表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/16

プロローグ 家族旅行に出かけよう

 三木家は、兵庫県の三木市で暮らしている平凡な家族なのだ。平凡、とはいってもあらゆる側面は、当然ながら持っている。

 この家の父親であり、夫である私こと、樹(四四)を筆頭に、妻の萌(四〇)、長男の大樹(一〇)、長女の桜(八)は、二〇XX年の十二月、初めて家族旅行に出かけたのだ。

 そして、我が一家はこの世界から消失した。

 実際に死んだことになっているのかは、これを書いている今はまだ分からない。

 もしあの事故がそのまま起きていたとするのなら、きっと日本中で哀れんでくれた人たちがいるとは思うが、何だか申し訳なく思う。

 私たち一家は、どうやら、ただ死んだわけではなさそうだからだ。


 家族旅行の行き先は、有馬温泉だった。

 高速道路を使えば、三木市からは車で四十分もあれば着く。

 予算がなくて申し訳ないなあと思ったものの、大樹と桜は「母さんが洗濯や料理で愚痴をこぼさない日ができるならいいじゃない」と言い、「父さんは、最近特に顔色が悪いから怖い。休めばいい」とも言われた。

「休めるうちに休んだほうがいいよ」と桜。「人生、長いんだからねっ」

「何にしろ、父さん母さん、どっちがいなくなってもイヤだ。休めるなら休んでよ。行き先なんてどこでもいいよ。少しは美味しいものが食べれて、みんなで遊べるものさえあれば文句ないよ」と大樹が続けた。

 萌はといえば、あとから考えてみると変な顔をしていた。体調が悪いのかと聞くと、「何か…おかしなビジョンが見えたような気がしてね。多分気のせいだと思うけど」とのこと。占い師を家業としている彼女は、時々理解できないことを口走るのだが、家族の誰も気にしたりはしない。この世にはちょっと不思議なことがあるのだ。

 私はオープン系のプログラマで、常日頃、最新の技術を取り入れて仕事をしているせいか、精霊たちとは相性が悪いらしい。多分、電磁波が苦手なんじゃないだろうか。家内と結婚して一二年になるが、私自身は、一度も超常的な現象に出くわしたことはなく、正直なところ、ちょっとくらい何かあってもいいじゃないかと思っている。

 萌の占いは的確に当たるので、否定する気もない。それに、週に三回、神戸三宮に出かけては、自分のテナントで私と同じくらいの収入を得ているのだ。むしろ尊敬に値する。

 父がそんな態度で母に接していると、子供たちも赤ん坊の頃からタロットやら水晶球を、タブレットやスマートフォンと同じくらい見慣れているので、何とも思わないのも当然と言えよう。


 さて、地獄のような炎上プロジェクトからようやく開放され、遅めの夏休みを十二月に三日連続で取得した私は、オンボロのタントのガソリンタンクを満タンにしETCカードを装着。やがて料金所を通り、高速道路に乗り入れた。その途端、ランボルギーニのあおり運転を受けたのだった。


 十分近くもあおられてると、さすがにイライラしながらバックミラーを見ていた。桜は泣き出しそうだし、大樹も顔が青い。

 萌の悲鳴で目を前に向けると、高速道路を逆走しているスズキの赤いアルトがもう目の前だった。


 私は、こんな馬鹿なことが本当に同時に起こるのか? と思いつつ、逃げ出す方向を必死に見つけようとした。

 まず、アルトが衝突した。

 こちらのタントのボンネットが跳ね上がると同時に、目の前に開いた白くて丸いエアバッグが視界を遮った。

 フロントガラスがめちゃくちゃに砕け、車内に飛び散っているのは音から分かった。

 さらに車の後部からランボルギーニが激突し、金属のフレームがこすれ、ねじれる恐ろしい音が耳元をガンガンたたき続け…我々は車ごと、縦方向にスピンしていた。


 最初の衝突の瞬間から、私の念頭にあったのは、妻と子供のことだった。…なんて書くと、信じられない、かっこつけ、胡散臭い、などと思われるかも知れないが、別にこれは私が詐欺師だからでもないし、不思議なことでもなんでもない。


