第1話 裏切
いよいよ書きたかったこと、この世界について語ります。
桜が精霊と言われているモノに「見込まれて」、取り囲まれ、白目を向いていた時より数時間前、父の私は突貫工事で、二万人は住めそうな町を作ろうとしていた。その日の夜明けまでに…。
* * *
昨夜遅く、時間がないので、学舎の門を出て学校長たちに手を振ったあと、ゲンガイ氏とケンジントン氏と共に私は空へ飛び上がった。
二人は職人と農夫で、魔法使いではない。私は周囲にバリアを張り、飛びながら話して、計画の詳細を詰めようとした。
エミンから北の方向へ、私たちの屋敷よりも、さらに北へと向かった。
私たちは風より早く飛んだ。学校長がまばたきしているわずかの間に、地平線の彼方の点になり、そして消えたのだ。
その一帯は道などはまったくなく、右手、つまり、東の果てには、私たちの飛んでいく方向から河が一本伸びていた。どこまでも森が続いている。まるで昔、教育テレビで見た、アマゾン河の熱帯地方のようだ。大きく枝を伸ばした木々が地表を覆い尽くしている。
「イツキ殿…。風も受けないし寒くもないのは、よく分かった。このスピードでは、帝都の首都が見えてきてしまう。ここでいい。いや。ここがいい。降ろしてくれ」
小柄なドワーフと言った風采のゲンガイ氏はそう言って、職人らしい、太い人差し指を力強く、真っ直ぐに下に降ろした。そこで、私たちは急降下した。
バリアで包まれた内部の重力は変わらず、胃が浮くような浮遊感も発生しなかったが、ゲンガイ氏を見ると、目をつむっていた。まぶたがピクピクと波打っていた。
木々の枝葉を幾つもへし折って、ドスンと音を立てて苔むした地面に着地すると、私は薄く桃色に光っていたバリアを解いた。
「この緑のむせ返る匂い! すさまじいですな。まったく古い森だ…」
ケンジントン氏は農夫らしく、頭の上を見上げながら、前へ数歩進み、早速周辺の検分を始めていた。
「あなたの魔法のおかげで、あれだけ会議で話したというのに…眠くもないし、明け方まで二時間はあるというのに、遠くまでよく見えますぞ…。しかも望遠まで思いのまま。
「目玉にこんな複雑な細工をする魔法使いは初めてですよ? まったく、変わった発想をなさる」
白髪頭のケンジントン氏は既に初老の年代だが、背筋はピンと伸びており、痩せて姿勢が良く、好奇心も旺盛だった。
後ろを振り返ると、ブスッとした顔でゲンガイ氏が地面に腰を下ろし、両脚を前に伸ばしていた。
「数分でいいから、わしに構わんでくれ」
彼はそう言うと、腕を広げ、深呼吸をはじめた。
「まあ、無理はないでしょう」と小声でケンジントン氏。「彼は、地面にしっかり足をつけて生きてきた職人ですからな…。プライドもあるし…。私は小さい頃から、サーカスの熱気球に何度も乗ったことがありまして。空を飛ぶというのは、実に素敵ですなあ。だが、彼にとっては災難だったようです」
「承知しております。それに、無理なことをお願いしているのはこちらですから…」
私が言っている間に、ゲンガイ氏はブルっと頭を振り、ぐっと拳を握ると「おし!」と声を上げ、立ち上がるとこちらへのしのしとやって来た。いたるところ、びっしりと生えている苔にしっかりと足跡を残して。
「こんな遠くまで来て頂き、本当に感謝します」と私は言った。
「イツキ殿、あんたは自分がこれから何をしようとしているか、分かっているな? 言わば、 神の所業だ。エミンの街の白き尖塔…。あれが地下の鍾乳洞であったのを地下から持ち上げた以上のことを、これからするんだ。たくさんの命が助かるだろう!」
「そのあと、あなたはどうされますかな。人々はあなたに感謝し、街の長になってくれと言われるかも」と自分の顎をなでながら、ケンジントン氏。
「出来れば、ごめんこうむりたいですね…。私は、メアリー殿とまた旅に出なくてはなりません。その約束のために、あの人は私から魔法をを奪うのではなく、反対に、この世界に設けられた魔法ネットワークの基幹システムにアクセスする権限を与えて下さったのです」
二人の顔は若干青ざめ、唇は固く引き締められた。
私は慌てて言った。
「きっと一時的なもので、気まぐれだと思います。私が時間軸の異なる世界から来たので、その反応を楽しんでいるのですよ、きっと!」
「それは会議でも聞いたが」とツルツルの頭をかきながら、ゲンガイ氏はため息をつくと言った。
「ふう、まったく。まことの技術、力というやつは…レベルの低い魔法とは違って、やっぱり心の正しい人物に宿ると思うな。ま、ある意味、あんたは馬鹿正直なだけかも知れんが。まあ、くれぐれも、人に食い物にされんよう気をつけてくれよ」
