竜人族 3
双剣によって描かれた魔法陣は空中で浮かび上がり、魔法を放っては消えていく。本来空中に魔法陣を描くなどできるはずがない。
だが、スレイヤーは線が消えるよりも早く次の線を描いて魔法陣を空気中に完成させたのだ。スペルマスターであるスレイヤーにしかできない。
「ゴホッ、本当に貴様は何者だ」
「竜人族の生命力は大したものだな。頭以外の全てを失っても生き続けるか」
胸に腹、腕や足に大きな穴が開いているバジリスク。喉と顔だけが残ったバジリスクは、それでもスレイヤーに問いかける。
「そうだな。これで最後だ」
スレイヤーはバジリスクと自分を透明なバリアで包み込む。バリアの中では、外の光景が見えている。しかし、外からは鏡のようになって中が見えないようになっていた。
「これで満足か?」
スレイヤーは変化の魔法を解いて本来の姿を現す。魔族としての白い髪、褐色の肌、赤い瞳がバジリスクを見つめる。
「貴様はっ!魔族か」
「ああ、そうだ。俺は魔王様の配下であり、魔人族のスレイヤーだ」
「魔人族だと、それにしても貴様の強さは異常だ」
バジリスクはスレイヤーの強さに驚き質問を続ける。
「これ以上貴様に教えることはない」
スレイヤーは双剣を振り上げ、残ったバジリスクの頭部を殴りつけた。グシャリと音を立てて潰れた頭部が地面に落ちた。
「さて、戦局はどうなっているかな」
バリアを解いたスレイヤーはバジリスクの遺体を誰にも見せないために灰へと変える。
スレイヤーが魔物を退け、バジリスクを倒した頃。戦士グミの下にも竜人族が迫っていた。
「随分と元気なお嬢さんだ」「そうね。あの子だけ元気ね」
グミの前には視界を埋め尽くすほど巨大なクジラが現れていた。そのクジラの上には二匹の竜人が、青と白の髪を絡めるように体を寄せ合い乗っていた。
「貴様たちがこの島の魔族か」
「魔族?」「魔族ですって」
「違うのか?」
「竜人族」「そう、私たちは竜人族」
二匹の竜人は交互に言葉を発し、グミのことをバカにするように笑い合っていた。
「敵でいいんだな」
魔族や竜人や考えることを諦めたグミが、闘気を体中に漲らせる。
「師匠は言っていた。『チャレンジャーになる自分を認めろ』と。貴様たちは私よりも強い。強いお前たちに勝つために私はどうすればいいか」
「よくしゃべる」「よく話す」
「お前たちに何もさせなければいい」
グミは剣を鞘に納める。自身よりも大きな剣を背中に戻して後ろを向く。
「スキだらけ」「逃げるのかしら」
それはグミ流の納刀術。剣を振るうのにもっとも速度を出せる方法で、最速の剣を振るう。
「はっ」
一閃。油断。過ち。彼らの言葉をかける取るならば、どの言葉がふさわしいだろうか。
剣と人、立った一筋の光となった輝きは、一瞬だけ二人の竜人の間を通り抜けた。それは巨大な魔海の魔物を倒して疲弊しているとは思えない速さ。だが、グミは言う。
「疲れていたからこそ、無駄な力が一切入らずに自分の理想に近づけた」
彼女が目指す剣の道。それは父親であるグルガンとは全く異なる剣の道である。父が経験と剛によって剣を振るうならば、彼女は無駄と柔で剣を振るった。
無駄とは一切の力みを無くした自身の体。柔とはグミの体の柔らかさを表現した言葉だ。
「何をしたのかな?」
「何をするの?」
二人の言葉が初めてズレた。交互に放たれていた言葉は間が空き、二人の身体が斜めに傾いていく。
「あれ」
「……どうして?動いていないのに」
二人は斬られたことすらわからない。戦士として覚醒したグミに、竜人族の戦士は為す術なく崩れ落ちて行く。
「お前たちが竜人と言うならば、竜人は大したことない」
グミの呟きが二人に届くことはない。二人は巨大なクジラの上で四つの塊になり滑り落ちていく。落ちてきた餌を食べるようにクジラは大きな口を開いて、肉の塊を口に入れる。
一気に飲み込まれた竜人に眼もくれず、クジラの上から飛び降りて次の魔物を狙って戦場へと飛び込んでいく。
「ヴぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!」
グミがクジラから飛び降りると、クジラは巨大な体から雄たけびを上げてグミを見る。巨大な瞳がグミを捉え体を振るようにグミの身体を吹き飛ばした。
魔海の魔物たちの中でも、どの魔物よりも質量が多いクジラは全ての魔物を相手にするよりも脅威となる。
「なんていう力だ」
グミは剣によって防御と着地をやり遂げ。なんとか態勢を整える。しかし、改めてクジラを見上げれば、空を埋め尽くすほどの大きさに圧倒される。
「これは本当にヤバいな」
グミは一瞬だけ船の方を見る。先ほどから爆発や誰かが激しく戦う音が聞こえて来ていた。たぶんこのクジラのと同等かそれ以上の相手と戦っているに違いない。
「気合入れていきますよ」
グミは初めて戦いの中で生きていると実感できた。それは本当の死を体験したからだと自分で分かっている。スレイヤーから与えられた殺気は死を体験させるのに十分な威力が含まれていた。
だからこそ分かる。今自分は生きている。生きているからこそ戦えるのだ。
「師匠。必ず、また会います」
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