九つ その大国は切望す
「ジルバよ、この大戦必ずや勝たねばならぬ。そのこと努々忘れるでないぞ」
「心得ております。我が王よ」
そこは、赤を基調としたどこか荘厳な雰囲気を醸し出している部屋だった。
その部屋の中央、玉座に掛けるはロロス=ガルムンド王である。
そんな彼に対し跪いているのは、ジルバ=ドンベン。この国の軍隊最高長官である。
ここはガルムンド王国。豊かな自然と広大な領地をもち、世界で一二を争う魔法的先進国。……だった。
今となってはその領地もかつての三割ほどのものとなり、更に国土の46%が砂漠……死んだ土地である。
かつては栄えていた魔法技術でさえ衰退の道を進むのみとなっている。
ガルムンド王国がここまで落ちぶれた原因。それは十八年前のクラスティア魔法王国との大戦にある。
大戦当時、ガルムンド王国とクラスティア魔法王国との戦力差には雲泥の差があった。他国と比べ当時のガルムンド王国は魔法に対して圧倒的に秀でていたのだから当然だ。
そもそも大戦をもちかけたのもガルムンド王国だ。負けると分かっている相手に大戦を仕掛ける馬鹿はいないのだから。
クラスティア魔法王国としても勝てる確率が薄いことなど分かりきっていた。だが、だからといって簡単に無条件降伏が出来るわけでもない。そんなことをすればどんな要求があるか分かったものではないからだ。
こうして、ガルムンド王国にとっては取るに足らぬ相手との大戦が始まった。……否、始まってしまった。
戦局は予想通りガルムンド王国の圧倒的有利に進んだ。この世界に於いて魔法の有利とはそれほどに大きいものなのだ。
だがこの圧倒的有利な状況が一つの悲劇につながってしまった。
それはガルムンド王国でのことだ。とある貴族の当主が大戦への参陣を要求したのだ。そのこと自体は何ら問題のあることではない。実際、軍所属の貴族は大勢居り、そう言った者達の活躍はよくあることだ。
だがこのときの貴族は違った。軍に全くの関係の無い文官だったのだ。
そんな者を戦場に送ってもどうにもなりはしない。そう思ったジルバは要求の撤回を促した。
だが如何せんその文官は能力が強すぎた。当然戦闘という意味の能力ではない。政治的能力だ。
曰く、彼子飼いの貴族は大勢いる。曰く、そんな者達に彼が王の不満を唱えれば。
勿論その程度でクーデターなど起きやしない。少しばかり誇張した脅しでしかないと、そんなことはジルバにも分かりきっていた。
だからといって、切って捨てられるかと言えばそうでもない。脅威になりはしないが、地味な政治的嫌がらせがなされるのは目に見えている。そんな事に我が王を付き合わせるわけに行かないと思ったジルバは最終的に参陣を承諾した。そもそも今回の大戦は余裕があったし、大きな被害も出てはいなかったため、そういう判断をしたのだ。
但し、一回限り次回の遠征のみという条件付きである。
これがもし……次々回や前回の遠征であったなら結果はまた違っていたのかも知れないのだが……それはどうしようもない事だ。
その遠征は、クラスティア魔法王国領地コルン領へと向けて行われた。
ガルムンド王国の得ていた情報ではコルン領はただ田舎というものしか無かった。
だが不幸なことに現実は違った。そこにはアルノート魔法学院があったのだから。
当時のアルノート魔法学院はクラスティア魔法王国に秘匿されていた。唯一の魔導研究所兼魔道士育成機関だったのだから当然といえば当然だ。
さらに不幸は続く。その時に在学していた学院生に二人の天才が居たのだ。
結果遠征軍はその内の一人の男子学院生により壊滅させられた。そればかりか参陣した文官貴族を捕虜として捕らえてしまったのだ。
その時の遠征軍の数は800。ガルムンド王国が総兵士数12万を持っていたことを踏まえれば少ないと思うかもしれないが、ひとつの田舎を襲撃する予定だったてまえ妥当な数字であった。
だが800の兵士を一人の、それも学生が壊滅させたという事実は異端にすぎる。天才などという表現で足りないくらいには。
話は進む。捕らえられた貴族は文官。尋問、拷問への耐性がまるっきりなかった。
にも関わらず男子学院生はその場で情報を聞き出そうとした。軍事の人間でもないのに独断でだ。
しかも、中途半端に立場が高いせいで要所の情報を握ってしまっていたのだから最悪だった。
だが何より最悪だったのはもう一人の天才である女子学院生にその事を知られたことだ。
その女学院生も異常だった。800の兵士達を倒してしまう男子学院生と肩を並べるくらいには。
男子学院生を力とするなら、さしずめ女学院生は技といったところだった。
彼女が知ったのはガルムンド王国の有する裏――すなわち秘匿されている――魔道研究機関の場所だった。
その場所を知った彼女はあろうことか、その場所を独断で破壊してしまった……超遠距離射出魔術によって。
正直ありえない話だ。距離は軽く2600kmは離れていたし、何よりそんな重要なことを軍部に報告せず独断で行うこと自体、頭のネジが飛んでいるとしか言えないほど。
因みにその男女の二人は後にその功績を称えられ、自らが守ったコルン領の領主に任命されることになるのだが、それについては今は関係の無いことだ。
そこからの展開は早かった。
結果からいうとガルムンド王国とクラスティア魔法王国との大戦は中断という形で幕を下ろした。
理由は魔道研究機関が破壊されたことによるガルムンド王国の軍事力低下を掴んだ他国に、ここぞとばかりに攻め込まれたためだ。
当時のガルムンド王国は世界一二の有力国、当然敵は多かった。そんな国々を相手にするとすれば、ガルムンド王国としてもクラスティア魔法王国など相手にする余裕がなかったのだ。
このようにして、ガルムンド王国は今に至る程に衰退してしまった。
それに対しクラスティア魔法王国は、捕虜とした貴族から魔道の技術についても根こそぎ聞き出した。それによりクラスティア魔法王国はかつてとは比べるべくも無い程に発展したのだ。
何がガルムンド王国をここまで衰退に追いやってしまったのか?
クラスティア魔法王国に大戦を仕掛けたから?
文官貴族が参陣してしまったから?
コルン領を遠征先に選んでしまったから?
遠征先に二人の天才がいたから?
きっと全ての偶然が重なったからなのだろう。
だがまだ終わった訳では無い。
その事実がガルムンド王を奮い立たせる。
だからこそまずは――
「クラスティア魔法王国に奪われたものを……いや全てを奪わなくてはな」
「ご安心を。奴に準備を進めさせておりますゆえ」
そう、王と従者は笑いあう。
その瞳に深く黒い希望を覗かせながら。
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