竜人族 4
竜人族の二人組を食べたクジラは、次の標的であるグミをその瞳に捉えた。その瞳だけでグミの身体がと変わらない大きさを持っている。クジラの身体皮膚が刃となってグミに襲い掛かかった。
「うわっ」
グミは魔海に引き釣り困らないように他の魔物たちを足場に使って飛び回る。すでに多くの魔界の魔物がグミや他の人間族によって倒され、十分な足場を作っていた。
「そのデカい図体では、不利だろ」
グミは身軽さを生かしてクジラに切り傷を付けていく。致命傷こそないが、それでも確実にクジラは出血していく。さらに、倒れた魔物たちによって魔海の中は大渋滞となり、クジラは身動きを取ることすら困難になっている。
「あんなデケェ魔物初めて見たぞ」
魔海の魔物を見てきた冒険者たちは一際大きなクジラの姿に驚嘆の声を漏らす。彼らもグミに加勢したいが、クジラの大きさと、クジラが与える圧倒的な攻撃量に近づくことすらできない。
「グミの嬢ちゃんはあんな化け物と戦っているのか?流石は剣聖の後継ぎだ」
冒険者や兵士は誰一人としてクジラに向かっていこうとはしなかった。それは自分とのレベル違いだけでなく。グミの信頼してのことと言えば聞こえはいいが、怖気づいたのだ。
「ハァハァハァ、何度切った?百か二百か?」
クジラは皮膚を刃に変えて、攻撃をしてくる。それはクジラであってハリセンボンのような姿に見えるが、ハリセンボンがクジラの大きさで自由自在に刃を操り、切っても無限に再生するこの状況にグミは疲労を感じ始めていた。
これまでも魔海の魔物や竜人族のなどを倒して、体の疲労は蓄積していた。そこにきて、何度斬りつけても再生する魔物に限界が近づいていた。
「BUooooooooooooo!!!!!!!!!!!」
クジラが鳴くたびに魔海に倒れていた魔物たちが消えてなくなる。全てクジラによって食べられていくのだ。魔物がいなくなれば、クジラの動く範囲も増えてグミはどんどん不利になっていく。
「化け物め」
甲羅の魔物を相手にしたときよりも、自分は強くなっている。それは実感できた。今なら甲羅の魔物も斬ることができるだろう。
だが、今目の前にいるクジラは、切っても再生を繰り返すのだ。何度斬りつけても、同じところを斬ろうと、再生する前に斬り続けても、致命傷を与えるまでに追いつかない。
「こんなところで終わりたくない」
剣を持つ腕すら限界にきている。クジラの攻撃を避けるので精一杯なグミに、クジラは容赦なく巨大な口を開放した。
「死にたくない」
スレイヤーによって与えられた殺気よりも、クジラから与えられる死の恐怖にグミの身体は諦めかけていた。
「よく時間を稼いでくれた」
今にも倒れそうなグミの身体を支えてくれる手があった。一瞬、脳裏にスレイヤーの顔が浮かんだが、聞こえてきた声は別の者だった。
「シュウ」
「グミ、待たせてごめん。こいつは俺が倒すから休んでて」
いつの間にやってきたのか、勇者がグミの身体を支えている。魔物の返り血を受けて汚れた体をシュウに触られグミは気が抜けるようにもたれかかった。
「死ぬかと思った」
それは安堵したことで足の力が抜けてしまったのだ。グミにもわかっている。人間族最強は勇者であるシュウだと。そして、この場面を託せる人物だとわかっている。だからこそ気を抜くことができた。
「すまない。少しだけ休む」
本当に限界だった。グミは一瞬で意識を手放し、その身をシュウに預けた。シュウは下に待機しているダビデにグミを託して巨大クジラを見上げる。
「今度は必ず守る」
シュウとダビデはグルガンのことを思い出していた。グルガンにたくさん助けられた。そして、グルガンが傷ついたとき二人は何もできずにグルガンを見殺しにしてしまった。その後悔を二人とも忘れていないのだ。
船をここまで攻められるとシュウたちは思っていなかった。また、戦士を失う寸前だったことにようやく二人は気づくことができたのだ。
「ダビデ、頼んだ」
「ああ、シュウ。あのデカ物を倒してくれ」
「任せろ」
シュウはすでに纏っている魔法剣と共に戦場へ舞い戻っていった。
「う、うん」
「気が付いたか」
意識を取り戻したグミは、ダビデに寝かされるところだった。
「戦況は」
「あのデカい奴とはシュウが戦っている。他の魔物たちは冒険者や兵士、それにエティカが蹴散らしてくれてるよ」
「よかった。私は船を守れた」
グミも援軍が間に合ったことに安堵して、体を起こすことを諦めた。
「すまなかった。もっと早く船の状況に気付いていればよかったんだが」
「そっちも大変だったのでは?」
「言い訳にしかならないがな。色々あった。とにかく、この島に住む竜人族は化け物ばかりだ。あのクジラを倒したらいったんこの島から離れよう」
ダビデの言葉を聞きながら、グミの心は船の方を向いていた。戦うシュウよりも、船を守ったスレイのことが気になるのだ。
「スレイはどうしていますか?」
「スレイ?新人冒険者か?俺は知らないが、パーティーを組んでいるツララが向かったと思うが」
「そうですか」
ツララの名前を聞いて、胸がチクリと痛んだが、自らの身体が言うことを聞かないため、グミもそれ以上話を振ることはなかった。
その代り、目の前で繰り広げられる勇者と巨大クジラの戦いに目を向ける。そこには圧倒的な質量でクジラを圧倒する勇者の姿があった。
ただ、これまでのような必死さよりも、どこか鬼気迫る強さを感じていた。
「シュウは」
「いろいろあったんだ。またいつか、話す」
「わかりました」
グミはダビデの態度にそれ以上質問することが躊躇われた。ただ、戦況は一気に変わろうとしていた。
いつも読んで頂きありがとうございます。
最近プライベートが忙しいもので、二日に一回更新になりそうです。次回は水曜のお昼に投稿したいと思います。




