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前の投稿より時間が空いてしまったので今回はちょっと長めになってます
ここは王宮のとある部屋。
テーブルの上には美味しそうな紅茶とお菓子があり、私はさっきからクッキーをひたすら無言で食べている。
テーブルを挟んだ前に座っているのは王子兄のルーファスである。
彼に至っては出された紅茶やお菓子には一切口をつけず、ずっと黙ったままじっとテーブルを見つめている。
まあつまり。
すっげー気まずい。
さっきまで謁見してました私達ですが、婚約することになった後に何故かこの部屋に通されました。
あれですかね。お見合いとかでよく見かける「後は若いお二人で」とかいうやつですかね。
残念ながら私は外見は若い令嬢ですけど中身はアラフォーなんだけどね。
いやホント、さっきは大変でしたよ。
王妃様命令でルーファスと婚約することになってしまいました。
王子からの一方的な婚約破棄、からの郊外に軟禁後、連れ戻された王子兄と婚約ですよ。やだ私、王族に翻弄され過ぎ……。
良かったねベアトリーチェが優秀で、更に中身がアラフォーおばさんだからこそ受け入れられるんだよ。普通の若い子なら精神的に追い詰められそう。
でもまあ、この展開は分からなくもないんですよ。
私は幼い頃から王子の婚約者として、つまり次期王妃としてみっちり教育受けてきましたからね。学園に入学する前までにはもらった教材は全てマスターしてました。
というか、王妃になるには学園に入学するまでにはすべて勉強したことは覚えていないといけないので、婚約者のまま学園に入学した時点で、私は次期王妃として合格だったわけです。王子の婚約者の条件シビアすぎ。
そんなわけで、学園では次期王妃扱いされていましたわ。王族(仮)ですね。ここまで育て上げるのも大変なんですよ。本人の努力もあるけど周りのサポートもありますからね。
で、そんな次期王妃ですが、王子が他に好きな人できちゃった!でポイっですよ。
酷い話ですよね。
最初は多分、これまでの努力が無駄になり私が深く傷ついているだろうって事でそっとしておいてもらっていたんだろうけれど、予想に反して引きこもりオタクライフを満喫していたからね。
元気なら働けってことね。どんだけ投資したと思ってるんだコラって事ですね。わかるー。
ていうかどこから元気だってバレたのかな。表向きは傷ついた令嬢を装っていたんだけどなー。
で、引きこもらせるにはもったいない次期王妃の知識inベアトリーチェの活用方法ですが……王子がダメなら王子兄と婚約して、王宮の為の働けって事ですわ。
さっき王妃様は、私達の婚約を認めた後、更にこんなことを話しました。
「アズール、そんなにその娘と結婚したいのなら、これから半年の間に王子の婚約者として認められるような振る舞いと知識を身につけさせなさい。アズールも、次期王としての自覚を持ちなさい。学園に通ってからの貴方の振舞いは、王子として情けない事ばかりですよ」
ですよねー。この言葉、王子とヒロイン以外のその場にいた者たちの総意だと思う。
学園時代の王子様はヒロイン第一主義で、権力をヒロインの為に惜しみなく使ってましたからねぇ。他の子息たちもヒロイン第一主義だから止める奴がいやしねぇ。
ベアトリーチェは注意してましたよ。でもぜーんぶヒロインいじめとして受け止められましたわ。
「……ですが、その娘は令嬢としての経験が浅いことも承知しています。それゆえまだ色々と難しいことが多く、戸惑うことが多いのでしょうね」
凄く良い受け止め方をされるとそうなるね。
実際は、ヒロインは貴族社会に馴染む気が全くないんだけどね。
「すべて完璧になれとは言いません。自覚をもち、相応の行動を心掛けてほしいのです」
王子がヒロインと結婚する意志が固いから、ならばヒロインの方をどうにかしようと妥協する方向でいくつもりだ。
ヒロインが貴族社会に理解を示し、歴代の王妃には及ばないかもしれないけど、努力を惜しまず頑張る気があるなら、まあしょうがないから認めなくもないって感じなんだろうね。
これ以上の妥協はないってくらいの妥協だ。
だけど、今から王妃としての勉強を頑張ったとしても、幼い頃から積み重ねてきたわけじゃないから足りないところは出てくる。
そもそもヒロインは王妃としての知識どころか、貴族としての知識や振る舞いも全然ダメダメなのだ。その辺は今後の頑張りに期待ってことなんだろう。
まあ、基本が出来てないのにいきなり王妃になるなんて展開には当然ならないよね。それこそ漫画やゲームの世界位だし……って、ここゲームの世界やん。やべぇ。いやでも流石に貴族社会否定する王妃様爆誕とか無いよね?
