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氷雪の華  作者: 白石 楓
第一章 剣士となるためには
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第一章2 「無個性の誕生」

「おめでとうございます!元気な男子でございます!」


 産婆、今で言う助産師が小さな赤ん坊の体を抱き抱えながら男子であることを断言する。 

 その知らせに父や村人達は大喜び。人数に比べて狭い家の中でめでたいめでたいと踊る者もいたという。


 氷雅はこうして多くの歓喜に包まれて誕生をしてきた。歓喜の理由は火野家待望の長男だからという一言に尽きる。その当時、火野家には2歳離れた姉がいたので初めての子供ではなかったが、それでも跡取りができたことは村全体に安堵と歓喜を与えた。


 名前というのは8歳になるまでつけてはならず、属性に寄った名前でなければならないという決まりがある。それまでは仮の名前を付ける。では、なぜ8歳になるまでつけてはならないのかと思った人がいるだろう。その理由としては、8歳になると属性判別の儀式で属性が判明するからである。


 属性判別の儀式は聖火を使って行われる。火と言っても一般的な赤色の炎とは違う。青色の燃焼能力のない特別な炎だ。それを右手の甲にかざすことで紋様が焼けたように浮かび上がり、その文様の種類で属性が判明するのだ。

 また、属性は遺伝的に起こる。火野家で言うと父は炎属性、母は氷属性なので子供は炎属性か氷属性のどちらかということになる。


 そして、ついに氷雅の属性判別の儀式がやってきた。姉は氷属性であることが判明しているため、両親は炎属性であることを期待していた。が、その期待は思わぬ形で裏切ることになる。なんと、氷雅は属性の判別が出来なかったのだ。


 8歳になっても属性が判別できないことはたまーにある。それはもう個人差というものなのでどうしようも無い。しかし、氷雅は違った。8歳、9歳、10歳となっても属性が判別できなかったのである。


 そして、そのことは村全体にあることを危惧させた。それは無属性なのでは無いかという危惧である。


 属性は遺伝的に起こる。しかし、属性は稀に突然変異を起こし、両親とは違う属性となることもあるのだ。そして、氷雅は突然変異という低確率、さらには属性を持たないという低確率が重なってしまっていた。


 無属性、それはすなわち無能力を意味する。能力があるということが当たり前の世の中。無属性が生まれたら捨てたり殺したり、病気だとか言って罵ることだって珍しくはなかった。

 だが、両親は違った。決してそんなことはしなかった。村人達も全員とまではいかないものの、病気だとかで罵るようなことはなかった。


 しかし、世間は許してはくれない。きっと無個性だと言うと、軽蔑されたり、いじめられたりする可能性もある。だから両親は他人に属性のことは誰にも言うなと言われてきた。だが――


「手の甲を見れば分かるんだから、どうしようもないよなぁ」


 氷雅は何も紋様が焼き付かれていない、綺麗な右手の甲を見ながらそう呟く。


 怪我は2週間ほどで完治し、治癒能力のおかげでほぼ怪我前と同じような綺麗な肌を取り戻していた。

 そして今日は剣術修行初日。明哲に剣術を教えてもらうわけなのだが、やはり剣術で大事なのは属性の判別。きっと明哲は無属性ということに気づき、呆れてしまうだろうと安易に予想がつく。


「はぁ·····気が重い」


 氷雅は剣士において、無属性というのは大きなデメリットであるということは十分理解していた。

 まず、剣術技というのは反動が伴うものである。しばらく体が動かなかったり、体力が削られてしまったりなどだ。しかし、自分と同じ属性技を使うことで反動はほぼ無くなり、硬直などということも無くなるのだ。

 対して無属性は当たり前のように同属性技などは無い。つまり、どの属性技を鍛えても反動が起きてしまう為に強くはならない。また、同属性技であれば威力は通常よりも上がるのだが、無属性は同属性技が無いのでどの属性を使っても威力は上がらない。これではもう――


「呆れるどころか剣士にすらなれないよ。」


「何が剣士にすらなれないんだ?」


 氷雅はその声に瞬時に反応し、声が発された縁側方へと驚いた顔を向ける。

 視線の先、そこにいたのは木刀を二本持った明哲であった。


 いつからそこに立っていたのだろうか。どこから自分の独り言を聞かれていたのだろうか。もしかしたら、今のでバレてしまったのではなかろうか。そう氷雅が問いかける間もなく――


「今から立派な剣士になるために練習をするんだろ?」


 そう言いながら、明哲は縁側から広い庭へと颯爽と降り、右手に持っていた木刀を氷雅の方へと投げ渡す。


 手元に渡った、綺麗に磨き上げられた木刀。刀の刃の側面に当たる部分は微妙な湾曲を描いており、刃の先は本当に木刀なのかと疑えるくらいに鋭く作られている。木刀ながら、本気で殴れば普通に人を殺せるレベルの精密さだ。


