていて本当に·····」
「何よ·····。」
明哲が言葉を繋ごうとした瞬間、少女の声が明哲の言葉を遮る。先程とは違う、震えの入った声。そして少女はそのまま――
「私が生きていたから良かったっていうの!?何が良かったの!?ねぇ、みんな死んじゃったんだよ。村の人も家族も全て·····。なのに、私が生きていて良かったっていうの!?私だけが生きていても、意味ないじゃない·····。」
と、少女は涙を拭いながら叫ぶように言葉を放つ。明哲はその嘆きに上手く答えきれず、沈黙がその場に流れる。気まずい空気。しかし、そんな空気の中で、ある一人が沈黙を破り言葉を放った。
「意味なくなんかないよ·····。」
「意味、ないじゃない。あなたには分からないでしょ?村のみんなが死んで、家族が死んで、私も死ぬような思いをして·····。あなたにそれがわかるの!?」
「分かるよ!俺だって戦争で両親失った。村は壊滅して、兄弟である姉と弟は消息不明。君と同じで孤独のままこの場で目覚めたんだ。だから、俺と君はおな·····」
「同じじゃない!同じでたまるか!私は家族を守るために戦ったの!だからこんな傷もできた。けど貴方は傷跡すら持っていない。あなたと私は違う。そう。傷跡さえ持っていない、貴方は誰よりもずっと弱い人だ。」
「弱い·····人。」
その言葉が深く胸の底へと突き刺さる。
もし、自分があの時逃げずに戦っていたらどうなっていただろうと思うことが時折ある。もしかしたら、あの時一緒に戦っていればよかったのではないかと。しかし、直ぐにその考えは消え失せてしまう。なぜなら、過去の自分には力がなかったから。属性さえ持っていない弱い人だったからだ。でも、だからこそ·····。
「俺は鍛えている。みんなが繋いでくれた命、救ってくれた命を活かして、今ここに立っている。だけど、みんなが繋いだ命を意味が無いなんて言うのは、そんなのは逃げだよ。逃げてるだけだよ!」
「に、逃げ?私は逃げてなんかいない。元々は私は生きるのを強要されただけなのよ?本当ならあそこで死んでもよかったの。わざわざあそこで救わなくてもッ·····」
「――二人ともそこまでだぁぁあ!!」
二人の言い合いに突然割り込んできたのは明哲だ。
二人の精神を抉り合うような言い合い。明哲はこの様子を指をくわえて見るのはどうしても見逃せなかった。
そして無事、二人の言い合いが一時的に止まったところで、明哲は深呼吸をひとつ入れたあと二人に対して言葉を放つ。
「こんな所で喧嘩をするんじゃない。君たちが喧嘩をして殺し合いになってもなんの意味もないだろう。とりあえず、一旦落ち着くんだ。」
そう言われ正気を取り戻した氷雅は深呼吸を一つ入れて荒れていた呼吸を整える。だが、相対して少女の方は正気に戻るどころか、
「もう知らない!私を飼い慣らしたいなら勝手にしとけば?私は食って寝れればそれでいいからッ!」
そう言って、少女はそのまま布団の中へと潜り込む。
先ほどの言葉で逆に火に油を注ぐような形となってしまったように思えるが、果たしてそれでよかったのだろうか。いや、
「こうなってしまうのも仕方がないのか·····。」
「うーん。まぁそうだなぁ。最悪な初対面だったが、これからもこのこの世話を頼むぞ。」
「はい·····。頑張ります·····。」
正直、この子の世話が修行よりも大変になるのではないか。そう思えるほど最悪な日であった。
一応、書き溜めでは第一章を書き終わりました。華桜鈴との話はあと一話で次の剣士認定試験へと進むので、楽しみにしていてください