彼は急に目を輝かせて、腕まくりをした。
「さあ、職人冥利につきるぞ! 一世一代の仕事をしようじゃないか!」
計画というのは、ここら一帯の未開の地を切り開き、エミンをコピーして新しい街を作るということだった。
一から作るより、その方が前例もあることだし、実用的で、かつ、確実だ。
ゲンガイ氏は、木材職人というだけでなく、大工の棟梁として働いてきた。また、長年色んな建物の修繕も行ってきた人である。
彼に遠視でエミンの住居を見てもらい、どのような建物が避難してくる人たちにふさわしいかを考えてもらっていた。もちろん、集合住宅がふさわしいだろう。何より、早急にプライバシーが保たれる環境を作らなければならないから。
彼が元となる建物の構造を見たり、昔生じた欠陥のことを思い出し、頭の中で改良を加え、どのような数を考えているかは、あとで伝達魔法で直接イメージを伝えてもらう。それを私が構築するのだ。
それと平行して、ケンジントン氏には土の具合や、自生していて食物になりそうな植物の調査を依頼していた。
数分もしないうちに、彼はサツマイモの葉を見つけて、柔らかい地面から引き抜いてみせた。
「肥沃な土地ですなあ! 自然薯もありそうだ。私ら、こんな深い森に立ち入ったことがありませなんだが、いや、これは宝箱ですな!」
彼は腕を伸ばし、指差した。
「あっちの坂になっているところには山菜に違いないものが見えます! 誰も、一人としてここらを何らかの狩場にしようとは思わなかった。イツキ殿。これなら食べるものは、ここでほとんど調達出来るでしょう」
「…するとやはり、帝国には通常、川を使って通うしかない、ということだったのですね?」私は尋ねた。
「そうです。この深い森に立入ろうとする人間は長い間、おりませんでした。『北の黒い森』にはね。そして東のメイン川ですが、流れに逆らって上らなければ、帝国にはたどり着けない。川はエミンの西側の海に注いでおりますからな。また、ひどく幅の狭く、浅い川ですからなあ。軍艦が通るなどもってのほか。せいぜい、ボートが三艘も浮かべばいいところです。おかげで、帝国からは口先だけの圧力を受けるだけですみ、こちら側は属領となって、大人しく税金を収めて平和を保ってきたというわけです」
エミンは、地形に守られている世界だったのか。何だか海に囲まれた日本のようで、親近感が高まる話だ。それに、トールキンのホビット庄のように、穏やかで一見地味だが、勤勉で賢い人たちが住む土地のようにも思えてきた。
そんな話をしているうちに、私は地下の水脈を探知していた。そして…この世界の誰もまだ見つけていなかったものをたぐり寄せるように…発見した。
それは、『北の黒い森』にある、巨大な湖だった。私たちは再び飛翔し、数秒後にはその浜辺に降りていた。
向こう岸がかろうじて、一本の緑の線になって見える。
しかも探知すると細いとはいえ、四本の支流を持っていた。
「これは大発見じゃわい…」
ゲンガイ氏は、静かに打ち寄せる波打ち際に足を踏み入れ、透き通った水に顔をほころばせると、タニシによく似た黒い貝を拾い上げた。
「ここにも、うむ、そこにも」
そして湖の真ん中あたりで、魚が水を跳ね上げて飛び上がった。
「知っていたのですかな?」ケンジントン氏が私の肩に手を置いた。
「いいえ。一歩、踏み出して、初めて分かったことです」私は答えた。
「さあ、次の一歩の番です。その次はまた一歩。未来は、その繰り返しですよ。地道ですが、小さな一歩が少しずつ…明日を形づくってくれます。私は、それを信じて生きてきました」
私たちは、この巨大な湖を取り囲むように街を作ることに同意した。
私はゲンガイ氏のイメージを元に、一瞬で穴を掘りつつ、その周りを石で補強し(そのあたりの岩と石を磁石のように吸い寄せて放り込んで整え固めた)、井戸を作った。彼のイメージでアーチ型の屋根を付け、その四隅には石造りのランプをぶら下げた。そして桶をこしらえ、丈夫なツルを編むと中に放り込んだ。水質は検知魔法で確認済み。やや硬水で、ミネラルが多かった。
このような井戸、または上水道を水脈の流れに沿って一キロほど間をとって、十箇所作った。なお水道は、魔法の力技で、永久に組み上がるようにプログラミングした。ポンプ施設を作っている時間はない。
次は下水道と、下水の濾過施設。適当に木を引き抜いて、ログハウスを作り、下水はこの中に流れ込むようにした。これらを上水の後方にそれぞれ設けた。
誰も入る必要はないだろうから、入り口は作らず、下水だけここを通るとき、魔法で浄化されるようにした。永遠に。
このログハウスから出た濾過水は、湖に戻るように地下水路も作った。循環システムの誕生である。
