ジャメインとデラッラ
はて、はるばる都から来なすった学者さんちゅうことじゃが、儂のような婆に何を訊こうと仰るんじゃね。
……この辺に伝わる昔話なら何でもええと?
ふむ、じゃあこんな話ゃあ、ご存知かね。
この村の北の方に、ローランちゅう街があるじゃろ。
あそこがまだ草っ原じゃった頃、それこそ儂の曾々々婆様もまだ生まれとらん位、大層昔の話じゃ。
そん頃はこの国もまだずぅっと小さかったが、人が増えて来よったもんで、皆あちこち土地を探しては住み着く様になった。
少しずつ国が大きゅうなって行く内に、当然ローランの辺りまで土地探しで人が行き来し始めた。
その頃のローランは広い草っ原で畑作るにもええし、川も森も近うて魚だの鹿だの獲れたもんじゃから、新しゅう村を作るにはもってこいじゃった。
じゃが、折の悪いことに、西の方からも隣の国の連中が、土地を求めて人を送り込もうとし始めた。
まだどちらもまともな村の出来る前に、互いにあの辺りを自分らの土地じゃと言い合う様になって、揉めよった。
境界線になる様な物も無いで、話し合うのも上手いこと行かなんだもんじゃから、結局戦になったんじゃな。
こっちの国からは王子のベレナン、それに国一番の剛力者と評判じゃった大男のジィゴと、その友人で剣の腕は国一番と評判のジャメインを容れて、仰々しくローランの東の端に軍を集めた。
ジャメインは剣の腕のみならず、美丈夫で知られておったが、剣の修行第一で浮いた話一つ無かった。
あっちの国は王の甥っ子のケランド、国一番の槍の使い手ハーリン、そしてハーリンの妹じゃが男勝りで知られたデラッラを含めて、ローランの西の端に陣取った。
デラッラは世にも美しい娘で、西の国では求婚者が後を絶たなんだが、自分より弱い男には目もくれず、力の有る者と見れば腕を試して散々に打ち負かし、結局誰も娶る事が出来なんだ。
戦が始まると、両軍はお互いに北から南へ兵士を広げて、草っ原のど真ん中でぶつかった。
南の辺りで戦い始めたデラッラを見た近くの兵士どもは、我こそはと血気にはやって挑んだが、誰もデラッラを打ち負かす事が出来なんで、多くの屍がデラッラの周りに山と積まれる有り様じゃった。
やがてジィゴがデラッラに挑んだ。大槌を凄まじい勢いで振り回すジィゴにも気後れせず、全ての振りを躱して、デラッラは手に携えた剣をジィゴの心の臓へと突き立てた。
同じ頃、真ん中の辺りでジャメインが戦っておったが、そのジャメインがケランドに手傷を負わせたので、西の軍は一旦引き上げとなった。
デラッラはジィゴの屍から首を取らずに引き上げたが、その引き上げぶりは大層堂々とした物じゃったそうな。
ジィゴの死はジャメインを酷く悲しませたが、一方で「これほど腕が立つ者はそうは居らぬ」と感心しきりじゃった。
翌日、ジャメインはデラッラと見えんと南へ廻ったが、そこで出合ったのはハーリンじゃった。
ハーリンは妹の武勇を誇り、お前をこの槍に掛けて共に誇るべし、とジャメインへと打ち掛かったが、ジャメインは突きや払いを全て躱して懐へと入り、心の臓へと剣の一撃を入れた。
同じ頃、デラッラは真ん中辺りで戦って居ったが、そこでベレナンを見出して一散に斬りかかった。
近習の守りのお陰でベレナンは逃れたが、多くの者がデラッラに討ち取られ、東の軍はたまらず引き上げとなった。
ジャメインはハーリンの首は取らず、ただ悠々と引き上げたそうじゃ。
ハーリンの亡骸を前にデラッラは嘆き悲しんだが、一方で「兄を討つ程の腕前、国にも居るかどうか」と感心した。
次の日、とうとうジャメインとデラッラは真ん中の辺りで相見えた。
ジャメインの問うて曰く。
「ジィゴの仇である。されど、汝は何ゆえ首を取らなんだか」
デラッラの答えて曰く。
「彼は勇者である。名を損なうは惜し」
デラッラの問うて曰く。
「我が兄の仇である。されど、汝は何ゆえ首を取らなんだか」
ジャメインの答えて曰く。
「汝が礼に倣うたのみ。彼もまた勇者である」
二人はそれぞれ味方へと一騎打ちを願い出て、他の者は手出し一切無用となった。
昼の日も高いうちに、二人は味方の軍を後ろへと控えさせ、草っ原の真ん中で相対した。
右から斬れば盾で逸らし、左から斬れば半歩引いて躱す。
上から斬り下ろせば半身を逸らして受け流し、下から斬り上げれば剣で受け止める。
疾風の如く斬り、稲妻の如く突き、二人は流れる如く身を躍らせた。
目を奪わんばかりに鮮やかな、じゃが触れよう物なら死を免れぬ剣の舞を、兵士達はただ息を飲んで見守った。
汗と火花を散らしながら、二人は長いこと斬り結んだ。
一刻程もたった頃、二人はお互いに疲れはじめたが、それでも剣はますます冴えわたる。
やがて、デラッラの突きを剣で受け流そうとしたジャメインが、その手を誤った。
蛇の如く互いの剣が絡み、次の瞬間にはデラッラの剣がジャメインの胸へと吸い込まれたが、ジャメインの剣もまた、デラッラの鳩尾を深々と刺し貫いた。
二人はそのまま膝を突き、体を支え合ったまま事切れた。
互いの体を搔き抱き、頬を寄せ合うた二人の死に顔は、満足気な笑みを浮かべておったそうじゃ。
両軍は二人の亡骸をその場所に葬ると、ひとまず三日の間は戦わぬ事にした。
三日後、両軍は使者をやり取りして戦場から引き上げた。
ローランは、二人の墓を目印とした境界を引いて、東西で互いの領地とする事になった。
それでも、あの辺りは長いこと村も作られず、草っ原のままだったそうじゃ。
儂が知っとるのはここまでじゃ。
だいぶ後になって、結局ローランは何度も戦で奪い合われて、今じゃあの通り、立派な街になっとる。
じゃから、この話も本当かどうかは儂にゃあ分からんでな。
……なんで双方ともその時に引き上げたのか、と?
さてのう、その話は伝わっとらんでな。
じゃが、儂が思うに、馬鹿らしゅうなったんではないかと思うんじゃ。
皆、二人に当てられた様な気分だったんじゃろうて。