半年でこのヒロインが貴族社会に馴染めるのかなぁ?馴染めるなら学園に通ってた時にとっくに馴染んでるわ。馴染めず我が道を周りのイケメン達を巻き込みながら突き進んだ結果が今なんですよねぇ。
王子の婚約者の立場を正確に理解できず、周りが止めるのも構わず王子たち攻略対象のイケメンを自分の思考に染めて私を排除させちゃうくらいだもんなぁ。
ヒロインに反感を持っていたのは女子だけだったんだよね。男子は攻略対象者以外もかなりの数がヒロインに惚れてたと思う。
ヒロインの影響力はすごい。婚約者より宗教の教祖とかの方が向いてると思う。
半年で教育できんのかこれ。
「……それと、ルーファス。貴方にもアズールと同じように王子としての教育を受けてもらいます。アズールが次期王としての立場なのには変わりません。半年後には立派に王子としての務めが出来ていると思っております。ですけれど、万が一、ということもありますからね」
え?
「王子としての教育と言っても、ずっと王子としての振舞いを学べというわけではありませんよ。王子として知っておくべきこの国の事、世界の情勢も学べ、様々な知識を身に着けることが出来ます。最高の勉強環境ですから、ルーファスにとって悪い話ではないのですよ。様々な勉強ができるいい機会だと思っていただければいいの。……それに、ベアトリーチェは次期王妃として完璧ですのよ。どんな結果になっても彼女がいれば心強いわ。もし、万が一のことがあっても安心できますね」
とっても安心できませんね!
「アズール、そしてルーファス。半年後が楽しみですわ」
全然楽しみじゃありませんわ。
そして、王子が何か反論を始めたところで私とルーファスはこの部屋に連れてこられ、2人きりにされました。
で、今に至る。
王妃様は多分、次期王になるのはどうせ自分だって胡坐かいてる王子に危機感持たせたかったんだろうと思う。
ルーファスは母親が違うとはいえ王子にとっては兄だ。ルーファスの方が王に相応しいと判断された場合、王位継承が変更という可能性もなくもない。ていうか王妃様はその可能性があるって匂わせてたしね。
でも実際は王位をルーファスに継がせる気はないだろうなぁ。王子に本気になってもらうためにそういうこともあるって言っただけだと思う。
私をルーファスの婚約者にしたのは、この王宮に居続けさせるための口実だ。いくら公爵の令嬢とはいえ、王子の婚約者ではない私が王宮にいる理由はないからね。王宮で仕事をしているわけでもないし。だから王子兄の婚約者にして、ここに残したかったんだと思う。
とりあえず次期王妃としての知識がある私が居れば、ヒロインに教えることもできなくもないしね。
元気ならニートせずに働けってことですわ。
そもそもの婚約破棄の原因がヒロインなんだけど、私が元気そうだからその事は考慮されてないね。今からでも傷ついたフリをしようかしら。
ついでに、王妃様が言っていた万が一の状況になった場合の保険的扱いでもあるね私。次期王妃として完璧だったベアトリーチェなら、たとえ王子が考えを改めずヒロインに洗脳されたままだった場合、サポート要員で残されそう。
流石にルーファスが王様になるっていう展開にはならないだろうね。王妃様は過去に王子兄と妾さんを追い出した疑惑あるしね。
本音としては王子に本気を出してもらいたいんだろうけれど、無理なら無理できちんと真面目に学んできたベアトリーチェがいれば大丈夫って感じかな。
だけどさーこれ、王子が半年後にきちんとしていて、ヒロインもどうにかなったとしても、私はなんだかんだと理由をつけて王宮に残されそうな予感もするぞ。どっちにしろヒロインのサポートよろしく!ってされそう。
