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第4話 裏方

「もう少し、あなたと話していたかったのですが」

 メアリーは残念そうに言った。

「あなたの家族が来られたようです」

 唐突にメアリーの左側の壁に、上の方の角が丸くなった穴が開き、ハリー・ポットに続いて、萌、大樹、桜が周りを見回しながら、ぞろぞろと入ってきた。

 萌がこちらを見つけると、「樹さん!」と声を上げて走ってきた。

 私はまだ何だか変てこな感覚に包まれていて、ぼうっとしていた。

 気が付くと萌が胸に飛び込んできて、しっかりと抱きつかれている。

「もう、バカ! 危ないことして死んじゃうなんて! 残されたあたしたちはどうなるの?」

 萌は私の胸に顔をぐいぐいこすりつけて、泣いていた。

 が、ゆっくり顔を上げると怖い顔で言った。

「もうこれからは、魔法のことだろうが、プログラミングだろうが、関係ない。どこだろうと、あたしは、あなたについて行きますからね!」

「夫婦愛を見せつけるのは、そのくらいにしておいてもらいましょうか?」

 魔王が丁寧だが、ちょっと苛立った声で言った。

「ふむ…。ウンディーネ、シルフィード、サラマンダー…。私が興味を抱いたように、あなたがたは精霊に見込まれたのですね」

「えっ。うそっ」と桜が声を上げた。

「本当…に?」と大樹。

「なにが…」と私は呟いたが、すぐ視界をレンガ色に光っているものが通り過ぎた。

 魔王が笑いだした。

「これは傑作ですね! 四大精霊に見込まれた家族とは!」

 レンガ色に鈍く光っている光の粒が、たくさん、私の周りを回っていた。

「ノーム、地の精霊の加護! 樹さん、あなたは魔法と精霊術の両方を駆使できるようになりましたね!

「いったい誰が引き金になったのか。誰が一番最初に見込まれたのです?」

 メアリーが一人一人の目を覗き込んだ。

「あたし…です」

 桜が恐る恐る手を挙げた。

「なるほど」

 メアリーは頷き、桜の顔の前に右手をかざした。すると私が高速移動する時に使ったパネルに似たものが手の前にあらわれた。ちょうど桜の顔を覆うくらいの大きさだ。パネルの厚さは、ほぼない、と言っていい。

 そのパネルの表面に映像が映った。

 桜と大樹がタイヨー学園の食堂の椅子に座っているのが見えた。

『あたしたち、死んじゃうかもしれない』

 パネルの中の桜が小さな声で言った。涙がこぼれた。

 桜があわててパネルの裏側から顔を出して、映像をのぞきこんだ。

「いったい、いつ撮ってたの?」

「いつでも。どこでも」

 メアリーは満足げに頷いた。

 パネルの中の映像が切り替わり、夕日の差し込む教室が写った。背筋をピンと伸ばし、前を見つめて、一人で座っている桜がいる。また映像が切り替わり、次はたくさんの生徒が桜の周りにいる。多分、学校の講堂の中だろう。桜は白目をむいていた。

 メアリーはそこでパネルを消し、うなずいた。

「魔法ネットワークはいたるところに存在します。まあ、お座りなさい」

 彼女が腕をふると、数メートル離れたところに座り心地の良さそうな、卵型の椅子が4つ現れた。

 椅子は床から生えるように出てきた。卵を半分に切ったような形で、下半分はカーブを描き、腰を下ろして足を伸ばせるようになっていた。内部は柔らかそうなクッションがしかれ、背もたれもあった。見ている間に、その両脇にひじ掛けが生えてきて、その表面からガラスに似たコップが生えてきた。不思議なことに、見ている間に、中に波打つ水面ができたかと思うと、あっという間にコップは内部の下から、透明な水で満たされた。