さて…そろそろ、魔法ネットワークについてその正体を説明しないといけないだろう。
私は少なくともそう思う。何でも魔法、で片付けても納得いかない人が多いに違いない。
つまるところ、私は自分の脳波を受信してもらっている。この世界のいたるところに充満、とまではいかないが、どこにでも存在している、『ナノマシン』に。
そして脳波を出して命令したり、あらゆるものにプログラミングを施している。
このナノマシンは、目に見えないほどの極小の機械で、血液の中の赤血球を運ぶことすら出来るものだ。
娘の桜を取り囲んだ『精霊』も、ナノマシンなのだ。ただし…あれは、魔法ネットワークとは別の機関に所属していて、その時の私にすら、手の出せる代物ではなかった。
精霊のネットワークは…話すと長くなる。また別の機会にしよう。
今は魔法ネットワークの話だ。これはナノマシンによって成り立っている。この小さな機械には自己増殖機能があるが、数は定められている。もし、無限に増えたら、地球はなくなってしまうだろう。老朽化するか、何らかの事故が発生しない限り、コピーが作られることはないよう、ブロックチェーンの仕組みが適用されている。これはつまり、すべてのナノマシンの確認と同意が得られなければならないということだ。すべてがつながっており、平等なのだ。
私のいた時代は、光がこの世で一番早いものだった。それはこの世界でも、ほぼ正解だが、驚異的なのは、この極小の機械が一つずつ、人間一人分の判断力を持っており、ほぼ同時に見たもの聞いたこと、そして…『考えたこと』を共有するということだ。
これには、一万年以上の歴史の積み重ねと、シンギュラリティが起こったことが深く関わっている。
身近なところから例を上げて説明してみよう。情報を保存する『ストレージ』だが、私の子供の頃、百メガバイトのハードディスクが十万円だった。それが、二十年経ったらどうなったか?
その十倍の容量が三百円で買えるようになった。
しかも、昔は百キロワットの電力が必要で、かつ、大きさが大きめの国語辞典ほどもあり、重量は二キロもあったろうか。
それが幅、高さとも十五ミリ以下、重さはわすが〇.五グラム…。消費電力はわずか〇.三ワットほどになったのだ。繰り返すが、十倍の容量が、である。
私の世代は…いわゆる『ロスジェネ』といわれ、あまりいい思いはしてこなかったが、コンピューティングの驚異的な進化を生活の中で、体験してきた、そして目撃し、理解しては使ってきた。そんな世代なのである。
そして、多くの人は、『シンギュラリティなどは起きない』と思っていたようだが、ストレージの驚異的な歴史を思い浮かべるたび…私にはそれがまっとうで、正しい進化に思えたし、ありえないという人は、きっと初期の電気的コンピュータが建物のフロアを占領するほど大きかったことを知らないし、ストレージの価格の低下を見てこなかったか、理解していないのだろうと思っていた。
たかだか二十年でこの速度である。この速度は、グラフにすれば緩やかに上昇する直線ではなく、急上昇する曲線であることは明らかだ。
そしてさらに科学者でもない私が年々、例えばネットショップなどで注目していたのは、一ギガバイトのストレージが今年、あるいは今月はいったい、いくらに『下がったのか』なあ、ということだった。
私は標準以下の大学の、文学部しか出ていない。それでも、コンピューティングの処理能力はムーアの法則で、何年かおきに倍になるということ、そしてストレージの価格と大きさは小さくなる一方で、不可逆であることを知っていた。
私のいた時代でさえ、ミリ単位の中に文字数だけならちょっとした都市規模の図書館がかかえる蔵書がすべて収まるようになっていたのだ。
一万年後のこの世界で…目に見えないとはいえ、ゼロではない、形あるもの中にどれだけの情報が詰め込めるようになったのだろう。
また、ナノマシンが動くエネルギーをどこから得るのかという論議もはるか昔にはあったようだが、バッテリーもまた超小型化、大容量の進化の道をを進んでいたのだ。スマホの中のバッテリーの大きさを考えてみれば分かる。年々薄型になり、一週間持つというバッテリーが来年は二週間になっているかも知れない。
そして消費電力については、いたるところから手を付けることが出来る。ナノマシンは互いにぶつかり合うことで生じる静電気さえ利用できるし、太陽光や人や動物の体温からも発電できる。すでに私が生きていた時には、身につけると人の体温で発電し、ほとんど永久に動く低電力の腕時計が市販されていた。
シンギュラリティが起きないわけがない!
