『予定外の出来事、予想外の幸運』
週一なんてなかった。
「さて、それでは君が向かう事になる世界へ向かうとしようか」
「おう」
行くと決めた以上なんだかワクワクしてきた。
遠足に行く前日の様な、いや、楽しみにしていたゲームの発売日が近づいてくるような高揚感だ。
「実は今いるこの場所は宇宙空間でね、現在目的地へとゆっくり向かっている所だったのだよ」
「えっ!? 今俺宇宙にいたの!?」
ていうか移動方法が随分とパワー系というか……こうなにかゲートの様なものが開いて、くぐれば一瞬で目的地というドア的な現象を体験できると思っていた。
「ないない、それはない」
「おう、チョイチョイ俺の脳内と会話するのをやめてくれる?」
「おにーさんが頭の中でチョイチョイボケるのがいけないとおもうんだ」
心外だな、俺は至極真っ当なツッコミ人間だ。
「ほらまたボケた」
「人を痴呆みたいに言うんじゃないよ、っとそうだ! 忘れてた、これから向かう世界では何ができるんだ?」
「何ができる? とは何のこと?」
「いや、ほらよぉ例えば、メニューとか言えば体力の数値とか技能欄とかが見えるヤツ!」
「ハァ~おにーさんはこれからファ~ンタジーの世界に行くんだぜぇ? ゲームの中に行く訳じゃないんだ、そんな機能あるわけないだろ」
「むっ」
「そりゃ神々のゲームに巻き込まれたんならそういう事もありえるかもしれないが、わたしは純粋に君を異世界に招待しているんだ、そんな親切にプログラムを施した場所に送りはしないよ」
なんかとんでもない事言ってやがる。
二つ返事でハイと答えてしまったが、冷静に考えてみると俺が異世界に行った場合こいつには何のメリットが発生するのだろうか?
コイツの飄々とした雰囲気から何か気紛れで送ろうとしている様にも聞こえるが、だとしても何らかのメリットがあるはずだ。
見た目ガキなのは俺を油断させるためか?
いや、それとも本当に気まぐれかなにかでメリットなんてないのか?
それにしてもスパッツピチピチやで。
触ってもいいかな?
「やめい、その視線はマジ引くよ」
おっといかんいかん、相手の罠に嵌められてしまう。
思考が完全に逸らされてしまった。
そも、思考を読む事の出来る相手だからな、
コイツ、もしかしてわざとか?
ただニヤニヤと此方を見つめる自称神。
チッ、現状の確認が最優先だな。
触るのはまた今度だ。
「ファンタジーの世界なんだろ、魔法は使えるのか?」
「向こうの人達は使えるよ、けど現代社会で生きてきたおにーさんがすぐに使えるかどうかはわからないなぁ」
「じゃぁスキルとかは?」
「あるけど、おにーさんにはないみたいだよ!」
「……流石になんかあるだろうよ」
いや確かに運転免許すら俺は持ってないけどさ、資格試験とか何も受けた事はないけどさ、なんかあるだろうよ。
…何もないから就職できなかったんだよなぁ。
「おい、これって難易度ハードじゃね」
「あ、ごめんちょっと呼ばれちゃった、向こうの世界に着くまでテキトーに待っててよ」
「あ、おい、待てやッ!!」
契約を破棄しようかと思い始めたら、なんかゲートの様な渦巻の中に自称神は消えていった。
…やっぱりあるんじゃん、そういうの。
「ったく! しゃーない」
逃げられた気がするが戻ってきたら問い詰めてやる。
そう決心した俺の心はすぐに崩れる事になる。
「おーい、カミサマー?」
ちょっと、つってんのに全然着かねぇんだけど、何コレ放置プレイ?
時間の感覚なんてありはしないが、体感ではもう一時間も待っている気がするんだが?
目には見えないが今自分は宇宙空間に突っ立っている状態である、前に走れば早く進んでいるような気もするし、そうじゃない気もする。
「くっそ、俺の事忘れてるんじゃねぇだろうな」
それともあれか? 神と人間の間では時間感覚に差があるとかそういう話か!?
「だぁー、暇すぎる!! せめてなんかねーのかよ!」
更に体感一時間を過ぎた辺りで暇なので腕立て伏せをし始めた。
男はあまりに暇を持て余すと筋トレをする時がある。
まさに今がその時である。
しかし、全く疲れないんだが、これトレーニングになっているのだろうか?
