弟子志願
剣士を打ちのめしたのは気まぐれだった。そんな気まぐれがスレイヤーを苛立させることになるとは、考えもしなかった。
「ジーーー」
声を出すほどガン見される状況は正直息苦しい。船の留守番役を任されたのは船の整備師と数名の護衛たちだ。その中にスレイヤーと剣士グミがいた。ツララはエティカに誘われ強引に船を下りたため、この場にいない。
「いい加減にしろ。何かようか?」
「なんのことだ?」
先ほどからデッキで風に当たっていたスレイヤーは、根負けして見つめ続けていた剣士に声をかけた。慌ててとぼけた素振りを見せるが、明らかに態度がおかしい。
「じっとこちらを見てただろ。文句でもあるのか?」
「私はそんなことしていないぞ」
「ウソをつけ。再戦が望みならお断りだぞ」
スレイヤーは面倒な奴に絡まれたと、ため息を吐きながらハッキリとした口調で再戦を拒否する。
「べっ、べつにそんなことは望んでない」
「なら、なんで見てたんだ?」
「私はお前など見ていない。もしも見ていたというなら空を見ていたのだ……」
「……」
言い切ったグミを、スレイヤーは無言で見つめ続けた。
「うっうううううう。そうだ。私はお前を見ていた。お前がわけのわからないことを私に言うからだ」
「わけのわからなこと?」
「敗北を認めるとはどういう意味だ。私は父にも魔物にも負けたことがある。同じ人間族相手だって、まだ未熟なときは負けたぞ。私は敗北を知っている。なのに敗北を認めるとは知ることとどう違うというのだ」
グミの瞳は不安に揺れていた。剣士として父に負けぬ強さで戦いをしてきたつもりだったのだろう。実際オークや獣人魔族と戦っても命の危険に晒されるほどの負けたをしたことがないのだろう。一日目に現れた魔海の魔物も剣で打ち倒していた。
それなのに先の戦いに現れた魔海の魔物に破れ、スレイヤーにも剣で打ちのめされた。自分の信じていたものが崩れ去っていくような思いだったのだろう。
そこにかけられた言葉は、グミにとって川で溺れそうな自分が縋るべき藁に思えたに違いない。
「お前は知ってるだけだろ。認めてはいない」
「だから、それはどういう意味だ」
「ハァーちょっとは自分で考えろよ。ヒントをやる。これ以降は自分で考えろ」
「……わかった」
グミはヒントをもらえることに喜び、スレイヤーが発するヒントを待ち望むように、前のめりにスレイヤーに近づいていく。
「近い」
スレイヤーはグミの頭を叩いて下がらせる。
「痛い……」
叩かれたことで非難するような視線をスレイヤーに向けつつ、それでもヒントを言ってもらうのを待っている。
「いいか、認めることから始めるんだ」
「認めることから始める?」
「そうだ。敗北を認める。そこからすべてが始まる。以上だ」
「えっ!それだけ?」
「十分なヒントだろ。ここからは自分で考えろ」
スレイヤーはデッキにいても落ち着かないと思ったので、ツララと共に与えられている部屋へと身を隠すことにした。
魔海は常に強い風が吹いている。そのため温度はあまり高くないので、デッキにいるより部屋にいた方が快適なのだ。だが、探索に出てから一日が経過した勇者一行のことが気になりデッキに出ていた。
「一度、魔王城に戻るか?」
スレイヤーは仕事を任せている魔狼のことを考えた。
「奴は上手くやっているかな」
魔狼のことを考えながら、スレイヤーは口元に笑みを作る。スレイヤーからすれば同性で友人のように思っているのかもしれない。
「師匠!」
スレイヤーが魔狼のことを考えていると、扉が突然開かれグミが入ってきた。
「師匠?」
「そうです。師匠です」
「何を言っているんだ?」
「私はわかりました。敗北を認めることから始める。その意味を」
「いや、お前本当に考えたか?」
先ほどスレイヤーがデッキから離れて、まだ数分しか立っていないのだ。正直、考えるには短すぎる時間だ。
「もちろん考えました。そして、私は一つの結論に達しました」
「とりあえずいってみろ」
「私は弱い」
「……はっ?」
グミの答えに対して、スレイヤーは意味がわからずに沈黙する。そして何とか発した言葉にグミは満面の笑みを作っていた。
「敗北するということは私は弱いということだ。弱い私は、強い者に教えを乞いたい。私より強い者とは誰か?それを考えたとき、勇者殿はもちろん私よりも強いだろう。だが、戦士ではない。同様に神官共も魔法使い殿も教えを乞う相手には適してはいない」
「それで俺か?」
「……そうだ。本当は父に教えてもらえればよかったが。父はもういない。師匠は父と同じぐらい強いと思う。だから私に戦いを教えてください」
「断る」
頭を下げたグミに対して、スレイヤーは間髪入れずに断った。
「なぜだ!」
「お前に教える義理も、利点も俺にはない」
「義理など。何より利点など求めるなど」
「お前は本当にバカなんだな。これまでどんだけ優しい人たちの中で生きてきたんだ」
スレイヤーの言葉にグミは落ち込んだように視線を下に向ける。
「では、どうすればいい?私だって考えた。考えた末に出した答えだ」
「なんでも人に教えてもらえると思うなよ。俺はお前の師匠になる気はない。帰れ」
冷たく突き放したスレイヤーの言葉にグミは一度だけスレイヤーを見て部屋を後にした。
「言い過ぎたか?だが、勇者パーティーを強くしても俺にメリットはないな」
スレイヤーは落ち込む剣士の姿に罪悪感が芽生えたが、それでも教えてやろうと思わなかった。
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