折角面倒なことから解放されたと思ったのに。中身アラフォーおばさんが覚醒しちゃって精神が図太くなった弊害がまさかこんなところで発揮されるとは。
でも私としての意識が覚醒しないでいると、ヒロインと親友あつかいで庇って死ぬ運命なんだよね。
……ああ、オタクパラダイスに帰りたい。
ところで、この部屋に来てからずっとお互い沈黙なんだけど、私から話しかけたほうがいいのかな。
よく考えたらルーファスは王子兄ってだけで連れてこられ、よく分からない内に王子の教育も受けることになり、しかも婚約もさせられるっていう、理不尽極まりない状況なんだよね。
そりゃ何も喋らなくもなるわ。
よし、ここは私から話しかけましょうか。
中身アラフォーだからね。年上のおばさんとしては気をつかわなきゃだね。
「あの、ルーファス」
「キミは、これで良かったのかい?」
おおっと、ルーファスの方からも話しかけてくれたよ。
これは折角話しかけてくれたわけだし、きちんと答えましょうかね。
「そうですね……私は、元々婚約者として教育を受けてまいりました。王妃にはならなくとも、王族に関わることに携わるのは致し方ありません」
立場が公爵令嬢だからね、流れに身を任せるしかないわ。
オタクライフを送りたいけれど、その為に逆らったりする労力を費やすには若さと気力が足りない。神経は図太くても気力がないのよ。ベアトリーチェ自身はピッチピチの18歳だけどねぇ。
傷心しているってもっとアピールしときゃ良かったわ。
「……そうですか。デモ私には、解せないのです。キミの婚約破棄に、何故皆が同意シタのか」
「ああ、皆あの子の言う事を信じてしまっていましたし、あの子の考えに同調していましたからね」
「それにしても、ガクユウたちはともかく、当主も同意したのでしょう?もう少し思慮深いと思っていたのデスガ」
ん?
「いいえ?ご当主は関係ありませんわ」
「婚約破棄の同意書には、当主の同意が必要なのデハ?」
「あー……一般的にはそうですが、あの時の婚約破棄に至った状況としては、当主の同意が無くても大丈夫なんですよ。位の高い貴族の同意が必要ではありますが、何も当主ではなくてもいいんです」
もしかして、同意書にサインがあったと聞いて、子息たちだけじゃなくて当主のサインもあったから効力があったって思ったのかな。
「ナゼ?私はてっきり、当主の同意もあるとばかり思っていました。王も、彼らのサインも、と言っていたので」
それって多分、子息たちがその場にいてサインも貰ってるよ、って言ってたんだと思うんだけど。なんで当主のサインも当然あると思ったのかな。
「……そのような条件で王子の婚約破棄が認められるトハ、この国はどうなっているんデスカ?この国の王子の婚約者トハ、とても重要な人物ではないのデスカ」
「その通りですわ。王子の婚約者とはとても重要な人物です。しかも学園に入学している時点で、次期王妃として認められているようなものです。ここまで来ると、余程のことがない限り婚約破棄になることはありません」
「ナラ!」
「……その余程の事が起こった事があるんですよ。何十年も昔ですけれど」
そう、何故王子の婚約破棄があっさり認められ、それを覆すことが出来ないのか。
昔、この国で起こったある事件のせいなんだよね。
「詳細を話すととても長いので、流れを掻い摘んでお話しますね。……今から数十年前、当時の婚約者の令嬢が国を裏切る行為をしました。そして急遽破棄しなければならない状況になるのですが、王様や公爵の当主たちが不在やらなんやらで同意を得ることが不可能な状態でして、王子が主導となり学友だった貴族の子息たちから同意を得て婚約破棄の手続きをしようとしたのです。残念ながらそれだけではやはり無理だったのですが、ぎりぎりの状況で王妃様が駆け付け、それを認めました。それ以来、危機的状況を防ぐため婚約破棄の条件として位の高い貴族の承認が有効としました。もちろん子息たちもそこに含まれています」