「何木刀に見惚れてるんだ?そんなに木刀が珍しいか?」


「あぁ·····いえ。ただ、この木刀はとても精密に作られているなぁと思いまして。」


「それはそうだろう!何を隠そう、それはこの寺に3本しかない、新品のピカピカ木刀だからな!」


 明哲はそう言い終わったあと、両手を腰に当てて、自慢げに胸を張る。


 新品。つまりそれはだれも使ったことがない、打ち心地新鮮な代物。そして、他にもある三本も同じく新品。普通は年季の入ったものなどがあることが普通だと思うが、ここには新品しかない。

 自分の家にも二本ほど木刀はあったが、どちらも年季の入ったものであり、これほど状態の良いものではなかった。


「状態が完璧な木刀を振らせてもらえるだなんて、こんな嬉しいことは·····。」


 そう言いかけて、氷雅は瞬時に何かを悟った。新品、しかも三本しかない理由。いや、まさかとは思うが、もし自分の予想が合っていれば――


「明哲さんって今まで誰かに剣術を教えたことはありますよね?」


「――――」


 そう言われた明哲は両手を腰に当てたまま、その場で銅像のように硬直する。口は開いているのだが、そこから声は出ていない。出ているのは徐々に大きくなる呼吸音のみだ。

 明らかに動揺をしている様子を見て、氷雅の予想は確信へと変わる。だが、そこからしばらく待っても口を開くことはない。それが言うことがないのか意地になっているのか分からないが、明哲は謎の無言を貫き通し続けている。ならば、最後の畳み掛け――


「やっぱり、誰も教えたことがないんですね。だから木刀が三本、しかも全てが新·····」


「そこまで言わなくてもいいじゃないかぁ!!そこまでぇ·····。」


 その瞬間、何かが吹っ切れたのか、力が抜けたように明哲はその場で足から倒れ込む。そして堰を切ったように続けて――


「教えてくださいと願って来た人は少なからずもいたんだよ。いたんだけど、何故か知らないけどみんな辞めていくんだ。教えがつまらないとか下手くそだとかでさぁ!ねぇ、なんでだと思う!?」


「いや知らねぇよ!しかも、それってもう理由を自分で分かってますよね!?」


 と、昔からお得意のツッコミをひとつぶち込んでいく。それから少々の間が流れた後、永遠と倒れ込む明哲に氷雅は小さな右手を差し伸べる。その差し伸べられた手を見た明哲は左手を左右に振って大丈夫ということを仕草で伝え、そのまますくっと立ち上がり一言、


「――まぁ私のことは気にしないでください。これでも強靭なメンタルの持ち主なので。」


「あの姿を見た上でのその一言はとても信用ならないのですが·····。」


「そ、それは少々取り乱してしまっただけだ!そ、それよりも稽古だ稽古!!そこに立ちたまえ!」


「稽古をすれば話が逸れると思ってるのも丸わかりですからねぇ!?」


 ――こうして、明哲の話に氷雅がツッコミを入れるという終わりのない構図がしばらく続いた。

 


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




「ではこれから稽古を始める。挨拶!」


「よ、よろしく·····お願いします。」


 元気な声を発する明哲に対して、元気の無い声を発する氷雅。


 あの芸人のコントの様なボケとツッコミを約15分。さすがの氷雅もツッコミは得意とはいえ病み上がり。体力がないため、永遠にツッコミを入れることなどはできるはずもなく、すでに疲れ果てていた。

 それに、先ほどからテンションのおかしい明哲に疲れてしまったのも一つの原因ではあるが、それよりも稽古に乗り気になれない大きな原因があった。それは――


「うむ。では、まずは氷雅の属性を見させてくれ!」


 ――そう、属性だ。


 先ほども言った通り、属性の判別というのは非常に大切である。属性にあった技を使えば、反動を減らせて威力も上がる。

 だが、氷雅には属性などない。属性などがなければ反動はどの技を使っても跳ね返ってくるし、威力は普通よりも落ちる。まさに出来損ないという言葉が相応しい。だから今まで無属性ということを隠し通してきたのだが、


「むむむ·····。氷雅の甲には文様が何も刻まれていないな。まさか、属性判別の儀式を行なっていないのか?」


「あぁ·····いえ。そういう訳ではなくて·····。」


「ん?ではどうして文様が刻まれていないんだ?」


「――――」


 その質問に返す言葉がなく、氷雅はしばらくの無言を強いられる。その様子を見ていた明哲は氷雅に追求をするとこもなく、顎を触りながらその理由を探し始める。

 そして、顎から手を離したと思ったその刹那、明哲の口が開き始め――


「お主、まさか無属性とか言うんじゃないだろうな?」


 と、氷雅がいちばん聞かれたくなかった言葉が放たれる。


 その言葉にもどう答えていいのか分からず、相も変わらず無言を貫く氷雅。だがしかし、この膠着した状況に永遠と耐えられるはずもなく、しばらくの沈黙の上、氷雅は諦めたかのように――


