三つ その少年は平和主義者である。
「我が聴許は我への害意【逆転加護】」
「【力動減衰】」
「…………ふぅ……」
俺はそんな二つの魔法の行使に深い息をはく。体中が重く感じる。無事に発動しているみたいだ。とはいえ発動に失敗したことなどないがな。
俺が発動した魔法はいずれも俺自身に悪影響を及ぼすものだ。一つ目は【逆転加護】。魔法に対する抵抗を下げるものだ。
二つ目が【力動減衰】。具体的に筋力、魔力、思考力などの低下につながる魔法だ。一つ目の魔法で魔法に対する抵抗を下げているため、【力動減衰】の効果はもろにかかっていると言える。
そもそもどうしてこんな魔法を俺自身に掛けているのかって話だが、断じてMだからではない。声を大にして言うがMではない。
今日はアルノート魔法学院で能力試験が行われる日だからだ。方法は入学時と同じく水晶による能力の数値化。この試験は年に四回行われるものであり、成績優秀者は研究室の配属が変更されることがある。
俺にとってはコレが大問題なのだ。俺はこの世界とは別の世界……要するに日本で社畜の暮らしをしていた記憶がある。日本はとても平和な国だった。確かに外交で他国とギスギスすることはあったが、俺が生きている間は武力衝突――戦争に至ることはなかった。
それに対してこの世界はあまりにも物騒すぎる。どこかの国がどこかの国に侵略戦争を持ちかけるなどよくある話だし、俺が産まれたこの国、クラスティア魔法王国だって戦争を繰り返してきた歴史をもつ。こっちの世界の父と母なんて戦争の当事者だしな。
そんなクラスティア魔法王国では……いや、どの国でも例外なく軍事開発が進められているわけだ。もっと言うとアルノート魔法学院も軍事開発の一角を担っている学院であり、いくつかの研究所はそんな開発に携わっているのだ。
そこで実績を上げてめでたく王国軍に入隊、なんてこともまぁ珍しい話ではない。実際俺の兄などはそうだ。そうなればとても名誉なことだと言われる訳だが、俺は絶対に軍部なんて入りたくないな。
当然だ。日本で数十年生きてきた価値観はきっちり俺に残っているのだから。
とまぁそんなわけで、俺自身に所謂【デバフ】をかけて試験に臨むことで、わざわざ低い評価をもらっているわけだ。
本当はアルノート魔法学院なんて通いたくなかったが、ヴァルリアルとリンフィアにすごい圧で行けと言われてしまった。精神的に年下とは言え、殺し合いの場で生き残っている二人の威圧には勝てなかったわけ……
余談だが、入学時の試験も同じ方法で受けた。おかげで成績上位にならずに済んで良かったと今でも思う。リンフィアに幼い内から魔法について学んでいたおかげで、自分が明らかに優れているのにはすぐに気づけたからな。当然魔法学院の誰一人として俺の本当の素質に気付いたものは居なかった。
……いや、別に俺が優れている訳じゃあないか、この体にある素質のほとんどがヴァルリアルとリンフィアの遺伝子によるものだし。俺はただ他の人間と違う考え方が出来たってだけだな。
この世界に広まっている魔法の発動方法は大きく分けて二つ。一つは所謂【無詠唱型】。そしてコレが最も単純かつ簡単だ。例えば俺がさっき使った【力動減衰】とかだな。ただ魔法名を唱えるだけのシンプルイズベストな方法。どうしてただ魔法名を唱えるだけで発動するのかはさっぱりだがな。
それに対して【詠唱型】。魔法名の前に詠唱を付け加える方法だ。俺がさっき唱えた【我が聴許は我への害意】って部分が詠唱に当たる。こういった詠唱を加えることでその魔法の効果を大きく向上させる事が出来るわけだ。
ただしこれはこの世界の人間には結構難しい。というのも、詠唱とは簡単に言えば『文法』みたいなものなのだ。例えば【我が聴許は我への害意】ってのを【我への害意に我が聴許を】ってすると正しく発動した場合に比べて、効果は25%くらいまで落ちてしまう。要するにそれぞれの品詞を正しい位置にもってくる必要があるのだ。一つずれるとだいたい威力が半減してしまう。もっとも、詠唱ありとなしではその威力には大きな威力差があるから、【我への害意に我が聴許を】って唱えた場合、詠唱無しの25%より大きい威力にはなるだろう。
