第一章3 「息吹式」
疲れで怒りも収まってしまった頃合い、やっとのことで明哲による稽古が本格的に始まろうとしていた。
「えー、話がつい逸れてしまったな。とりあえず確認だけしておくが、氷雅は無属性ということでいいんだな?」
「·····はい。誠に申し訳ないことに、すみません。」
氷雅はその申し訳なさに、先ほどのブチギレ騒ぎの謝礼も込めて深々と頭を下げる。
それを見た明哲は少々焦りながらも、氷雅の下がった頭を咄嗟に手で持ち上げる。そして正面で向き合った時、明哲は言った。
「何を謝るんだ、少年。無属性であることは君が選んだことではない。これは宿命というものなんだ。だから、君が謝る必要などない。」
「いえ·····。でも、無属性を教えるのはとても迷惑になります。いや、世間一般から見て迷惑なんです。だから·····」
「――だからなんだ!迷惑?それは一般人の考え方だ。だが、私は違う。私は全てを宿命とみている。人生において与えられたものは全てその人に必要なものであるし、それがその人の役割なのだ。たから、私は無属性だからといって差別したりなどはしない。」
そう言いきったあと、明哲は深呼吸をひとつ挟んで、両手を体の前で合わせて合掌をし始める。そして、目を瞑りながら――
「全ての人は平等なり。」
と一言。そして、明哲は続けて言葉を紡ぐ。
「これは私がもっとも大切としている言葉です。今の戦乱の世の中には不当に不平等を受けているものが沢山います。そして、それが一般的な考え方として広まってしまいました。ですが、私は自分が劣っているなどと言って謝らないで欲しいのです。謝ることなどないということを知って欲しいのです。」
先程の明哲の姿からは想像もできない、落ち着きのある姿。じゃれあいが続いてつい忘れてしまっていたが、明哲は紛れもない僧侶だ。仏に仕え、平和と平等を目指す者だ。ならば、そう恐れる必要など毛頭からなかったのかもしれない。最初から結果なんて決まっていたのかもしれない。これこそが――
「宿命、というものか。ふふっ。そうですね。これが自分の姿、きっとこれもなにかの意味があって神から与えられたものなんですね。」
「そうともそうとも!だから君は謝る必要などない!ちっとも迷惑なんてかからないぞ!ちょっとだけ教えるのが面倒くさくはなるがな!」
「さっきの希望の眼差しを返して!?」
と、コントさながらのボケとツッコミが再び交わされたところで、明哲が剣術を教えるに際しての本題へと踏み入れる。
「ということで、まず私が教える属性を君に紹介しようと思う。この本を見てくれ。」
そう言い渡されたのは、分厚くて文庫本サイズの図鑑のようなもの。明哲がどこにこれを隠し持っていたのかは定かではないが、とりあえず見開き1ページ目の目次のところに目を通してみる。
「·····シチリュウゾク?ナナゾクセイ?ヨンダイシンセイリョク?」
そこには訳の分からない文字列がずらりと書かれている。目次という点で予想するに、これは属性をグループごとにまとめた名称である事は分かるのだが、こんな言葉を聞いた覚えは一度もない。
「7竜族、7属性などというのは属性の順位付けだ。7竜族というのは基本となった属性。そこからさらに生まれた属性が7属性という訳だ。」
「なるほど。」
明哲の説明でなんとなくは理解した。要するに、7属性が元となって様々な属性が派生をし、それを誕生した順に順位付けしたのがこの枠組みという訳だ。しかしながら――
「属性、多すぎないか?」
目次の方をざっと見たところ、少なくとも50以上の属性はあるように見える。その中には両親が使っていた炎や氷結の属性も書かれているが、それ以外はほぼ知らないという現状だ。
この中でも特に気になるのは、四大神聖力の時間、その他に属する流星や桜花などの属性だ。これらは一目見て技の想像が出来ないので、かなり興味をそそられる。こういう変わったものも教わってみたい気もする。いや、
「もしかしたら、こういうのを教わるのかも·····。」
という期待が氷雅の心を大きく躍らせる。果たして自分はどの属性を教わるのだろうか。どんな技を打てるようになるのだろうか。
「でだな。ここで112ページを開いて欲しいのだが、」
――きたぁぁああ!