「みなさんがそろったところで…これから少し、長めのお話をします」

 魔王は、自分の左側の少し離れたところに立っていたハリー・ポットに顔を向け、「さがってよろしい」と言った。が、ハリーは首を振った。

「彼らが面白いので、ここで見物したいのですが、よろしいですかな?」

 メアリーは少し驚いたようだが、肩をすくめ、頷いた。ハリーは入口のある壁にもたれ、ニヤニヤ笑っていた。

「どうして話をするの?」

 萌が早速、座りながら尋ねた。メアリーから見て一番右端に。萌が手招きするので、私は彼女の隣の席に入った。思ったとおり、いい椅子だった。しかもラベンダーの匂いがそこはかとなくしている。

 ノームと呼ばれる無数の光の粒は、椅子に座っても旋回し続けていた。いくつあるのか、見当もつかない。大きさも様々だ。床や椅子はまったく障害にならないようで、そうしたものを突き抜けて、回転する速度をまったく落とさない。

 大樹が私の隣に座ったので、桜がメアリーから見て左端の席になった。

 メアリーが全員が着席するのを待って、口を開いた。

「私が話をするのは、みなさんがこれまで、この世界に抱いていた疑問について、答える時が来たと判断したからです」

 魔王が指を鳴らすと、光り輝いている床や壁が少し暗くなり、彼女の頭上、一メートルほど上に、幅、高さともに五メートルほどのパネルが出現した。

「樹さんは、私が警告したにも関わらず、世界を救うために行動し、殺されました」

 瞬時に、パネルの中に二本の矢に貫かれて血を吐く私の姿が映り、私を除く家族全員が息をのんだ。四人の男たちに運ばれ、仰向けにされた私は、間もなく光の粒になって砕け散った。

「いや…」萌が泣いていた。私は二度とこんなことにならないようにしなければ、と強く思い、唇をかんだ。

「ごめんな、萌」

 私は言った。萌は何度も頷いた。

 間もなくパネルは映像をフェードアウトさせた。

「…おそらく、これが最後というわけにはいかないでしょう。帝国が危機に陥り、そのせいで周りの国が脅かされるというのなら、そして自分に何かが出来るのであれば…樹さん、そしてあなたがたは決して今あるところにふみとどまったりは出来ないのでしょう。何かが出来るということと、誰かを救うということはまったく別のことですが」

 メアリーは私を遠いものを見るかのような目で見た。

「人間とは自ら判断し、このように行動できるものなのですね…」

「樹さんをそんな目で見ないで」

 萌は急いで涙をぬぐいながら、穏やかな声だったが、辛辣に言った。

「失礼…とは、正直なところ…ええ、本心からは言えません。もう分かっておいででしょうが、私はご主人のことを気に入りました。独身だったら求愛していたでしょう」

「樹さんをとったら許さない」萌は震えだした。両手で拳を作ると、サラマンダーの赤い光の粒が回転する速度をあげ、光を強くした。

 私はびっくりして彼女の右手を握った。

「分かっています」

 メアリーは早口で言い、両手をのばして振ってみせた。

「とったりはしません。残念ですが。不思議なものです。あなたがたはこの世界の誰よりも人間くさいのですよ。そこがまた、魅力的です。他にも、興味を抱くことがあります。それを差し引いても、人間というのは無謀で、思慮がなく、先を見通せないのに、どうしようもない信念のために、命をかけて行動することができる。知識としては知っていましたが、このように、実に生き生きと動かれるのを見て、驚嘆しているのですよ」

「褒められてるのか、どうなんだか」大樹がぼやいた。

「お母さんをいじめないでね、魔王様」桜がつぶやくように言った。

「でも、人間というのは多かれ少なかれ、そういう要素があるのではないですか?」

 私は尋ねた。

「現代の人間には、そのような『気概』は薄くなっているのですよ。なぜならここはユートピアに近いからです」

 魔王がふっと腰をおとすと、瞬時にこちらの椅子より二回りほど大きな椅子があらわれ、彼女はそこに座っていた。

「ストレスのほとんどない未来世界を想像してみて下さい。何かを成し遂げるために頑張る、ということも必要ではない世界。樹さんは、エミンの街の地下の大掃除やならず者の盗伐などをやってきましたね。ご家族全員で、大森林を切り開かれた時、疑問には思いませんでしたか? なぜ問題を放置しているのか。本当に何かを『問題』と認識したのなら、人間はそれを解決せずにはおられない生き物です。ところが、問題は棚上げになっていた。

