シューマイ食う人も好き好き
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と、内容についての記録の一編。
あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。
ほほう、忘年会だけあって、今日は君も飛ばしているねえ。いかにもカロリー高そうなものばっかり選んでくるじゃないの。こちとら、見ているだけで腹いっぱいになってくんよ。
つい最近、子供の頃に好きだったジャンクフードの類を食べたんだけど、ありゃあもうダメだね。身体が受け付けなくなる。
あの日の思い出、いつまでも同じ調子で味わえなくなってしまうっての、残念だ。
俺たちは同じ人間という種。なのに、どうして好みが大きく分かれちまうのか、疑問に思ったことはないか?
「これ、嫌いな奴いないだろ〜」と思っても、実際には苦手とする人がちらほら現れる。逆に「こんなもん、食い物じゃねえ!」と思っても、実際にはもりもりいただく人がいる。
蓼食う虫もなんとやらとはいうが、つい好きなものばかり食べるのも考え物かもしれない。
もしも、節制ができないのなら、この話を聞いておいて損はないと思うぜ。
俺のいとこの話だ。
彼女の大好物は、シューマイ。厳密にはシューマイの具らしいがな。
ずっと昔、親戚一同がそろった会食の席で、臆面もなく「やだやだあ、シューマイなきゃ、やだあ!」って、涙目で駄々こねてたなあ。本人、黒歴史にしたがっているけど。
この時、彼女のシューマイご執心の様は、俺を含めた一同に広く知れ渡ったわけ。
それを境に、彼女は両親から、栄養バランスとかを取りざたされて「他のものも、しっかり食べなさい」と注意されることが増えたそうだ。
親戚たちの前で、あんなことをぶち上げちまったんだ。大いなる恥として矯正にかかるのも無理ないだろ。
いとこもそんな思惑をかぎとって、両親に対する嫌悪感が一気に湧いたらしい。
――この人たち、自分たちがどう見られるかしか考えていない。私のことより、他人の目が大事なんだ。
そう考えた時から、いとこは食に対して、早く、長い反抗期へと突入した。
顕著なのは、家族と食卓を囲むことが減ったこと。一緒に食事をすると、「あれも食べろ、これも食べろ」とうるさい。
「わかってるよ」
「今、食べようとしてたんだけど。うるさいなあ」
嫌そうな顔をしつつ、心底、うっとおしげに思っている声を出す。
家へ帰る時間も遅くし始めた。女の子が暗くなるまで出歩いていることでも、うるさく心配はされたが、食事に関してよりはずっとまし。
折り畳み式の蝿帳に囲われ、テーブルの上に置かれた、自分の分の夕食。温めないといけないこともしばしばだったが、口出しされないだけで、ご飯がずっとおいしく感じられる。
ひとりメシに味を占めたいとこが、休みの日は自分の部屋にこもり、食事を親に持ってこさせるようになるのに、そう時間はかからなかった。
それでも、シューマイが出される日だけは例外だ。家に早く帰ることができた日などは、自分からシューマイづくりを手伝うという、殊勝な活動ぶりを見せた。
――もう、あんたたちが用意するものは、シューマイ以外どうでもいい。
それを知らしめるため、シューマイを食べる時は渾身の笑顔。両親は、私に何も言おうとしない。
――私が笑う。それであんたたちは満足のはず。さあ、考えるのやめなさい。私の喜ぶことだけやりなさい。
いとこはすっかり、両親のことを下に見るようになっていた。
そして中学生にあがった頃。いとこはシューマイの材料を自分で用意し、夜食に食べるようになっていた。友達に誘われて、スイーツを食べ歩くことはあったが、やはりシューマイに勝るものはない。
舌の上で濃厚にとろける肉塊との逢瀬こそ、「生まれてよかった」と自分が感じる瞬間だった。
そんな思いが通じたのだろうか。
夏休みが終わったあたりから、両親がいとこの個人用の皿に、シューマイを毎食よそるようになったそうなんだ。彼女はそれにつられて食卓に顔を出し続けた。
食事中、会話はない。両親も、娘に注意をしなくなっている。
――ようやく、私のことを理解したか。
高慢ちきになっていたいとこは、それを当然のことのように思い、満足げな顔で食事を終えていく。
シューマイ三昧の日々は続いた。
両親がパンを食べる横でシューマイ。そうめんをすする横でシューマイ。お寿司を食べている横でシューマイ。
「上出来」と心の中で両親をほめる彼女。自分の手でのシューマイづくりも欠かさず行い続けたが、少し妙なことも起こり始める。
二ヶ月ほどが経ち、冬を感じさせる寒い朝のこと。
朝に起きようとしたいとこは、立ち上がったとたん、ひざから力が抜け、崩れ落ちてしまう。そのうえ、手足が言うことをきかず、ぶるぶると震えながら勝手に曲げ伸ばしを始めた。
視界が勝手に白くなったり、鮮明になったりを繰り返す。眼球がひとりでに、上下動をしていているんだ。
助けを呼ぼうとする口も、だらしなく開いたまま。よだれが垂れていく感覚があるのに、閉じることができず、ふとんを濡らしていくよりない。
手足の震えは激しさを増し、陸にあげられた魚のように跳ね上がっては床を叩き、部屋を盛大に揺らす。けれど、家にいるはずの両親が、駆けつけてくる気配はない。
身体に自由が戻ったのは、2分近くたってからだ。
手足の具合を確かめながら、服を着替えたり、階段を降りたりする際に、あの発作が出ないか、びくびくしていたいとこだが、幸い無事。
そして台所では、平然と母親が食卓にご飯を並べ、父親がそれを食べている。
「ねえ、私が二階で騒いだの、聞こえていなかったの?」
助けに来るのが当然でしょ、とばかりに、とげのある口調になってしまう。
でも、両親はそろって「何かあったのか?」と、首をかしげてきた。
――あれが聞こえていなかったの? いや、自分の意志でなかったとはいえ、部屋全体を揺らしたのよ? 気づかないわけが……まさか、錯覚?
