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諦めない心

 スレイヤーはグミのしつこさに辟易する毎日を送っていた。拒絶した日からグミとは距離を置こうと考えていた。一日目は部屋から出るのを極力避けた。

 しかし、食事や冒険者として与えられている仕事を行うときには、どうしても部屋から出なくてはいけない。そんなとき部屋の外には決まって、グミが待ち構えているのだ。


「師匠、今日はどうされますか?」「師匠。お食事ですか?」「師匠、今日は稽古はなされないのですか?」「師匠、よかったら一緒に魔海の魔物を退治しませんか?」


 会うたびに師匠と言われ、最初こそ否定していたものの、あまりにもしつこいので否定することも諦めて無視することにした。

 そうしているうちに、留守番役をしていた兵士や冒険者。整備士などにあだ名として「師匠」と呼ばれるようになってしまった。


「グミちゃん。師匠がデッキに向かったぞ」

「グミちゃん。師匠は食事中だ」

「グミちゃん。師匠が風呂に入るぞ」


 どうやら居残り連中はグミに味方するらしく、スレイヤーが行く場所をすぐにグミに知らせてしまう。おちおちと船の中でゆっくりできなくなったスレイヤーは等々船を下りた。


「師匠、どちらに行かれるのですか?」


 船を降りたことをどこから察知されたのか、グミがスレイヤーの後を追って島に降りてきた。


「いい加減にしろよ。お前は留守居役の代表だろ。どうして俺の後を追ってくるんだ」

「それは師匠も同じです。どうして留守居役なのに船から降りるんですか?」

「お前がウザいからだ」


 最近ではハッキリと拒絶を口にする。


「またまた、師匠てっば照れ屋さんなんですから。皆さんが言ってましたよ。男は追いかけられる方が好きだって。何よりも私みたいな美人に追いかけられたら断る男はいないって言ってました」


 しかし、剣士グミの精神は図太かった。


「それは明らかに違う意味だと思うがな」

「わかってますよ、師匠。師匠は私に技を教えてはくれません。目で見て盗めとおっしゃるのですよね」


 またもや勝手な結論に至ったらしい。


「私もずっと考えていました。確かに自らが研鑽積んだ編み出した技を教えてやるなど、普通はしません。門下生を取っている者ならお金を取って教えます。ですが、そういうやらかは得てして一流ではない場合が多い。私は父が一流の戦士だったからこそ、剣を教えてもらうことができました。ですが、本来の剣は一子相伝。簡単に教えるものではありません」


 どうやら、少しは考えてきたらしい言葉がグミの口から零れる。


「だから、わかったんです。師匠の後ろを付け回し、師匠が戦う姿を見て盗めばいいのだと」


 スレイヤーはバランスを崩した。いったいグミは何を言っているのか、公開ストーカー宣言されると思っていなかった。グミの言葉に一瞬感心した自分を呪ってやりたくなる。


「だから、師匠が戦っている姿を見せてください」


 バカには言葉は通じない。その精神も、踏んでも踏んでもまた生えてくる雑草のようにしつこく強かった。


「俺はお前のことを勘違いしていたよ」

「???」


 スレイヤーは溜息を吐き、グミを認めるような言葉を発する。意味がわからないとグミは首を傾げた。


「最初は落ち込んでいるのかと思って、アドバイスしたつもりだった。それは間違いだった。お前は落ち込んでなどいない。むしろ、誰よりも負けず嫌いで貪欲な奴だ」


 何度断ってもしつこく付きまとう辛抱強さ。相手を見つけだす観察力と洞察力。そして相手のことなど考えない空気読まない力。全てがスレイヤーの想像を超えていた。


「それって稽古をつけてくれるってことですか?」


 グミは嬉しそうにスレイヤーに歩み寄ろうとする。だが、スレイヤーは片手を上げてグミに静止をかけた。


「これは試験だ。お前が俺が出す試験に合格したなら、見ることは許してやる。だが、試験に合格できなかったら金輪際付きまとうな」


 スレイヤーは真剣な眼差しで、グミに勝負を持ちかけた。


「技を見させていただけるんですね」

「ああ」

「なら、その勝負受けます」


 グミもここが潮時だと思ったのだろう。スレイヤーの本気の瞳に頷いた。


「何で勝負なさるのですか?」

「簡単だ。今から俺は、お前に威圧を放つ。お前はその場から一歩でも動けたら合格。これでどうだ?」

「そんなことでいいのですか?」


 あまりにも簡単な試験にグミは拍子抜けしてしまう。魔物が相手でも人間族最強であった父が相手でも、身が動かなくなったことなど一度もないのだ。

 スレイヤーにどんな奥の手が有ろうと、自分が負けるはずがないとグミは思えた。


「ああ、威圧をかけてから30秒だ」

「わかりました」


 自分に有利な内容を断るはずがない。グミはスレイヤーの言葉に承諾して、威圧が込められるの待った。


「いくぞ」


 スレイヤーはグミに威圧を放った。それは魔人族として、そしてスレイヤーの力の一端を含ませた。威圧というなの殺意だった。

 浴びせられた威圧の質にグミは息ができなくなり、その場で動くどころか息すらできなくなった。


「30。どうやら俺の勝ちだな」


 いつの間に数え終わったのか、スレイヤーの威圧が体から消え失せていた。


「……今のは……」


 何が起こったのか、グミだって剣士として戦いを繰り広げてた経験で知っている。それでも聞かずにはおれなかった。


「お前に足りないのは実戦経験と本当の殺意だ。お前は強者としてしか生きて来ていない。ならば敗北を認めることでチャレンジャーになる自分を認めろ。殺気に耐えた褒美だ。そして、俺からの最後の講義だ」


 グミは約束を果たした。それ以降スレイヤーに付きまとうことはなかった。ただ、たまにスレイヤーを見て羨望の眼差しを向ける。

 それはまるで恋する乙女のような眼差しに、周りの者たちは「師匠に惚れたな」と呟くのだった。

いつも読んで頂きありがとうございます。

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