しかしこのリスクは大きい。だからこそ完璧に詠唱を理解していないものは【無詠唱】で魔法を行使するわけだ。
さらに、この完璧に理解している人間というのはことのほか少ない。これはこの世界の言語体系が原因しているからだ。
この世界ではどういうわけか、どの国でも同じ言語が使われている。多少のなまりはあるらしいが、その違いはイントネーション程度に収まる。このせいで、語学と言えるものが存在しないのだ。当然だろう。皆が皆同じ言語を使って、幾年月を過ぎても全く変化してこないなら研究のけの字も産まれない。
そういうわけで、この世界の人間にとって『文法』とは理解が困難なものだったのだ。
あっちの世界で読んでいたライトノベルでは、「無詠唱の方が強い!」みたいな世界観が多かったし、実際俺もそう思っていたから少し戸惑ったな。まぁそういうもんだと割り切ったが。
「さてと、ヴァルリアルとリンフィアには悪いけど、出来損ないの結果をもらいに行きますか」
二人には優秀な長兄がいるんだ。俺が出来損ないでもまぁ良いだろう。
……と、俺はそんなことを思いながら【デバフ】のせいで重くなった体に苦労しつつ、自室を出るのだった。
■ ■ ■
ヴァルリアル=ベルリウスが治めるはコルン領。その北方に位置しているアルノート魔法学院は、クラスティア魔法王国で五本の指に入る魔道士育成機関兼魔法学研究所、すなわちクラスティア魔法王国の発展になくてはならない存在である。
そんな場所に集う研究員はおろか学院生、その一次生までもが優秀な魔道士の素質を秘めているのは当然と言えば当然であった。
しかし何事にも例外は存在する。アルノート魔法学院に於けるそれは、クァイス=ベルリウスの存在そのものであった。
「全く……あやつが領主の御子息であるせいで話がややこしくなる……」
アルノート魔法学院の学長室。周りに飾られた様々な賞状や盾がその学院の煌びやかな栄光を称えている一方、その中央に座する老人――クロース=アルノート学院長は疲れた顔で天井を仰いでいた。
学院創設以来の出来損ないである、と自分に魔法を掛けてまで己の実力を隠すクァイス。
クロースは学院で唯一人そのことに気付いていた。ただし、クァイスの思惑がどうであれ、成績が悪いのもまた事実だ。
アルノート魔法学院では成績不良者に対する退学、留年のいずれも行ってはいない。もちろん学院長権限で退学にさせることも出来るが、それをするには躊躇われた。
当然と言えば当然であろう。仮にも領主の子息、その次兄である。クァイスを退学にしたからといって公的な処分にはならないだろうが、現領主と学院の関係に亀裂が入る可能性は大いにある。そうなったときのリスクもそうだ。
ならば何もしなければ良い……とそう簡単にはいかない問題だからこそクロースは悩んでいるのだ。
クラスティア魔法王国には、その広さに差はあれど二十六の領地が存在している。そしてその領主には慣例的に貴族が任命されてきた。しかしいくつか貴族以外が治めている領地が存在する。一つが此処、コルン領だ。
此処の領主、ベルリウス家の夫妻はいずれも王国軍の隊長であり、その出自は平民だった。これはコルン領に住む他の貴族にとって面白くないことだ。
そしてそういった貴族達の子息、パイプを持った学院生・研究員達がクロースに対してクァイスを辞めさせるよう圧力を加えてきていたのである。
「せめて今日くらいあやつがやる気になってくれればいいんじゃが……」
そんなことを呟くクロースは大きなため息をつくのだった。
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