頭の中で考えつつも、それを表に出しはしない。
「もういい!」
突き放すいとこ。
――私は間違っていないんだ。不手際を認めようとしない、あんたたちが悪いんだ。
いらだちに任せ、立ったまま自分の席に並ぶシューマイたちを掻きこむと、いとこは靴箱の上に置かれた自分の弁当箱をひっつかみ、飛び出していってしまった。
相変わらずのシューマイ弁当。白飯一割、グリーンピースを乗せたシューマイ九割という、自分にとっての幸せが詰まった中身も、今日ばかりは気持ちよく見ることができない。
今朝、陥ってしまった状態のことが、ずっと気にかかっていたからだ。無事に登校はできたものの、授業や下校中に起こったら……。
その日のいとこは、いつでも寄りかかることができるよう、意識的に教室や建物の壁沿いに歩くよう意識し続けていたそうだ。
だが警戒をあざ笑うかのように、何もないまま、どうにか家へたどり着く。「ただいま」と声をかけると、一階の奥から水を流す音が聞こえてきた。
父は仕事中でいない。母親が入っていたのだろう。いとこは弁当箱を台所に放り出して、自分の部屋へと戻る。
だが、カバンを置くや、息が詰まった。膝が勝手に折れて、横倒しになってしまういとこ。
今朝と同じで、どうしようもなかった。まだトイレの水が流れる音が残る中で、今朝以上に手足が暴れる。
バンバンバンと、駄々っ子のように床も抜けよとばかりの勢いで、打ちつけられる両手両足。
白黒する視界の中で、いとこはトイレから出てくる足音を聞く。それはまっすぐ階段に近づいてきて「助かる」と一瞬、安堵するいとこ。
だが、一段目の音を耳にして、安堵は一気に底冷えへ変わる。
ドン、と自分の揺れを上回る強さで、家がきしんだ。母親はおろか、父親の重さですら階段を上がったところで、音しか聞こえないというのに。
それが一段、一段と登るたび、倒れている自分の身体が浮き上がってしまうほどの衝撃を、いとこは感じたらしい。
――違う。トイレに入っていて、今、階段を上ってくるのは家の誰でもない。もっと重い、誰か……。
部屋のドアは閉まっていたものの、鍵はかけていない。このままじゃ入られてしまう。
分かってはいた。けれど、動こうと力を入れると、息苦しさと共に視界が黒く染まりそうになってしまうんだ。
手足のけいれんと叩きつけも止まらない。それどころか、足音が上がってくるにつれて、リズムが早くなっている。あたかも「ここだよ、ここだよ」と場所を伝えているかのように。
足音が階段を上り終わった。ずっと近くから、一歩一歩、家を揺るがすものが迫ってきている。
――閉めなきゃ……閉めなきゃ……!
這いずってでもと、身体を動かそうとするいとこ。
首がぐうぅと締まり、目の前がぼやける。暴れる手足を押さえ込もうとして、手足に力を入れると、つけ根のあたりがビキリと音を立てた。
目が見えなくなる。手足はどうにか大人しくなったが、今度は全く動かせない。もう、息もほとんど吸えず、限界。
ただ意識がなくなる直前、自分の部屋のドアが開いた音だけは聞こえたそうだ。
次に起きた時、もう日は沈んで部屋は暗くなっていた。
身体は動くが、右肩のあたりに違和感。そっと手を当ててみて、いとこは叫びそうになっる。
乗っかっていたのは、どろどろになったシューマイの具。それを、粘ついた透明の液体が包んでいたんだ。
でもいとこが本当に恐ろしかったのは、そのどろどろのシューマイの中に、今日の弁当で食べたグリーンピースたちが、混じっていたことだったらしい。
もしや、とお腹を探ってみたところ、わき腹に横へ走る傷が残っていた。そこからはかすかに血がにじんでいたという。
その時期からしばらく、いとこの家は車や家電製品を換えたり、家のリフォームを行ったりするなど、大きな買い物が続く。いとこ自身はというと、これまでに比べてはるかに食が細くなってしまった。
両親のもとを離れ、しばらくしてから受けた診察では、自分の胃の大きさが平均に比べてはるかに小さいものだということを、知ったのだとか。その小ささは、まるで意図的に切り取られてしまったかのようだったと。