目撃者
外の世界。それはスレイヤーにとって新鮮に見えて新鮮というには変わり映えしない景色にも思えた。魔族が人間族や精霊族に変わっただけで、エルフは耳が長く、ドワーフは背が小さい割に老けている。魔族の中にはダークエルフやゴブリンがいたので、似たような存在にも思えた。
「このリンゴをもらえるか」
「あいよ。銅貨一枚だ」
「これで」
魔王城に勤めていると、給金が出ても使うタイミングがない。仕事中に食事は自分で作ればいい。娯楽らしい娯楽もあるが、スレイヤーはあまり遊びにいかない。することと言えば寝るか、仕事をするか、鍛錬をするかといった具合だった。
釣りや狩りが娯楽とも言えるが、仕事の一環として行うので楽しいとも思っていない。
「甘いな」
人間族のリンゴは甘かった。魔族領のリンゴは甘いと言うよりは酸っぱいのだ。料理に使うと酸味があって美味いのだが、これはデザートのようだ。
「ライラが喜びそうだ」
ラミア様は甘い物よりも酒を好む。それに対してライラやララは甘い物が好きなので喜ばれそうだ。
「とりあえずは市場調査だな」
露天商を巡り、物の値段やどんな物が売られているのかを確認していく。魔族領では存在しない物があれば買って試してみる。
「これはなんだ?」
「これはバナナと言って暖かい国で作られる果実ですよ」
黄色く房を作るバナナを一房買って食べてみれば、食感はニュルニュルとして気持ち悪いが、甘くてうまかった。
「これも持って帰るか」
一通り露天商を見て回ったスレイヤーは広場にやってきた。まだまだ整備されていない街の中はテントが多く。それでも、昨日よりかは修復された建物が増えていることに感心する。
「人間の力は凄いもんだな」
「ねぇ、お兄さん。こんなところで何をしているの?」
スレイヤーが噴水の前に座り、露天商や街並みを見つめていると。フードを深く被った少女に話しかけられた。チラリと見えた顔は普通の人間族ではないようだ。フード越しではハッキリと見えない。
「街を見てたんだ」
「暇なのね」
「そうでもないさ」
「暇なら私を助けてよ」
「お前を助ける?」
「うん、お願い」
真剣な眼差しで見つめてくる少女にスレイヤーは頭を掻いた。助けてと言われて少女をマジマジと見れば、隠れていない膝には擦り傷があり、ところどころフードが破けている。顔も汚れて細かい傷があった。
「孤児か?それとも魔族か?」
占拠されたばかりの土地なのだ。魔族の子供が紛れ混んでいてもおかしくはない。厄介そうな匂いしかしない。何よりも、特区に指定されている街にどうして少女がいるのか疑問ですらある。
「リサ、やっと見つけたぞ」
男の声に少女の肩が震える。声のする方へ視線を向ければ猛獣使いのような鞭を持った、太った醜い男が屈強そうな獣人の男を連れて現れた。少女はスレイヤーの後ろに隠れて震えている。
「どうも、お騒がせしました。うちの商品が逃げてしまって困っていたんですよ」
どうやら男は奴隷商なのだろう。少女は奴隷としてこの街に連れてこられたのだ。納得がいったスレイヤーは少女について考える。
奴隷というだけでなく少女には様々な使い道がある。奴隷商も一旗揚げるために苦労して特別に連れてきたのだろう。
「商品ね……」
後ろで震える少女を見つめ、スレイヤーは少女のフードを掴んだ。
「はいよ」
そして少女を奴隷商へ差し出した。その際にフードが取れて中から出てきたのは綺麗な毛並みをした、狼の耳を持った獣人の少女だった。
「えっ」
リサは驚いてスレイヤーを振り返る。奴隷商は当たり前だというように、後ろに控えていた獣人に引き取るように促す。
「いっいや」
リサが叫び声を上げようとするが、獣人の男に口を塞がれ羽交い絞めにされてしまった。
「いやいや。助かりました。これはほんのお礼です」
銀貨数枚を手の中に入れられ、スレイヤーは頷いた。
「いくぞ」
奴隷商の男は獣人の男を引き連れて歩き出す。リサは最後まで助けを求めるような目を向けていたが、スレイヤーは素知らぬ顔をした。
「俺は正義のヒーローじゃない。そいうのは勇者にでも頼め。お前たちは同じ人間族なんだろ」
ふと、昨日あった勇者の顔を思い出す。勇者だったなら、少女を助けていたかもしれない。だが、いま彼女を助けるために一悶着起こせば面倒なことになる。
「さて、スラの様子を見に行きますか」
スレイヤーは何事もなかったように立ち上がり、森へ向かって歩き出した。森の中を歩いていると人間と勘違いした魔物たちがスレイヤーに襲い掛かってくる。
冒険者としての仕事もあるので、返り討ちにしつつ魔物の素材を狩っていく。魔物は魔族にとっても狩りをする対象でしかない。
数匹のゴブリンとコボルトを倒したところで待ち合わせ場所へとたどり着いた。
「スラ?いるかい?」
スラは水を好むので、湖の近くを歩いていく。呼ばれてすぐにスラが現れた。青色のスライムは一匹ではなく数匹に増えていた。
「うん?スラ。仲間ができたのか?」
震えるスラを守るように、多くのスライムやモンスターがスラを取り囲む。どうやらスラに子分が出来たらしい。
「スラ、やるな」
スラは魔物たちを押しのけスレイヤーの肩へと飛び乗った。スレイヤーが歩くと、ゾロゾロとスライムがついてくるのは異常な光景だった。誰にも見られていなければいいが。
「あと数日ここにいるつもりだから、もう少し遊んできてくれ」
スラの状況が分かったスレイヤーはしばらくスラと散歩した後、スラを森へと解き放つ。スラはモンスターを引き連れて森の奥へと消えて行った。
「あなたっ!ここで何をしているの?」
厄介な目撃者がいたようだ。
いつも読んで頂きありがとうございます。