「·····はい。実は無属性なんです。」


 と、肩を落としながら一言を放つ。

 この衝撃の事実には、流石の明哲も目を大きくして驚いた顔を見せる。だが、それも束の間。明哲は驚いた顔から瞬時に人格が変わったかのように表情を変える。

 その表情を一言で表すならば、無心といったところだろうか。ただ何も言葉を発することも無く、木刀を地面に引きずりながらゆっくりと氷雅に近づき始める。


「め、明哲さん·····?な、何を·····。」


「黙れ、声を出すな。そこでじっとしていろ。」


 無言でゆっくりと近づいてくる恐怖。先ほどまでテンションの高い明哲を見ていたからか、そのギャップでさらに恐怖が上乗せされる。

 両親には耳が痛くなるほど言われてきた。他の人には無属性だということを言うな。殺される可能性もあるから絶対に言うな、と。あの頃はそんなことあるわけがないと思っていたが、その意味がやっと分かった気がする。


 一歩、二歩、徐々に氷雅の前へと確かな歩みを進めてくる。明哲には一本の木刀。このままでは明哲の攻撃範囲に入り、自分は明哲に殺されてしまうだろう。

 だがしかし、自分には相手と同じ木刀がある。しかも新品という同じ条件の木刀だ。これさえあれば攻撃は当てられなくとも、相手の攻撃を瞬時に判断して防ぐことくらいはできるはずだ。


「――――」


 相手は未だに無言を貫いている。だが、今確実に攻撃範囲内に入った。

 いつ攻撃が来るのだろうか。いや、これだけ動きがゆっくりなのであれば見分けることはできるはずだ。考えろ、見分けて防げ。

 攻撃のパターンは二つのみ。縦か、横か、縦か、横か、縦か、横かッ――


「縦かぁあ!!」


 その刹那、上へと振りかざしたのを見分けた氷雅はその攻撃を防ぐために、自分の持っていた木刀を横に構える。

 完璧に相手の攻撃を防いだ。そう思っていた。だが、予想外なことに――


「うわあああッ·····ってあれ?」


 衝撃を受けた感触がない。だがしかし、縦に振りかざしていたのは完全に見分けられたはず。なのになぜ、相手の攻撃を防いだ感触がないのか。

 その謎を確かめるために、いつの間にか閉じていた目をゆっくりと開き始める。光が差し込み、地面が見え、ぼやけを通したあとで鮮明に庭の全貌と自分の上半身が見え始める。


「まず、首は繋がってるよな。その後で腕もあって、足もあって、胴体も·····。うん、ちゃんとある。何事もない。何事もないぞー!!」


 全てを手で確認したあと、何事もなかったことに歓喜の雄叫びをあげる。だが、そんな喜びもつかの間。気になるのは明哲の居所だ。それが確定しなければ安心することは出来ない。たしか、縦に振りかざされたあとは·····。


「おいおい、何いきなり叫んでるんだよ。」


 と、後方からいきなりの声掛けがかかる。

 思わぬ方向からの声掛けに、氷雅はすぐさま後方へと振り返る。すると、そこにいたのは完全に優しい顔を取り戻した明哲であった。


「なんでそんな必死な顔をしてこっちを見てるんだ?まさか、殺されるとでも思ったのか?」


「え·····。いや、それはそうなんだけど。なんで明哲さんがここに·····。え、だったら自分は一体·····。」


「おいおい、落ち着きたまえよ少年。まず、君は殺されてはいない。そして、殺すつもりで剣を振るったつもりもない。ここまでは分かる?」


「あ、はい。つまり、僕は生きているんですよね?え、ってことはなんで剣を·····。」


 その率直な疑問を問いかけた瞬間、明哲は今まで見たことがないほどの大笑いをし始めた。氷雅はもちろん、今の質問の何が面白かったのか、全くと言って良いほどわからない。


 こうして、しばらく明哲の笑いが続いた後、笑いを含めながらもなぜ剣を振るったのかという回答を出し始める。


「実はだなぁ、無言で近づいて剣を振るったらみんな驚くもんだから、その反応が面白すぎてついつい毎回弟子ができるたびにやってしまうのだよ。本当にごめんね。あはははっ!!」


 この時、初めて明哲に殺意が湧いた。今までの弟子が明哲から離れていった理由、それが今分かった気がする。いや、確実に分かった。こいつは稀にいる、完全に人をイラつかせる天才だ。


「いやぁ、本当にごめん。でも、今のでかなり色々なことが分かった。」


「色々なこと?それは、この人ならイラつかせても大丈夫だとかっていう確認ですか?」


「んー、まぁそれもある。けど、迅速に対応する反応速度、動きを冷静に見れる動体視力。それらは今までいた弟子たちの中でも一番だということが今ので分かったよ。はい!ここ喜ぶところ!」


 そういきなり言われても、今さっきの状況からいきなり喜べるわけねぇだろ!

 って正直ガチ切れはしたいが、自分はあくまで教えてもらう側だ。流石にここでガチ切れしたら、一応無礼に当たってしまう。ここは我慢をして·····。


「――そうですね!やったぁ!あははははっ!!」


「はぁ·····。やっぱり、氷雅ってきもさも一番だなぁ。」


「喜ぶところって言ったのはあんただろうがよォォォ!!」


 無礼だと堪えたのも束の間。氷雅は渾身の怒りを明哲にぶつけた。

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