フィルター#4
それから僕は少しずつ、学校に通うようになった。長く通っていなかったので、皆もう僕がフィルターがどうのなどと言う気持ち悪いヤツであることを忘れたようだった。
むしろピアノが弾けるようになって、前より友達が増えた気がする。クラスで合唱する時は、ピアノを弾くのが僕の役目になった。
勉強は最初はわからないことだらけだったが、すぐになんとなく理解できて、前と同じように普通の成績に落ち着いた。
フィルターは未だかかったままだった。でも、最初に感じた世界の外に投げ出されてしまったという疎外感は消えて、普通に、当たり前に、皆と同じ世界で生き始めていた。
そして最初に彼女を見たときの強い衝動は治まり、もちろん彼女はフィルターの前だが、目に入ってもチラリと一瞥するだけになっていた。
結構な間、彼女の赤ちゃんを目にすることがなかったのは偶然だったのだろう。僕が小学校四年生にほんの少し慣れたとき、僕は彼女の赤ちゃんを見た。
ピンクと黄色のベビー服は一瞬で女の子なのだとわかる。声もあのエヒエヒと笑う声で、何より、赤ちゃんはフィルターの前にいた。
学校帰り、黒いランドセルの肩ベルトを両手で掴みながら、僕は立ち止まった。
「ぁ」
と声が漏れて、一瞬脳裏に強い衝動を思い出した。僕はわざと彼女とその赤ちゃんに近づくように歩く。
抱きかかえながら、車の鍵を開け、少し荷物が多くて大変そうな顔をする彼女に声をかけた。
「手伝いましょうか?」
彼女は明るく笑って、
「ありがとう」
と言ってから、
「あのさ、肩掛けカバンの紐がリュックに引っかかってない?取ってくれない?」
としゃがむように肩を下げて言った。赤ちゃんは何やら手をプラプラさせている。
僕は初めて彼女に触れるのに緊張しなかった。そっと肩紐を外しながら問いかけた。
「赤ちゃん、なんて名前ですか?」
彼女は笑って、凄く誇らしくて嬉しいような顔をした。
「あのね、ナミ。海の波ってあるでしょ、漢字もそのまま波なの」
ナミ。
「ナミ。可愛いですね」
彼女は満面の笑みでこう言った。
「ありがとう」