「当主の同意は必要ナイ……?破棄にそんな条件がアッタなんて知らなかった。てっきり同意は当主がするのダトばかり……」
まあそう思うよね。
「……そもそも、婚約破棄をするような状況になることがあり得ないというのが前提なので、破棄をする状況になるということは、余程の事があり緊急性がある、ということになります。後々国が危険に晒される事を避ける為、その場にいるものでも最低限の条件がそろえば承認が可能、ということになったのです」
流れ的にはこんな感じかな。
私だって前作をプレイしていた時、こんなあっさり婚約破棄って出来ちゃうんだーとか思ったりしたけど、まあゲームなら色々ありえない展開になるなんてよくあることだしね、でさらっと流していた。
こっちでベアトリーチェとして生きてきて、私の記憶が戻った時にあれってそういう過去の出来事があったから出来ちゃったのかー!って分かったんだよね。
「もし気になるようでしたら、詳細が書かれた本がいくつかありますから、後で読んでみますか?」
当時の記録として結構な数の書物が残っているんだよね。
もう少し詳しく説明すると、この国歴代トップクラスの無能と言われる王様と、その息子である王子の婚約者がアカンかったことでこんな婚約破棄の決まりになっちゃった、って感じかな。
当時の婚約者がこの国を狙ってた他国のハニートラップに引っかかって骨抜きにされ、無能で女好きの王様を誘惑してまんまと王様代理の書を手に入れたことで、国が売られかけたらしいんですよ。
権力が、王様=王妃様=王様代理の書で指示された王族>王子、という感じなもんだから、代理の書を持っていた婚約者を王子が止めようとしても止められなかったらしい。この構図も問題あると思うんだけど、昔からこの国はこういう権力構図だから、そういうもんなのよね。
婚約者はまだ正式な王族じゃないけど、学園に入学した時点で次期王妃ほぼ確定だし、実際に公式の場でも次期王妃として王族の1人とみなされ、色々と発言権もあったりしたし、代理の書にも婚約者を王族とみなすとか王様が書いちゃってたもんだから、王子にはどうにもできなかったらしい。
この時王様と王妃様が近くに居ればまだ何とかなったかもしれなかったけど、王妃様は無能な王様の代わりに働きまくっていてこの時は王宮から離れた場所で仕事中、王様は王妃様が不在だったので嬉々として妾の家に入り浸っていた為、2人とも対応できなかったらしい。
この時立ち上がったのが、当時の王子と学園での学友たちだった。
彼らは色々と情報を集めたり、婚約者を説得しようとしたり、貴族の当主たちに何とか出来ないか働きかけたりもしたが、婚約者は他国の者にメロメロで聞く耳持たないし、当主たちは婚約者が持っていた代理の書に恐れをなして何もできなかった。
で、こうなったら婚約破棄で彼女から婚約者としての権利を無くそうと王子たちは考え、婚約破棄の手続きをしようとするのだが、自分たちだけでは出来ない。せめて貴族の当主たちの許可があれば、と頼んでも、みんな後々王様から不興を買う可能性があるからと誰も何もしてくれなかった。
その為王子たちは自分たちで婚約破棄の手続きを強行しようとした。受け付けた王宮の者も、事の重大さを理解していた為、明らかに不備だらけだが受理して、それをもって婚約破棄を婚約者に言い渡した。
