魔法使いエティカ
スラと話しているのを女性に見られた。それでも、スレイヤーが焦ることはない。祖父に恐怖は戦いにおいて最も不必要なモノだと教えられた。声をかけられて振り返れば、そこには魔法使いの姿をした女性がいた。
「あなた何者?」
先ほどのスライムたちを見られたらしい。女性は警戒しながら距離を取り、スレイヤーを見据えていた。手には杖を持っていることから、いつでも魔法を放つ準備はできているということだろう。
「スレイ、冒険者だ」
「冒険者?冒険者がどうして大量のスライムを連れているのよ?おかしいじゃない」
「俺のスライムは一匹だけだ。後は勝手についてきただけだ」
「俺のスライム?」
「ああ、俺はスライムを使役している」
スライヤーはスライムを使役していると魔法使いの女性に伝える。女性は怪訝な顔をして、無言でスレイヤーを見つめていた。
しかし、沈黙は長く続かなかった。スレイヤーの風貌が人間であったこと。魔法使いが構えているのに対して一向に構えを取ろうとしないことで警戒心を緩めたのだ。
「なんだか警戒しているのがバカらしい反応ね。本当に使役しているの?」
「ああ、スラっていうんだ。スラ、追いで」
スレイヤーが呼ぶとスラが大量のスライムを引き連れて戻ってくる。異常な光景であることに間違いない。だが、魔物使いは冒険者の中にも存在する。ただ、スライムをティムしている者は少ないので、魔法使いもあり得ないと思ったのだろう。
「本当なのね」
青いスライムがスレイヤーの膝に飛び乗り、他のスライムたちがスレイヤーの周りに集まってくる。その光景は異常を通り越して異質ですらあった。ゲル状生命体であるスライムは本来意思を持っていないと言われている。何よりも最弱と言われるモンスターを使役する者はいないのだ
そのスライムを使役していることに驚き、またスライムが多数で現れたことに、魔法使いは気持ち悪さと恐怖すら感じる。
「もういいわ。スライムをどこかにやってちょうだい」
「スラ、みんなと遊んでおいで」
スレイヤーの言うことを聞いて、スラが森の中へと消えていく。それに続くようにスライムたちが森へと消えて行った。
「スライムを使役している人に初めてあったわ」
「魔物使いとしては未熟でね。スライムしかティムできなかったんだ」
スレイヤーの言葉に魔法使いの女性は初めて笑顔を見せた。
「何よ、それ。あなた変よ。私はエティカ、魔法使いよ」
「俺は冒険者のスレイ。一応見習い魔物使いで、剣と魔法を使う」
「魔法が使えるの?」
エティカは魔法と言う言葉に反応したようだ。魔法使いだけあって、魔法が好きなのだろう。
「ああ、少しだけな。それにしても女性だけで森の中にいるのは珍しいな」
「そう?私は平気。それにしても、あなたは驚かないのね」
「驚く?」
エティカが求めている答えが分からず、スレイヤーは思考を巡らせる。エティカにスラを見られた時から頭の中はずっとフル回転している。だが、彼女の意味が理解できなかった。
「だって、私、冒険者の中では有名人なのよ」
「すまない。昨日冒険者になったばかりで、山から来たからあまり世間の情勢に詳しくないんだ」
「そうだったのね。どこの出身なの?私もまだまだね」
エティカは自分を知らない人物が珍しかったのか、楽しそうに話し出した。いつの間にか話す距離も随分と近くなっていた。
「出身は名もない村で、人と魔族の国境に住んでいたからあまり世間の常識を知らないんだ」
「それなのにどうして冒険者に?」
「祖父が死んだんだ。一緒に暮らしていた祖父が亡くなって、他に家族がいなくなった俺は、山を下りた」
「そうだったのね。なんだかごめんなさい」
祖父が死んだと聞いてエティカは申し訳なくなったのか、素直に謝る姿は悪い奴ではないのだろう。
「別にいいさ。それよりもどうしてエティカは有名人なんだ?」
「そうねぇ~。知らないんだもんねぇ~。なんだか久しぶりね、こういうの。えっとねぇ、それはねぇ……「エティカ!やっと見つけたぞ」」
エティカが何かを語ろうとするのを遮るように、大声でエティカを呼ぶ声が聞こえてきた。
「もう、いいところだったのに。ごめんね、スレイ。仲間が来たみたい」
「仲間がいたんだな」
一人でうろうろしていたわけではないようだ。エティカが続きを言う前に神官風の男と背の高い男がやってきた。
「何してるんだよ」
神経質そうなメガネをかけた神官風の男が苛立った口調でエティカを見る。チラリとこちらに視線を送るのはどうにも気分のいいものではない。
「ちょっと気になることがあっただけよ。スレイ、今度あなたの魔法を見せてね」
エティカがスレイヤーから離れて男たちの下へと歩き出す。
「誰なんだあいつ?」
大男がエティカに質問を投げかけるが、エティカは一度スレイを振り返り、悪戯っ子のような笑顔で「秘密」と応えただけだった。
いつも読んで頂きありがとうございます。




