フィルター#3
僕はピアノを好きになった。音楽なんて興味もなかったのに、たくさん聞き、学び、覚えて、弾く。これが僕の毎日になった。
不思議なことにこの頃から、フィルターに対しての強い恐怖心が薄れた。音楽が僕の心に「目で見たものなんて価値がない」とわからせてくれたような感覚だった。
そして世の小学校三年生達が随分「三年生」に慣れた頃に、彼女は帰ってきた。父さんに連れられて買い物に行こうと、駐車場に行くと、乗り降りのしやすいようなファミリー向けの大きな車から、彼女が降りてきた。前より少しふくよかな気がする。そして中から赤ちゃんがエヒエヒと笑う声が聞こえた。
僕は、あぁ。子供を産むためだったのか。とすぐに理解し、ボーッと彼女たちを見ていた。チャイルドシートを外そうと手間取っている様子の彼女を、彼女によく似た年配の女性が横から手助けする。
「おい、乗れよ。行くぞ。」
父さんに言われ、僕はハッと振り返って車に乗った。
それから何度か同じように彼女が車から降りてきてチャイルドシートを外そうとしている場面を見たが、いつも赤ちゃんはエヒエヒ笑うだけで姿は見れなかった。彼女はやはりいつもいつもフィルターの前だった。