剣士
甲羅の魔物を倒すことができた翌日、船の修理も終わり船出となった。魔力の強化が上書きされた船は巨大な魔海の魔物であろうと簡単には破壊できないように改良されいる。しかし、勇者一行は船以外の問題を抱えることとなった。
「気にすることないよ。誰でも初めての戦いは慣れていないもんだ」
魔海の魔物を相手にしたことで、露見した事実。それは戦士グルガンの後を継いだ、剣士グミの経験不足だった。剣の腕は鋭く、普通の冒険者ならば負けることはないだろう。だが、冒険者もA級、S級になれば化け物たちであり、ここの特殊能力を持つ。剣士は圧倒的な経験不足で、そんな相手には勝てないだろう。
戦いにおいて一番大切なモノは何か、スレイヤーはそれを考えた時、一つの答えを導き出している。
「早すぎたな」
仲間に励まされている剣士グミを見たスレイヤーは興味なさげに視線を逸らした。
「彼女はここで心折れるでしょうか?」
「どうだろうな。ここまで剣士は天才的な才能と努力で勇者パーティーに選ばれたのだろう。だが、戦いは才能や努力でどうにかなるものではない」
「才能や努力以外の要素?」
「そうだ。俺は爺様にそう教えられた」
「スレイ様」
スレイヤーの言葉にツララも何かを思い出したように魔海をみつめた。
一日の中で三度、魔海の魔物に襲われる日々が一週間ほど続いた。一週間の中で兵士や冒険者はかなりの数を減らしていた。そしてやっと勇者パーティーは目的地に着こうとしていた。
「ここがリヴァイアサン領の主都ドラゴンキャッスルか」
リヴァイアサン領で唯一の島。それが首都でありリヴァイアサン領の主であるドラゴニュートの姫君が住む場所だ。
ドラゴンがいなくなった世界でドラゴンに近い存在であるドラゴニュートたちは孤高の存在として魔族の中でも特別な存在だった。
魔海は彼らドラゴニュートの根城であり、魔族は彼らに敬意を払って七大貴族の称号を与えた。そして、不可侵条約を結んだ同盟関係なのだ。
「竜人族。ドラゴンがいなくなった世界でドラゴンを名乗る種族」
スレイヤーの呟きを聞いている者はいない。ツララはエティカに呼び出されティータイムにいっている。
「はっ、ふっ」
船はもうすぐ島に到着する。それなのに船のデッキで剣を振り続ける一人の美少女は鬼気迫る雰囲気を醸し出しており、その剣気に当てられた者はいつしか彼女に声をかけなくなった。
唯一勇者だけが彼女に話しかけるが、いつしか勇者の言葉も彼女には届かなくなっていた。
「到着したみたいだが、降りなくてもいいのか?」
「……」
敵の警戒をしつつも、冒険者と勇者が上陸を開始していた。大方剣士は船を守ってほしいとでも言わてお留守番をさせられているのだろう。
スレイヤーが声をかけたのは気まぐれだった。エティカがツララを連れて行ったということはただのティータイムではない。時間に余裕のできたスレイヤーは、孤立していく剣士の姿が見ていて面白いと思った。
「だんまりか……たいして強くもないのに勇者パーティーだと思って自分を特別な存在とでも思っているのか」
「……なんだ?私にケンカでも売りに来たのか?」
スレイヤーの挑発に応じるように、剣士が素振りを止めてスレイヤーを睨みつける。
「お前と俺じゃあケンカにもならんよ」
「その挑発受けてやる。私は剣士として父にも負けたとは思っていない」
「その割には魔物に手も足もでなかったがな」
「うるさい」
剣士にとって一番言われたくない言葉に、怒りを持って応じるのは図星を突かれたからだろう。
「遊んでやるからかかって来いよ」
スレイヤーは両腰に差した剣を片方だけ抜いて、だらりとした姿勢のまま剣士の前に立つ。
「バカにしているのか?その腰に差している物を抜け」
「勇者ならまだしも、小娘に本気を出す意味はないな」
「死んでも知らないからな」
剣士にとって剣をバカにされることほど、名誉なことはない。自分の体よりも大きな剣を下段に構えたまま、剣士がスレイヤーに向かって走り出す。
スレイヤーは下段から来る剣先を見極め、紙一重でかわす。剣士も躱されることを読んでいたのか、振り上げた剣を横薙ぎに振るう。しかし、スレイヤーは片手に持った剣で巨大な剣を受け流して身を躱す。
「この程度で剣聖の後継ぎを名乗るのか?」
「バカにするなよ。武技ビルドアップ、武技スピードアップ」
武技とは、剣士や戦士のような魔法を使えない者たちが編み出した技で、生命力を燃やすことで自らの肉強化や技の精度を上げることができるのだ。
「それで本気か?」
「本当に死ぬぞ」
挑発するスレイヤーに対して、剣士は奥の手を出す。
「武技アイアンボディ」
武技を重ねることで、剣士は先ほどまでとは見違える動きを見せる。動きは先ほどよりも何倍も速くなり、剣を振るう威力も格段に上がっている。
スレイヤーは剣士の攻撃を躱しながら、本気になった剣士に一撃を加えるために剣を振るった。しかし、剣士はスレイヤーの剣を躱そうとも、守ろうともせずに額から剣に突っ込んでくる。
「終わりだ」
斬られることも構わない剣士の踏み込みがスレイヤーの体を捉える。スレイヤーは腰に差していたもう一本の剣で受け止め後方へ飛び退いた。
「なっ!」
声を上げたのは剣士の方だった。必殺の間合いと踏み込みを躱されたことに驚きの声を漏らす。
「気を抜くのが早かったな」
スレイヤーが持つ剣は、どんな剣よりも強度が高く決して折れることはない。片手にもたれた剣で切れないことがわかったスレイヤーは気を抜いた剣士の喉へと剣を突き立てる。
「ガハッ!」
「武技で防御を固めて踏み込んだはいいが、守れない場所があることを知るんだな」
喉を突かれて倒れた剣士はスレイヤーを睨みつける。
「ゴホッガハッ」
まだ話すことができない剣士。スレイヤーは剣を納め背を向ける。
「まだっガハッ終わってゴホッ」
剣士は、剣を握り直す。しかし、武技を使った反動で体が重い。
「殺し合いをしているわけじゃない。だが、お前は知らなければならない」
「知る?何をだ」
苦しそうにしながらも、なんとか言葉を発した剣士にスレイヤーは顔だけ振り返る。
「敗北を認めることだ」
スレイヤーはそれ以上語ることがなくなりその場を離れた。