しかし不備だらけだからこんなの無効だと、婚約者と他国の奴らが次々に国の権利を譲渡する書類にサインしまくってたけど、慌てて戻ってきた王妃様が有効であると認めてくれた。王妃様は王様と同等の権力者だからね。優秀な王妃様だったらしいし、他国の人がどうこう言っても、所詮他所は他所、ウチはウチ。この国の人じゃないからね。王妃様が認めればそれはもう正式なものなのです。
そうして王妃様が正式に認めたことにより婚約破棄受理日からの譲渡はすべて無効とされ、譲渡の書類が他国に渡る前に阻止することが出来、何とか国の危機を脱して、婚約者とその周辺を捕まえることが出来た。
ようやく安心したと思いきや、遊びまくってきた王様が戻ってくるなり、婚約者は無実だとか婚約破棄は無効だとか言い出したらしい。これにはさすがに王妃様が激怒し、これまで王族のトップである王様を立てるため目をつぶっていた王様の無能っぷりを指摘しまくって、この婚約破棄は王様でも取り消すことが出来ない決まりであると認めさせた。
この時の事が切っ掛けとなり、王子の婚約者は基本的には破棄になることなんてないが、急遽婚約破棄するということは余程のことがある、つまり急がなければ国の危険につながる可能性があるため、様々な手続きを吹っ飛ばして、最低限の手続きで破棄が出来、しかも最高権力である王様にも無効にすることが不可であるという決まりが出来たのだ。
まあこれは特殊な事例で、今後滅多に起きないだろうけれど万が一の為に残しておこうって事で残っていただけの筈だった。
まさかその数十年度に、王子の超個人的理由で婚約破棄が行われ、その王様でも取り消せないという決まりのせいで、王子とヒロイン以外が迷惑を被ることになるとは思うまい。
ぶっちゃけね、この国の最高権力者は王様だけど、王妃様がいてこそなんだよね。
だからまさか、他に好きな人が出来たから婚約破棄しちゃうとか、当時の無能な王様だってやらないよ。好きな人が出来たら妾とか愛人とか、王妃以外の立場に置くってのが通例だしね。ベアトリーチェも王子がヒロインの事を好きだって知っていたから、ヒロインをその立場に置くつもりでいたんだし。
だって婚約破棄なんてことしたら、自分が王様になった時に物凄く苦労することになるからね。
……ていうか、よくよく思い返せば、私が婚約破棄されたあの時って周りの貴族の息子たち、ちょっと誇らしげにしていた気がする。
あれか。昔の再現をしているつもりだったのかあいつら。
当時の当主でさえ何もしなかったのに、危うく国が売られかけたのを救った当時の王子たちは、勇気をもって行動したってことで英雄扱いされてる。
でも、国を売ろうとしていた婚約者と、ヒロインをいじめた(免罪)私って、全然スケールが違うんですけど……彼らにとっちゃそれでも自分たちは正義のヒーローになったつもりだったんだろうか。実は王子に頼まれたから仕方なくサインしたとかじゃなくて、ノリノリでサインしてたのか?ヒロインの幸せのために英雄になる俺!的な感じ?
重要な書類にサインする時は、その場の空気に流されずにきちんと将来を考えてくださいな。私はオタクライフを送れたから別にいいけど、周りが苦労するわ。
まあ、そんな感じで過去に色々あって、ヤバい時の為の婚約破棄の方法が今でも有効になっちゃってるのよね。
この国では王子の婚約者の重要性が凄いから、はたから見ればこんな簡単に出来ちゃっていいの?って感じだけど、この国からすれば、そもそも学園に入学するまで婚約者として教育受けてこられた優秀な次期王妃が婚約破棄なんてされるわけないじゃん、ってのがあるんだよね。
そんなの王子だって分かってたはずなのに、よく婚約破棄したもんだわ。
やっぱあれか。乙女ゲームのハッピーエンドが王子の妾とか愛人とかだとクレームが来るのか?
