眷属
スレイヤーが魔王城に来て、一か月が経とうとしていた。その間にオーク先輩は全ていなくなった。現在スレイヤーと共に働いているのはオーク後輩たちだ。
オーク先輩たちはラミア様の食事となり、現在の食堂を仕切っているのは、スレイヤーということになる。最底辺の下っ端から料理長に昇格したことになる。
「誰かいるかい?」
いつも通り調理場で料理を作っていると、女性が調理場へと入ってきた。声のする方へ視線を向ければ、短髪に切り揃えられた綺麗な黒髪に体のラインがハッキリと分かるピッチリとした革の服を着た男装の麗人がそこにいた。
革の服は特別製なのか真っ黒に塗られており、雰囲気と対比する妙なエロさを醸し出している。
「はい。なんでしょうか?」
話し方から相手の方が上位魔族であると判断して、スレイヤーは丁寧な口調になる。
「君が料理長か?」
料理長という言葉に笑ってしまいそうになる。だが、最近では調理場はスレイヤーの仕事場と化しているので、邪魔をする者などいなくなった。料理長かと聞かれれば、自分が取り仕切っているのでその通りだとも言える。
「一応、私が指揮をとっております」
「そうか、最近肉料理が増えているね」
「ええ、まとめて良い肉が手に入りましたので」
先ほど言った通り、邪魔をする者はいなくなった。本来いるはずのオーク先輩たちは、全て掃討した。現在はスレイヤーのことを恐れるオーク後輩たちばかりなので、彼らの心を掌握したともいえる。もちろん反抗的な者にはラミア様の食事になる権利を与えている。
「どんな醜い豚が料理しているのかと思ったが。君は見た目も悪くないな」
チラリと汚い言葉が入ったが、女性の口調に違和感を覚えつつ自分の容姿について考える。白髪頭に褐色の肌、赤い瞳を持つのが魔人族の特徴である。
それ以外はほとんど人間族と変わらない姿をしているスレイヤーはボロボロの衣装を脱ぎ捨て、現在はコック服に身を包んでいる。清潔にしていればそれなりに見えるスレイヤーの容姿に女性は感心したようだ。
「ありがとうございます」
スレイヤーは褒められたことに対して素直に礼を述べた。
「うむ、どうだ?私のモノにならないか?」
女性のいきなりな申し出にスレイヤーは困惑する。そして初めて女性の顔を直視した。整った顔立ちをしている綺麗な女性で、体のラインが出る服を着ていることで引き締まった美しいボディーラインも悪くない。
容姿だけでなく、スレイヤーは女性が何者なのかを考え始め、すぐに答えを求めた。
「申し訳ありません。あなた様はどちら様でしょうか?もしかして魔王様ですか?」
「私が魔王様?アハハハ。君は面白いね。全然違うよ。私はラミア母様の眷属だ。名前はライダー。そしてこの服は特注で作らせた蛇の革で作ったライダースーツというものだ」
なぜか聞いてもいない服の説明まで加えて自己紹介をされた。だが、相手の立場に納得がいく。彼女の位は精々自分の上司という程度で対して偉くもない。
それこそオーク先輩たちよりかは偉いかもしれないが、それだけだ。
「そうですか、ライダー様ですか。私はここに来たばかりの新参者でスレイヤーとお申します。モノ知らずで、申し訳ありません」
「いやいや。そんなことよりどうだろうか?私のモノなる気はあるかい?」
笑顔で聞いてくるライダーにスレイヤーは最近調理場を出入りしている少女のことを思い出す。少女も美しく、凛とした雰囲気を持っている子だった。
そして目の前にいる女性と顔がソックリだったのだ。どうやら姉妹で料理に気に入ってくれたらしい。
「申し訳ありません。私には御使いしたい方がおりますので、誰かのモノになるのはお断りさせて下さい」
思考をライダーに戻したスレイヤーは、丁寧な口調で断りを口にする。
「ハァー?何言ってるだい。これは決定事項だよ。逆らうことは許さない」
先ほどまでの口調と変わり、女性の瞳が獰猛な爬虫類のようになる。どうやら、ラミア様の眷属だけあって彼女は蛇人族のようだ。
怒りと共に顔に鱗が浮かび上がってきた。多分だが神経を逆なでされて鱗が浮いたのだろう。
「これはラミア様にも承知していただいていることですので、申し訳ありません」
そんなライダーに対して、スレイヤーは淡々と謝罪の言葉を口にする。オーク先輩のように殺してしえば簡単な話だが、ライダーはラミア様の眷属であり殺せばラミア様を敵に回すことになる。
「そんなことは聞いていない。私が決めたことだ。従ってもらおう」
我儘が通らずにヘソを曲げたのか、命令口調へ変わった話し方には威圧が込められていた。それでもスレイヤーは言葉を曲げることはなかった。
「我儘なお嬢さんですね。なら、お聞きします。あなたは私よりも強いのですか?魔族の方はご存知でしょ?「強き者が正しい」強いことを証明していただけるなら従ってもいいですよ」
スレイヤーが語り終わる頃、スレイヤーの右頬横にある壁に槍が突き刺さっていた。
「イッテ」
頬が少し切れて血が出てる。
「我を愚弄したこと許さぬぞ。単なる魔人族風情がラミア様の眷属たる我に歯向かうこと、後悔して死ぬがいい」
壁に突き刺した槍を引き抜き、ライダーが構える。普通の槍ではなく矛先が三つ又に割れたトライデントだった。スレイヤーはヤレヤレと言いたげに、両手を広げてデカい包丁を構えた。
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