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吸血鬼の朝

作者: violet

 まるで血を吸われているかのような、一方的なキスだった。


 先程まで喧しく響いていた雨音は、いつの間にか聞こえなくなっていた。ただ七畳の部屋に響くのは、ベットが軋む音と、私と彼女の息遣い。


 だめ、空っぽになる。


 ストローのように伸びた舌が、私の口内をくまなく巡った。吸血鬼と名乗る彼女は、血の代わりに私の全てを奪っていくようだった。辛くて悲しい日々が、余すことなくペロリと舐めとられていく。


 気持ち良い。


 苦くて辛い私が飲み干されていく。それがこんなにも心地良いものだとは思わなかった。私は耐えきれなくて、彼女をどけようとする。


「ふぅ、はふ」


 僅かな隙を見せただけで、キスは続行された。行き場を失った私の両手がベットのシーツをずらし、しわを作った。


 いよいよ私というものがなくなりそう、というところで彼女はじゅるり、じゅるじゅると一層艶めかしい音を響かせて、私の唇から離れた。


「ごちそうさま。美味しかったわ」


 そう言って微笑む彼女を私は見た。私は意識が朦朧としていて、彼女がぼやけて見えた。ただ、髪の毛は真珠のように白くて、目の色は血のように真っ赤であることはわかった。微笑みでちょうど犬歯の部分が見えて、その歯がとても鋭く尖っているのが見えた。


「これで、あなたも吸血鬼よ」


 血を吸っていないのに、彼女はそんなことを言うのだった。





 雨戸も閉めずに寝てしまったらしい。黄緑色のカーテンの隙間から、日差しが漏れていた。その日差しで目を覚ました私は、自分が吸血鬼でないことを悟った。


 私はベットから起き上がる。身体が、特に頭が軽かった。寝起きでぼーっとしていたものの、昨日まで溜まりに溜まっていた心身の疲労が、一切なくなっていた。


 なんて爽やかな朝なのだろう。


 調子が良いからか、普段の私らしからぬ気持ちでいっぱいになった。


 外に出てお日様に当たろう。それはさぞ気持ち良いだろうと、私は着替えて玄関を出た。


 ひゅう、と風が通り過ぎた。


 湿った草木や土の香り。


 そして私の息が止まった。


 雨上がりの静かな朝。まるで大きな滝の前にいるかのような空気を、肌と鼻腔で感じた。ひんやりとしていて瑞々しい空気。とても気持ち良くて、美味しい。


 私は空を見上げた。青空に羽毛をちぎったような雲が点々と風に流れていた。


 空を眺めていたら、モズが数匹飛んでいるのが見えて、それを目で追う。ちゅんちゅんと鳴きながら、モズ達は向かいの公園の入り口にある木の枝にとまった。


 紅から黄色のグラデーションが見事な木だった。紅葉は雨に濡れて、モズがとまった勢いで雫がたれた。


 その雫が落下していく。宝石のように日光をきらきらと反射させて、私を逆さまに映していた。空気中の水分を存分に吸い取りながら、その雫は水たまりに落ちた。


 ぴちゃん。透き通った空気と、その先にある青空を映した水たまりに波紋が広がった。


 ゆれる水たまりに映った私と目があって、私はようやく呼吸が出来た。


 なんで。なんでこんなに美しいの。


 普段見慣れている景色のはずだった。こんなに感動するはずがなかった。まるで産まれたばかりの赤子のように、何もかもが新鮮に見える。


 美しい。


 ただ単純にそう思った後、私の目から涙がこぼれた。それは昨晩、彼女が取り残した最後の、辛かった私の日々。それが今、私から離れた。


 美しくて、美しくて、眩しい。


 世界の美しさに身悶える私。浄化されるかのような、身が焼ける感覚。だめ。美しすぎる。眩しすぎる。私には、優しすぎる。


 私は急いで部屋に戻った。陽のあるうちは、外に出られそうもない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なんと言うか……。よくこんなにすごい小説を書けるのかと驚きです。 小説というもの、こうでないといけません。 僕には絶対無理! 描写、タイトル、筋、結末、みごとです!(^_^)
2018/11/22 20:41 退会済み
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