そうだよねぇ。プレイヤー=ヒロインだもんね。頑張ってイベントこなしてお目当ての男の子とやっと結ばれる!と思いきや、王妃にはなれないけれど妾になってね!エンドはコントローラー投げたくなるだろうね。
あときっと、本来なら婚約破棄なんてしないのに、そういう常識をなげうってまでヒロインを選ぶほど王子はヒロインを愛している!っていうのを現しているのかな。
それはそれで、王子の次期王としての自覚がなさ過ぎてヤバいんですが……いや、自覚はあるのかもしれない。ヒロインの主張に染まり、彼女なら立派な王妃になってくれる!!という謎の自信に満ち溢れ、2人なら立派な王と王妃になれるんだ!と本気で信じているんだろう。ヒロインの洗脳能力すごいね。
この世界が乙女ゲームの世界だからそうなるんだろうなぁ。プレイヤー=ヒロインだからね。ヒロインのモテモテ具合、そしてヒロインに都合のいい展開になるのは仕方がないんだろう。そもそもこのゲームは男の子にちやほやされ、お目当ての男の子とハッピーエンドを迎える為にプレイするゲームなんだし。
そりゃあ、ヒロイン至上主義展開になるだろうね。私みたいな脇役はヒロインを引き立たせるため、ヒロインに都合のいい歴史や決まりが用意されているわけだ。
やっぱり、ヒロインが居る限り私に安息は訪れないのか。乙女ゲームの世界は世知辛いね。
ゲームの展開が順調すぎてもつまらないからねー。ヒロインを邪魔する悪役がいて、最後にはその悪役がやっつけられるカタルシスがあった方が、プレイする側としては面白いんだろうからね。
…………でも、なんか今更だけど、この過去の事件って結構詳しく記録に残ってるっていうか、詳細が細かく作りこまれてる気がするんだよね。
いくらヒロインの為に用意されたものだったとしても、もっとざっくりしたものでもいい気がする。
いや、まあベアトリーチェとしてはこちらの世界が現実ではあるけれど、私としてはゲームの世界に生まれ変わった感が強いから、現実にあった事というよりも、そういうことがあった設定って思っちゃうんだけど。
それにしてはこの事件の事だけ詳細に書物が残っていたりするんだよね。
例えば、王子の学友たちの中には一人だけ令嬢がいて、彼女が皆の心の支えになっていて、最終的には王子とくっついて次期王妃となった、とか。
子息たちからも慕われていて、その令嬢が機転を利かせて色々動いたこともあった、とか。
みんながその令嬢を好きになっていたから、実はみんなからアピールされていた、とかとか。
そういう事件とは別に関係のない人間関係まで何故か記録で残っている。
まるで、そういうストーリーの乙女ゲームだったみたいな……
いやいや偶然だよね?たまたまだよね?
まさか、このシリーズの番外編でそのストーリーのゲームが実はあったりとか、もしかしてこの乙女ゲームのシリーズの最初のゲームがそのストーリーで過去にすでに発売されていたりとか、しないよね?
ありそうだな……もしくは、今後発売予定があったりとか。
うわぁ、もしまた仮に私が居た世界に戻ったとしても、絶対にそのゲームやらないぞ。
ベアトリーチェはともかく、その時代の婚約者はガチな悪役令嬢じゃん。そっちに生まれ変わったりなんかしたら破滅しかない。
いや、今はベアトリーチェとして生きてるんだし、過去の世界に行くってのはさすがにね?無いよね?
あーもう、後輩ちゃん、いい加減私が貸したゲームクリアしてくれないかな。
クリアしてないから代わりのゲーム、とかいってその物語のゲームを渡されたら今度こそ断ろう。
この過去の出来事の内容のゲームは危険だ。ていうか、この婚約者にはなりたくない。
学園に入学した直後に私の意識が覚醒するならいいけど、婚約破棄される場面だったら絶望しかないじゃん。ヒロインいじめなんて可愛いもんだよ。学園デビューで国家裏切りははっちゃけすぎてるよ!
ちなみに、私がこの何十年も前の事件に何故詳しいのかというと、本がたくさん発行されているからです。
歴史書的な扱いの物も多いですが、それよりも多いのが小説として出されたものです。
色々な作者がフィクション、ノンフィクションを交えて沢山本を書かれております。恋愛色が濃い内容や、サスペンス的な内容だったり、第三者が介入した全くのフィクションやら選り取り見取りです。
面白いの沢山あるんですよ!様々な角度から読んでるうちに詳しくなりました!
