モンスター軍団
日が暮れた街はまだまだ危険と隣り合わせであり、いつ魔族が攻めてくるのか分からぬ警戒を怠ることができないでいた。そんな街の警戒を嘲笑うように、モンスターたちが街へと近づいていた。
「なんだ、この地響きは」
見張りをしていた兵士が暗闇に目を凝らして地響きのする方へ視線を向ければ、湖の向こうにある森から街へ向かって土煙が上がっていた。土煙は段々と大きくなり、それは明確な形となって表れた。
「モンスターだ。モンスターの大群が攻めてきたぞ」
警報の鐘が打ち鳴らされ、街を守っていた兵士だけでなく冒険者も外へと飛び出していく。特区と言われた街の中には戦闘を行える者が多く揃っている。
「みんな落ち着くんだ。確かに数は多いが攻めて来ているのはスライムやゴブリンがほとんどだ。落ち着いて対処すれば倒せるぞ」
こういうときに活躍するのが勇者なのだろう。勇者の声が暗闇の中でも響き渡り、勇者の声によって後押しされるように人々は動き、さらに巨大な火球がモンスター軍団に襲い掛かる。
「モンスターなんて私の魔法で倒してあげる。綺麗に燃えて死になさい」
エティカが火球を放ってモンスターたちが焼き払う。勇者パーティーが合流してから、人間族の団結は強かった。
モンスターの壁を押し返し、街の外で食い止めた。しかし、モンスターも数にモノをいわせて冒険者たちに襲い掛かる。暗闇の街の中では、人々は戦うために門へと集まっていく。
「何者だ?」
見張りをしていた獣人の男が、商館に現れた怪しい男に問いかける。
「人の世なんて関係ないが、助けてと言われたからな」
獣人族は人間族の中でも蔑まれているが、その身体能力は高く。ボディーガードや暗殺者として商人に雇われている者が多い。それ以外の者たちは蔑まれ、生きることも困難なのだ。
見張りをしていた狼の獣人も奴隷商のボディーガードとして生活するしかなかったのだろう。
「餓狼」
狼の牙を模したような構えで睨みつける獣人が挑みかかってくる。
「いくら身体能力が高かろうが、埋められない力量差がある」
双剣を抜いて、獣人は一瞬にして切り伏せられる。
「大人が子供で弄ぶもんじゃない」
商館の中に入れば、バルボが怯えた表情で双剣を抜く男を見つめる。
「なんの御用でしょうか?」
商人としての意地なのか、バルボは凶器を持った男に問いかける。
「リサという少女を迎えに来た」
「リサは商品でございます。お金を払って頂かなければ、お渡しすることはできません」
「なら死ぬか?」
「たとえ殺されようと、商売人がタダで品物をお渡しすることはありません」
バルボの意地を見せられ、双剣を鞘に納める。代わりに出したのは奴隷を買うには十分な金貨が詰まった袋だった。
「これなら問題ないか?」
「どんな方であろうとお金を払って頂けるのであれば」
「見張りの奴の弔い金も入っている」
「痛み入ります。おい、リサ。買い手が決まったぞ」
バルボに言われてリサが現れる。少女は先ほどまで共に寝ていた相手が別の姿になっていることにすぐに気づいた。
たとえ見た目や雰囲気が変わっていようと、その匂いは変わらない。
「迎えに来た。逃げたいんだろ」
諦めていたリサの瞳に光が宿る。
「名乗る必要はないな。決めるのはお前だ。ここから助けられることを望むか?それともここに残るか?」
「助けて……くれるの?」
リサの瞳が潤む。
「これは契約だ。お前を自由にする。だが、それはここではない場所でだ。そこで生き残れ」
「生き残る?」
「決めるのはお前だ。ここに残るか?ここを出るか?どうする?」
差し出される手を取るのかリサに迷いはなかった。褐色の肌をしたスレイヤーの手をしっかりと握りしめた。
「契約成立だ。お前は魔族と契約を結んだ」
「魔族?」
彼女が魔族と呟いた瞬間、二人の姿は闇の中へと消えた。残されたバルボは何が起きたのかわからなかった。だが、商売の成立に何も言うことはなかった。
街を襲ったモンスターたちは一晩暴れまわると、朝日が昇る頃には消えてしまっていた。前線で戦っていた冒険者は強者が多く。死者は最小限で抑えられた。
日が昇るとモンスターの死体が数百は見つかった。それらは冒険者ギルドの職員が総出で素材を集め、要らぬ部位は集めて燃やすことになった。
「なんとか街を守れたな」
勇者パーティーは、今回も大きな成果を上げた。これは彼らの功績として語り継がれることになる。その裏で一人の奴隷少女が姿を消し、獣人の男が死んだことなど奴隷商以外誰も知らない。
「スラ、帰るぞ」
街から一番遠い森の奥。スレイヤーはスラを呼んだ。朝のような大群のスライムはおらず、スラだけがスレイヤーの下へやって来る。
「帰ろう」
スラはスレイヤーの用意した水筒に入り、静かに眠っているようだ。
その日、モンスター軍団に襲われた街から数名の人が消えた。モンスターと戦った冒険者たちだ。
「スレイの姿がないわね」
エティカは森で会った青年を探した。彼はあまり強そうではなかった。どちらかと言えば優しい雰囲気が話していて心地よかった。だからまた話したいと思っていたのに。
「また、会いたかったな」
エティカは戦場で人が死ぬことに慣れていた。戦いの中で親しい人がいなくなることはよくあることだ。だからこそ人の命は重く。一度の出会いを大切にしたいとも考えていた。
「スレイ。あなたの分まで私は魔族を狩るからね」
エティカは死んだであろう青年のことを想って祈りを捧げた。
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