「反対に、あなた方は行動した。だからこそ、あなたたちは『貴族』になれた。問題を解決できたからです。他の誰も踏み込もうとはしなかったことをやり遂げたからです。人間は自分自身には到底達しえないことを解決できる存在になら喜んで対価を支払うという良い面があります。あなた方は、なるべくして貴族になったのです」

「未来は…怠惰な人間であふれているといいたいのですか…?」

「少なくとも、競争心はあなたの時代に比べればはるかに低いのは事実です」

 頭上のスクリーンに、出会ったばかりの頃のダボンが映った。必死になって自分の構築した魔法、縄の魔法を直そうとしているところだ。

「だからこそ、ダボンのような人間が可能性を持つのです。帝国王が野望を抱いた時、誰もそれを止められなかった。みな、自分に、何かが出来るとは本当には信じていない。タイヨー学園の学園長ですら。それほど強く願わなくても生きていけるからです」

「疑問に答えてもらえるなら、『バスターズ』について教えてもらえますか?」

 萌が発言して、みんな少し驚いて彼女を見た。

「ダボンさんは変わりました。彼は自分の境遇を変えようと生きてきました。ダボンさんの境遇を考えれば、もし自分がそういった身の上だったなら…他にどんなやり方があったろうと思うんです。なぜ、『バスターズ』が生まれるんですか? アイルさんも自分の子供がそうなるんじゃないかってずっと心配しています」

「『失望のあかし』」と魔王は言った。

「魔族と人間との間にも、子供は生まれます。もう十分お分かりでしょうが、両者は、同じ、人間だからです。ただ、その事例は大変少ないですし、血が薄くなって魔法を扱うだけの資格がほとんどなくなっているというのが現在の状況です。『バスターズ』は遠い昔に魔族と人間が交じり合った証であり…今は魔法使いの資格をほとんど持っていないのです。この場合の資格とは、魔法を正しく扱うための知識が欠けている、ということです」

 魔王が顔を上げると、パネルには、今度はロバート・ネッシーの横顔が写された。

 私ははじめ、誰だろうと思ったが、次の映像では、小さな暗い部屋がうつり、大ネズミの尖った歯に腕をズタズタに食いちぎられている少年の姿があらわれ、私は彼のことを思い出した。すぐその部屋に明るい光があふれ、私自身が飛び込んできて大ネズミを蹴り飛ばして壁にぶつけた。

「例えば、彼ですが、ロバート・ネッシーは樹さんと出会うことで、正しい力の使い方を知りました。呪文の詠唱、考え方、倫理観というものにふれました。彼はそれを手に入れたいと強く憧れるようになりました。

「魔法ネットワークは何よりも社会性を重んじます。

「ロバート少年は、魔法を正しく扱う人間になりつつあります。ネットワークはそれを認め、ふさわしい力を与えようとしています。彼がタイヨー学園で正しい知識を身につけ、正しい行動をとり続けるなら、いつかそれに見合った何かしらの力を得るでしょう。

「ダボンは最初、倫理観に乏しい生き方をしていました。ですが、彼ですら、樹さんとその家族に出会い、社会というものを認識しつつあります。彼は行動しなければ始まらないという強迫観念を持っていますからね。そして本当に自由に生きようと思うなら、他人のために行動をおこさなければならないということを理解しつつあります。自分が受けている愛を感じ始めているのです。彼は知識は持っていますから、あとは心構えの問題です。もはや『バスターズ』とは言えなくなっているでしょう。私はダボンから力を取り上げましたが、いずれ彼自身も思いもよらないタイミングで、いつか力を取り戻す日がくるでしょう。その時、彼は以前の彼とはまったく異なっているはずです。