まだ完結してないシリーズもあるんだよー。結末は大体歴史通りになることが多いけど、たまにオリジナルエンドを迎えたりするから侮れない。
ああ、一日中本に囲まれたオタクライフに戻りたい。
「Beatrice?どうしました?」
「え?」
「グアイでも悪いんですか?」
「あー、ちょっと考え事をしてまして。すみません」
純粋にあの時代の小説を読み漁っていたころに戻りたい。
次の生まれ変わり先になるかもしれないと考えると怖いね。いや、まだあの時代がモチーフのゲームがあるとは決まってない。無いと信じよう。そうそう、無い無い。それにあったとしても今より昔の話だし。過去にさかのぼって生まれ変わりとかは、ゲームの世界に生まれ変わるってのと同じくらい突拍子もないし。これ以上非日常的な出来事は無いはず。……フリじゃないよ!フラグは立ち去れ!悪役令嬢はベアトリーチェで十分です!
ていうか、ルーファスは相変わらずベアトリーチェの発音が流暢ですね。
……これ、不思議なんだよなぁ。この世界ってどことなく中世のヨーロッパっぽさがあるけど、なんかヨーロッパになりきれてないような、まあ元々乙女ゲームの世界だし、それっぽい雰囲気の中世ヨーロッパモドキの世界だ。
あくまでそれっぽい雰囲気の世界ではあるが、日本製のゲームだからかな?名前とか色々とカタカナ英語っていうの?あの日本人が英語をカタカナで読むみたいな、そんな発音が一般的なんだよね。
だから不思議なんだよね。
いくらルーファスがこの国の人ではないといっても、私の名前を呼ぶ時のような本場の人が言うような発音はこの世界の人はしないんだよ。
うーん、なんかこのルーファスって、王子兄ルートの時のルーファスとはなんか違うんだよなぁ。
「婚約破棄のこと、辛かったでショウ。話していただきアリガトウございました」
「いいえ、貴方が疑問に思うのも無理はありませんわ」
「大分私が知ってイル事と違っていたので戸惑ってしまって……Beatrice、アナタには先に言っておきたいことがありマス。実は……私には、すでにアイしている人がいます」
え。
ちょっと待って。いきなり何!
まさかのさっきの場でヒロインに一目惚れとか?!
「それは、ヒロイ……じゃなかった、アリスに?」
「Alice?いいえ、彼女ではありません」
違うのか。驚いたわ……って、アリスの呼び方も流暢だねびっくり。
「トオイ地で、恐らく二度とアエナイ所に居ます。ですが私はあの人を一生アイしつづけるでしょう。ダカラ、婚約者にはなりましたが、アナタをアイする事はありません。あくまでも、期間限定の婚約者としてお願いシマス」
「あ、はい。それは構わないんですが……」
そんな設定、ルーファスにあったっけ?
確か王子兄エンドでは、これまでの人生で愛した人は貴方だけです、とか言っていたような気がしたぞ。
記憶違いかな……でも、恋人がいた設定はなかったような気がする。
おかしい。
なんか色々とおかしいぞ。
もしかして、ルーファスも私と同じ?
いやいや、まさかそんな。
でも、
「実は私、とても今欲しいものがあるの。でもこの国にはなくって……貴方の国にあるかもしれないし、あったら取り寄せてくれるかしら?」
「え?……ハイ。どんなものでしょう?私にデキることなら協力しますよ」
唐突に違う話になっても、ルーファスは嫌な顔せずに聞いてくれるみたいね。
良い人みたいだけど、ゲームのルーファスはこんな感じでいきなり話が飛ぶと、文句を言ってきたはずなんだけど。
「とても便利な物なんですが、私の周りでは知っている者はおりません。知らなければ知らないと仰ってください。知っているのでしたら、名前を聞けば分かると思います」
さあ、どんな反応をするのかな?
「スマートフォン、というものが欲しいんです。省略してスマホとも言います。とても便利なのですが、この国にはないんですよ」
そこまで言って、じっとルーファスを見つめた。
無表情ですねぇ。私の考えすぎだったのかな。
そうよね。王子兄エンドではベアトリーチェは王宮に来てないって原作との違いもあるし、ルーファスも違いが色々あるのかもしれない。
「……それにコタエる前に、私からも聞いていいですか?」
「ん?あ、はい?」
「……王宮の輪舞曲をゴゾンジですか?」
ご存知ですっていうか、答えですねそれー。