 高校を卒業してから、私は住み込みの新聞配達をしていた。細かい事情はあとで語るべきときがきたら書くことにするが…。

 原付のバイクで山道の狭い坂を上がったり、下ったりしては、崖から落っこちたり、座席から放り出されることを何度となく経験していた。ガードレールを突き破って、下の田んぼへ落っこちた経験もある。

 だから事故に遭遇したり、天災に見舞われる際…精神的にも肉体的にも、ある種の耐性がついたのだ。

 ただパニックにならず、どうしたらバイクのかごに積んである新聞紙の束を放り出さずに転がれるかとか、足の骨を折らずに身体を丸めるんだ、などといった考え、行動などが、実際に行えるようになったのだ。


 新聞配達で事故を繰り返していた、なんてことを書くと、運転が下手だと思われるかも知れないが、住み込みの新聞配達のバイク指導なんてものは、その当時、きちんとしたマニュアルなんてものはなかったから、初心者はみんな、自分でなんとかするしかなかったと思う。

 必要だからと原付免許を取得した次の月から、配達するコースを先輩のあとについて走り回り、帳面のような長細いメモ用紙にコースや注意事項をひたすらメモしていく。その過程で、当然危ない道があれば教えてもらえるのだが、天候不順の際に、急なコンクリートの坂の上にある家には、バイクを使わず脚でかけ上がったほうが安全だとか、たまたまある場所の地面が凍っているなんてことは、想像がつくわけがないのである。


 ただ不思議なことに、バイクから放り出されても、自然と受け身でもとれるのか、私は大した怪我をしなかった。四メートルはある坂から転がり落ちたときも、大雨でスピンして排水溝へ落っこちた時も…(バイクは前輪が大破し、結局配達所の軽トラに迎えに来てもらった)。親からは骨太で丈夫な身体をもらったということだろう。そのことは感謝している。


 さて、誤解はしないでほしいのだが、私は安全運転を心がけている。自動車免許を取得して二十年。常にゴールド免許。新聞配達時代、さんざんな目にあったので、危機意識も強くなったと自負している。


 というわけで、後ろからは高級車、前からは軽自動車に衝突し、挟まれるという稀有な事態に陥った際も、咄嗟に念頭にあったのは、事故そのものではなく、この状況からどうしたら抜けられるか、後部座席の子供たちは無事か、助手席の家内はどんな顔をしているのだろうということだけだった。


 エアバッグで前が見えず、必死に頭を巡らしていると、回転している車内のスピードが遅くなった。

『生命の危機にあって、己ではなく他者を憂う気持ち…導師よ、見つけました!』若い女性の声がした。

 いや、すさまじいスピードで言葉が、実際には声ではなく、頭に直接流れ込んできた。無理やり黙読をさせられ、その意味が頭の中に強制的に展開されるといったらいいだろうか。

『汝に問う』

 最初よりも年寄りじみた声が早口でまた、声を頭の中に直接送り込んできた。

『このまま家族と共に死んでいくか。

 それとも…すべてを失いはするが、死ぬよりはましな世界で生きる道を探すか。

 速やかに答えよ! 召喚の時間はわずかでしかない…。もっとも…』

 声はなおも何か言いかけたが、私はすぐに答えを出した。


「家族みんなで生きる道を探すに決まっているだろうが!」


 声に出して言ったのか、心で叫んだのかは分からない。

 少なくとも、自分のことはどうでもいい。

 年端もいかない子供と、大好きな妻を死なせてたまるか!


『選択はなされた!』

 年寄りじみた声が頭の中に刻まれた。

 すると何百人もの声が、得体の知れない言葉を口々に叫びだした。それらが一度に頭の中に書き込まれたようで、気が狂うかと思い、吐き気がした。

 車体の振動がさらにひどくなったかと思うと、目の前のエアバッグが弾けた。そのショックで、運の良いことに、私は気を失うことができた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