魔法ネットワークは、ナノテクノロジーとコンピューティングと遺伝子工学の未来の姿なのだ。
* * *
帝国の首都から脱出した人たちは、魔法ネットワークがちゃんと機能しており、かつ生活のできる土地を目指していたが、メイン川を下るボートは先を争う人たちによって破壊されつくされていた。
そして、徒歩で移動している人たちは、全員、川に沿って移動していた。飲み水と、エミンへの方向を見失わないためである。
上下水道が整うと、私は検知魔法で食べられる植物を引き抜き、湖へと下る広い砂地の坂に種類別に積み上げた。
それからは、ナノマシンにフル稼働させ、木々の伐採と加工、組み立て、配置を行わせた。
ここまでくればお分かりだろうが…魔法使いがただ念じるだけでも魔法を使えるのは、優秀なナノマシンがその意図を『解釈』してくれるからである。
だが、人の意図を解釈するという厄介極まりない計算処理を省いて、作業だけを命令することが出来たら?
魔法…つまりはナノマシンはより的確に作業に集中できるだろう。
これが、魔法ネットワークの真の姿である。
具体的に指示を下せるなら、ネットワークを理解していなくとも、ダボンのように力を使うことも出来るというわけだ。
ナノマシンたちが命じられた作業を開始する前に、私に警告してきた。これが魔法ネットワークのすごいところだ。ただ命令を受け付けるだけではなく、未知の結果でも予想してくれるのだ。
そこで私は協力者二人を呼び、バリアを張った。そして作業開始をマシンに命じ、すべてを遮断した。空気も、音も、光も。
「どうなってます?」ケンジントン氏が恐ろしげに尋ねた。
私たちはバリアの中にいて、お互いの姿は見えていたが、壁が白くて丸いドームの中にいるようだった。
「今、外では魔法の嵐が吹き荒れています。凄まじい速度で街を作っていますので、粉じんを吸い込む危険性がありますし、なにより作業で発生する熱量で身体が焼かれるような熱さに見まわれる危険もあります。あとは音ですね。鼓膜が壊れてしまうかも」
ゲンガイ氏は頭の後ろで手を組み、あくびをした。
「終わりました」
私が言うと、二人とも「はあ?」と声を上げた。
「…危険は去りました。では」
私はバリアを解いた。
* * *
私は避難民たちの現在の場所を探知すると、二人にあとの仕事を任せ、すぐさま飛んでいった。
森の中を泥だらけになった無数の人間たちが
うごめいているのを空から見て、私は正直なところ、ゾッとしてしまった。まるで水たまりに落ちた死にかけのアリたちが這い上がってくるように見えてしまったのだ。
私は深呼吸すると、ナノマシンに命令した。これは、初めての魔法、初めての命令だったので緊張した。魔王には可能だと言われていたが…。
光を放ちながら近づいてくる私を見て、避難民の一人が声を上げた。
「おい、魔法使いだよ!」
どんな反応が返ってくるか心配だったが、みな安心した声を上げていた。魔法が働いている地域まできたと、溜飲が下がったのだろう。
「はじめまして!」私は魔法で声を大きくして言った。
「わたしはエメット。エメット・ブラウンと申します」
私は勇気を持って正しいことを行えるよう、この世で一番大好きな科学者のキャラクターの名前を使った。知らない人はお手元のコンピュータにお尋ねになればよろしいだろう。
あなたがどう自覚していようがいまいが、コンピューティングは私たちの能力を拡大し、結びつけるものだ。そう、『まるで魔法のように』。
私は姿をエメット・ブラウンそのものに変えていた。アロハシャツの上に白衣を着ており、年齢は五十代なかばといったところ、白人で、髪は見事な白髪である。一応、魔法使いらしく、長い杖を持たせてみた。顔も、その人そのものに変化していた。
「聞いているかねえ、私達のこと…」
一番近くにいた中年の女性が消え入りそうな声で言うと、地面に座り込んで、こちらを見上げた。
私は光り輝くのをやめて、その人の側に音もなく降り立つと言った。
「帝国方面で魔法の力が失われたのは知っております」