ここで僕が習う属性の紹介だぁ!なんの属性がでるかな?いいのが出るといいな。いや、ここは絶対出るに決まってる。そうだな。ページ的にその他になりそうだから、ここは流星か桜花!頼む、頼む、頼む!!
「君が習う属性は――」
明哲が深呼吸を大きくひとつ入れ、その間に氷雅が112ページまで開き終わる。驚く氷雅、口を開く明哲。果たして、氷雅の習う属性は――
「息吹だ!!」
「い、ぶ、き?」
またもや聞いたことのない属性だ。この属性も名前だけではパッとしないので、息吹という属性もどういうものか気になるし、習ってみたいとは思うが、
「――あの、申し訳ないんですけど、流星とか桜花に変えてもらうことって可能ですかね?いや、してください!!」
明哲に再び深々と頭を下げる氷雅。しかし、今回は前回の時とは話が違う。今回は懇願の頭下げだ。しかし、その懇願も虚しく――
「いいや、属性は息吹一択でいく。これは何があったとしても譲らん!」
「いやなんでですか!?僕、思ったんですよ。無属性ならば何を鍛えようとメリットデメリットは一緒。ならば、どれを選ぶのも自由なのだということに。なのになんでッ·····」
「それはさまざまな理由があるのだが·····今は言えない。とりあえず、氷雅は息吹属性を極めるべきだ。それだけは私が自信を持って言える。」
その刹那、氷雅はこれ以上の懇願は無駄だということを察する。理由はまだ言えないが、相手には何かしらの譲れない理由があるのだろう。ならば、ここはそれに従うしか他ない。
「ウッ·····分かりました。息吹を極めます。」
「うむ。それで宜しい。話は逸れたが、息吹の説明を見てくれ。」
そう言われ、息吹の説明欄の方へと目を移す。
息吹属性
主に草木の力を使い属性技を繰り出す。ほかの属性よりも反動が少ないのが特徴。周りの植物から力を吸い取るため、植物がない所では使いにくい。
「その属性は植物の力を借りて技が出せる属性だ。力の大きさは植物の有無で決まり、何よりも氷雅におすすめする理由の一つとしては、反動の少なさという特徴にある。」
確かに、どの属性を使っても反動が起こる自分には反動の少ないものが最もあっている。そこの部分は否めない。だが、植物の有無で威力が決まるのは――
「さすがに使いにくいですねぇ。この属性は·····。」
「うーむ。確かに、息吹属性はその他の属性の中でもまぁまぁの知名度は誇るが、環境に 左右されやすいために剣士にはあまり向かないとは言われている。」
と、デメリットに関しての情報をさらっと口に出す。
正直、これほどのデメリットがわかっているとかなりの不安が募る。プラス、無属性という自分のデメリットも相まって余計にだ。果たして自分はこれ程扱いの難しい息吹属性を使いこなし、うまくやっていけるのだろうか。いや、
「ここまできたらやるしかないってことか。」
自分の目標はこの息吹属性を使いこなし、そして憎き敵を倒す。それだけだ。ならば、こんなことでとやかく言っている暇などない。本物の強者なら何も言わずに練習に打ち込む。きっと殿と言われていたあいつもそうだったのだろう。ならば――
「この時間が勿体無い。早く、練習に打ち込まなければ。」
「お、やる気になってきたか。ならば、まずは素振りを千回だ!」
「せ、千回!?そんなの無茶ですって!まだ病み上がりですし、刀を扱うのは初めてなんですよ!?」
氷雅は予想外の千回という明哲の言葉に驚きを隠せていない。だが、これも修行に必要なこと。氷雅は否定の言葉を飲み込み、小さく頷く。
「よし、それでこそ剣士を目指すものだ。では頑張ってくれたまえ。素振りの後もやることはたくさんあるからな。」
こうして、氷雅の修行の日々が始まった。