「樹さんが、この世界にきた時、魔法が『免許制度』みたいだと思われましたね。あれは正しいのですよ。魔法ネットワークは、ナノマシンの集合体です。それは髪の毛の先よりも小さく、無数に、あらゆるところに存在しています。そして全体で一つの存在です。一つが見聞きしたことは、ほぼ一瞬で全体で共有されます。たとえ、この空間にあるナノマシンがすべて破壊されたとしても、この惑星の反対側にあるナノマシンには、すべての情報がバックアップされています。そしていつでもナノマシンは決められた上限にまでその個体数を補充するのです」

「ナノマシンって、結局は何をするんですか?」大樹が尋ねた。

「ほとんどありとあらゆることを、です。分子や原子に直接働きかけることができるので、ものを分解して再構築することが出来ます。化学の基本ですね。体内のカロリーを調整して通常では考えられない力を出したり、何もないと思われるところに物体を構築したり、重いものを運んだり…。人間の目には見えませんが、この未来世界の根幹であり、魔法ネットワーク自体ともいえます。魔法をささえる『裏方』として、今も世界中で懸命に働いているマシンです。

「樹さんが殺されたとき、彼を分解して、ここまで運んだのもナノマシンです」

 大樹が顔を歪ませた。

「お父さんは…本当にお父さんなんですか? そんな風に体をバラバラに、粉みじんにして…。『記憶』は? 『意識』は…元通りになるものなんですか?」

 ここに来てから何だかぼうっとしていたのは、そのせいか、と私は気づいた。

「記憶は、簡単に言えば脳の電気信号に過ぎません。ただ、コンピュータと違って、それがデジタルではなくアナログであるがゆえに、再構築する、というのはデジタルデータのように単純ではありません。もし、デジタル的に再現ができるのであれば、『樹さん』という人格はいくらでもコピーできるということになります。

「人格を単純にコピー出来るとして、仮に別のもっと優れた肉体や、肉体を持たないコンピュータの中に入れたとしても、その人格は大変なダメージを受け、機能しなくなるでしょう。というのも、意識と肉体とは、切り離せない関係にあるからです。自分ではない肉体の中に入れられても、『脳』のネットワークは正常に機能できません。精神と肉体は二つそろってこそ、『一つ』の人間をなすのです。

「これ以上は、あなたがたのいた世界の常識からかけ離れた考えになりますので、お話することは出来ません。また…もし、あなたがたが元の世界に帰ることがあれば、この知識は時間の流れを乱すきっかけになるので、明かすことは出来ません」

 魔王の言葉に、我々家族は色めきだった。

「帰る?」と大樹。

「元の世界に帰れるんですか?」立ち上がろうとして、椅子の中の天井に頭をぶつける桜。

「タイムトラベルできるんですか?」と私は椅子から飛び出した。

「…まあ、落ち着いてください。その話はまたおいおいしていきます。

「まずあなたがた家族のために言えるのは、樹さんは死の直前に、意識も肉体もナノマシンによって完全にその本質をナノマシンによって支えられつつ、あの場所から移動した、ということです。樹さんは、この世界から一瞬たりとも失われていませんし、ここに転送されるにあたり、元の存在からコピーされたわけでもありません。彼は完全に、オリジナルの彼です」

「難しいことは分かりませんが、コピーじゃなければ…。ちょっと、ホッとしました」と大樹。

「一番、ホッとしたのは僕だよ…」と私は呟き、椅子に腰をおろした。

 気が付くと萌が目の前に立っていて、私の椅子の中に頭を入れてきた、と思ったら、またしっかりと抱きしめられていた。私も腕を回し、抱きしめた。どこにも行きたくはなかった。家族と一緒にいられる場所からは、どこへも。

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