私は頷いてみせた。
「私はエミンの魔法使いの代表として参りました。みなさんが住める場所をご用意してあります。ここまで大変でしたでしょう。すぐにそこへ転送します。ではいきますよ、ワン、ツー、スリー!」
こうして、避難民およそ一万人強の人々は、湖のそばの街へ移動した。
「信じられない…」と誰かが呟いた。
「ここに住めるの?」と女性の声。
私は快活に答えた。
「ここは『まだからっぽの街』です。住むところはアパートメントになりますが。ペンキを塗る時間がなくて申し訳ない。ひとまず食べられそうなものは調達しておきましたが、この湖は今回初めて見つかりました。おそらく釣り糸を垂れれば入れ食い状態というやつです。どうぞ、お望みの方は、『橋』に腰かけて…釣り竿を使ってみて下さい」
その時、東から陽が昇ってきた。
『まだからっぽの街』は、湖が街の真ん中にあり、東西南北、直角に橋を架けていた。
橋の高さは約八メートル。柵付きで、大人の脚がかろうじて突き出せるほどの間隔の柵だ。そこに脚を入れて座り込んで、釣りをしてもいいだろう。
湖の周りには歩道をつけ、その外側には防風林として自然の木を残してある。その輪の向こう側には、五階建てのマンション風の建物が立ち並んでいる。このようにあらゆるものが輪を描くように配置されている。すべてを等しく配置しているわけだ。
建物の向こう側にはいくつか、倉庫を作ったが、くつろげるよう、ベンチをたくさん置いた公園もいくつかある。そして街の一番外側が、大木とモルタルで固めた城壁である。高さ十五メートル。四方に門がある。獣や厄介者を無条件で通すわけにはいかないからだ。
これらを説明したあと、私は「お節介かも知れませんが…」と呟き、ナノマシンをばらまいた。
薄いピンク色のもやが吹き抜けていったあと、泥だらけだった人たちの体は清められていた。
折れた骨があれば修復し、傷があれば洗浄してタンパク質を増加させてふさいだ。
そしてナノマシンに湖の波打ち際までの坂に積み上げた食物を分解させ、避難民一人ひとりの代謝を計算させると、一日分のカロリーを転送させた。
「身体が軽い…」
「お母さんの目が治ってる!」
「痛くない、痛くないよ!」
様々な喜びの声があがった。
良かった、と私がもらい泣きしていると、シュッという音がした。
次の瞬間、まったく自分の意図とは無関係に身体が前のめりになった。見下ろすと、胸の真ん中に鉄の矢が食い込んでいた。私は血を吐き、前のめりに倒れた。
「みんな、騙されるな! こんなの、幻か催眠術に違いない…。俺たちは罰を受けて追放されたんだぞ! こんなうまい話があるわけがない!」
弓を構えた男がそう叫んでいるのが聞こえた…。彼はもう一本、矢をつがえ、周りが止めるより早く、弦を弾いた。前のめりになっていた私の左肩にそれは突き刺さった。私は完全に地面に倒れ、最初の矢がさらに身体に食い込み、血を吐き続けた。女性たちの悲鳴がいくつも聞こえた。力強い腕が何本も、私を抱えて移動し、すぐに砂の上に下ろしてくれた。
やれやれ、と私は目を閉じて思った。あまりに好意的すぎたのかな。こんな裏切にあうなんて…。魔法が信じられなくなった人がいても不思議じゃなかったか…。そこだけは考えがいたらなかったかな。みんなが喜んでくれるだろうなんて、一方的な思い込みだったんだ。
ナノマシンたちが、私の脳に直接質問した。私は問いかけがすぐには信じられなかったが、すぐに思い直した。この世界で人に裏切られようと、人類が残した科学だけは信じられる…と。
人は必ず間違いを犯す。
一方、機械もしくはブログラムは、設計したとおりにしか動かない。もしその結果が間違いだと言うなら、書いた本人の責任なのだ。反対に、正しく書けば正しく動くと分かっている。だから、私は、プログラミングが好きだ。
「あとのことは任せます…」
私は誰に言うともなくつぶやくと、息を引き取った。その瞬間、ナノマシンは私の身体を分解し、粉々にした。周りの人たちには、光の粒が弾けて消えたように見えたことだろう。