これから向かう先の世界は恐らく弱肉強食。
現時点では魔法も使えない、スキルもない俺が唯一頼る事の出来るのは己の肉体のみ。
それすらも現代社会の生活にずぶずぶに慣れ親しんだ身からすれば脆弱そのもの。
かといって知識によってどうこうできるかと聞かれればそれもNOだ。
頭が良ければもっとちゃんとした仕事についていただろうし、雑学やサバイバル知識に造嗜が深い訳でもない。
いやそもそも冷静になって今考えてみれば俺みたいな社会の底辺で燻っていたような人間が今更異世界に行った所で何が出来るというのだろうか、一時の気の迷いに任せてとんでもない決断をしてしまったのではないか、いっそ今からでも戻ったほうがいいのでは……、等々と悶々と考えていたが、トレーニングに集中する内にどうでもよくなってきた。
その後も一向に神は戻ってくることはなく、また全く肉体が疲れないトレーニングという状況、腹も減らず汗もかかない、ただ集中する、雑念を省いていく。
(はっ、俺は今まで何を?)
昼夜の概念もなく、時間の感覚もないので自分がどれだけトレーニングに没頭していたかは分からないが、正気に戻るまで結構な時間がたっていたと思う。
その正気に戻るきっかけを与えてくれたのは目の前に巨大な惑星が見えたからだ。
「やっと着いたのか?」
しかし、ちょっとこの仮称宇宙船の様なもののコースから外れている気がするのだが?
進行方向上にはあるのだろうがごく近くを通るだけで過ぎてしまう様に思える。
灰色の星と呼ぶべきだろうか、教科書に載っている地球の様な見た目ではなく、どちらかといえば月のイメージが強い。
よく見てみると所々赤い線の様な光が走っているような、いや、近づくにつれて赤だけではなく様々な色の線がはしっていのが見て取れる。
しばらく、ただじっと灰色の星を眺めていた。
様々な色の線が不気味に蠢いているが、この宇宙という暗闇の中に浮かぶその星は、不思議と綺麗だと思った。
それは自然に対する綺麗さというよりかは人工的な綺麗さに対する賞賛である。
「すげぇな」
地球ではまだ誰も見た事がないであろう景色を独り占めしている、その驚きに素直に呆けていると、灰色の星から一際強い光が惑星から発せられたかと思うと、一筋の赤い光線がこちら目掛けて飛んでくる。
「なッ…!!!」
突然の出来事に思わず目を瞑る、いや、もとよりその赤い物体が放つ光によって目も明けられなかっただけだが、
「……にぃッ!!!」
しかし、眩しいからと目を瞑り、あの光線がこちらを害するものだったらこれは悪手である。
ここは宇宙だ、何が起こったとしても助けてくれる人間はいない。
いや、なにかが起こったとしても今の俺にはどうしようもないんだけど。
瞼を開けて辺りを見回すと、先程の明るさはすでになく、そこには変わらず灰色の星と真っ暗闇が広がるばかりである。
ふと、体がむずがゆい、何かが入り込んだ感じがする。
(なにかされたか?)
異常がないか体を調べる。
「ん?」
すると見慣れぬ赤い線が右手首にぐるりと円を描いて浮かび上がっている。
線は一指し指くらいの幅で、触るとザラッとした感触がする。
なんだ? 神が言うにはノースキルのはずだが、内側から何か肉的パワーとは別種の物を感じる。
ひょっとするとこれはついに来たんじゃないだろうか!?
先程の危機的状況から俺の中の潜在的な何かがアレヤコレヤして使えるようになったのではないだろうか!?
そう、魔法が!!
右手を前に突き出し叫ぶ!!
「なんかでろーーー!!!」
どこからともなく脳内に謎の声が響く。
『機械武装 を しよう しますか 』
「なんかおもってたんとちゃう!?」
ま、まあいい、試しに使ってみるか。
といってもどうすればいいんだろう。
こういうのは念じればいいのか?
試しに右手にグッと力を込めると緑色の文字が何処からともなく現れ右手を包み込んでいく。
「お、おお」
文字が消えると同時に、右手首の辺りまで超近未来的グローブが装着されていた。
軍手とか手袋をした感覚とはまるで違う。
冷たい感触が右手を包み込んでいる。
材質は鉄だと思うのだが、どうなのだろうか?
「おおー」
指先を動かすとカシャカシャと男心をくすぐる音がしている。
左手で触ってみても人肌に感じる温度は金属の冷たさである。
「…結構ずっしりくるな」
この機械武装、かなり重たい、ダンベルとかを持ち上げる感覚ではない。
右手が鉛になったように重い、実際少し振り回すだけでも重心のバランスを崩しそうになる。
ふと、これはどーやったら消えるのか疑問が浮かんだ。
まさかこのままとかないよな。
『解除 と 念じれば きえます』
再び脳内に謎音声が響く。
便利だな。
どこぞの神より便利だ。
やっぱりチュートリアルは必要だよ。
「解除…っと」
言うと同時に右手を包んでいた機械武装は光の粒となって消えていく。
右手が軽くなったので変な感じだ。
ふぅと一息つく。
宇宙は広い、こんな事もあるんだな。
ひょっとしてここが目的地なのだろうか?
しかし、自称神は剣と魔法のファンタジーと言っていたからな…。
それからしばらくこの機械兵装で何ができるのか調べている内に、
案の定灰色の星を通り過ぎたのであった。