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勇者シュウ・アカツキ

 衝撃波に包まれた眷属たちが目を開けると、燕尾服を着た魔人族が作り出した透明な壁によって守られていた。


「みんな無事か?」

「兄さん」「にぃにぃ」「兄」


 意識を失っているライダーを除く、三人が嬉しそうな声を出す。スレイヤーは戦いに間に合ったことを安堵した。ラミアと勇者がぶつかる力の放流に眷属たちを巻き込まずに済んだのだ。

 

 ベルゼブブ城を吹き飛ばすほどの力のぶつかり合いは長くは続かない。衝撃によって生じた煙が消え去ると、立ち続ける二人の姿があった。


「ラミア母様」


 ライラが不安そうな声を出す。ライラの声に反応するように大蛇となったラミアが眷属たちを見た。だが、その体は崩れ落ちていった。


 ズドーン


「魔族は倒す」


 勇者は剣を突き上げ勝利を誓う。倒れたラミアに止めを刺すため、勇者がラミアに近づいていく。ライラが駆けだそうとしたが、スレイヤーはライラの動きを止めた。


「俺が何とかする。皆を頼んだぞ」


 気を失っているライダーを一度見てから、スレイヤーは勇者へ向かって駆けだした。


「兄さん」


 ライラが手を伸ばしたときには、スレイヤーは勇者に向けて双剣を抜いていた。


「生き残りたくても引けないときがあるんだ」


 スレイヤーは魔狼と対峙したときのことを思い出す。逃げてはいけないとき、覚悟を示さなければならないときがある。

 双剣で勇者を弾き飛ばし、倒れいているラミアを振り返る。


「次から次へと、もう少しで七大貴族を倒せそうだったんだ。オーブを手に入れられたんだ」


 苛立った声で勇者がスレイヤーを見る。スレイヤーは双剣を鞘に納めて魔法を発動した。警戒した勇者は防御壁を張るが、使われた魔法は転移の魔法だった。


「ライラ、みんなを頼んだ」


 蛇の眷属たちは一人の魔人族に命を救われたのだった。転移の魔法が消滅すると蛇姫たちのベルゼブブ城から完全に姿を消した。残されたのは燕尾服を着た魔人族の男と、人間族を代表する勇者だけとなっていた。先ほどの衝撃で勇者パーティーもどこかへ吹き飛ばされたようだ。

 

 勇者は武器を鞘に納めた魔人族の男を怪しげに見つめる。警戒を最大限に引き上げ、剣を構え直した。しかし、武器を持たない者に剣を振るう外道に勇者はなれない。


 そんな姿を見たスレイヤーは、相手の思考を読んで笑ってしまう。


「まずは、自己紹介をさせて頂きます。初めまして勇者殿。私は魔王様に仕える魔人族のスレイヤーと申します」


 スレイヤーは戦場には不釣り合いな燕尾服姿で、礼儀正しく頭を下げる。その光景は本当に戦場には不釣り合いなものであり、勇者には酷く歪な光景が繰り広げられていた。

 障害物の何もない城後で、月明かりによって魔人族は怪しく照らされる。


「貴様は何者だ?」


 最大限に警戒を現して問いかける。スレイヤーは極めて温和な笑顔でそれに応えた。


「先ほど名乗った通りですよ。私は魔王様に仕える魔人族のスレイヤーです。それ以下でも、それ以上でもありません。それともあなたは勇者以上に崇高な存在だとでも名乗りますか?」


 スレイヤーが名乗れて言っているのが伝わったのか、勇者は剣を下ろして自然体になる。それでも剣を鞘に納めないのは警戒が取れていないからだろう。


「崇高な存在なんかじゃない。神様の信託を受けただけの、ただの人間だ。僕は人々を守るため、悪しき魔王を討てと神様に言われている。それだけの……単なる田舎の剣士で、騎士に憧れたときもあったけど。でも、僕は勇者に選ばれたから、戦わなくちゃならない。みんなが魔王に殺されるのを見ているわけにはいかないじゃないか」


 勇者はどうやらお人好しのようだ。得体の知れぬ神様などの言うことを聞いて、魔族を殺そうと思うのだから。何よりも警戒しながらも、魔族と会話をすることを受け入れている。


「魔王様は虐殺など望んでおられませんよ。攻めてきたのも人間族だ。未知なる存在である魔王様を恐れて無闇に藪を突いた。愚か者たちだ」

「……わかっている」


 勇者も、勇者の使命を続けていくうちに様々な人間達と接してきたのだろう。だからこそ、スレイヤーの言うことも理解しているようだ。

 魔族は決して悪い者ばかりではない。中には人間と恋をして子を作る者もいる。それでも、始まってしまった戦いを止める術を勇者は一つしか知らなかった。


「それでも人間族が殺されるなら、僕は人を守らなくちゃならない」


 一部の人間が起こしたことで弱い人が殺されるなら、弱い人を守るため戦わなくちゃならない。それが勇者が心に決めた信念だった。


「勇者殿は傲慢なのですね」

「僕は勇者になんかなりたくなかった。僕はただのシュウ・アカツキでいたかった」


 シュウ・アカツキ、それが勇者の名前なのだろう。悲痛な顔をした勇者は、それでも戦わなければならない。勇者は下ろしていた剣を持ち上げる。


「剣を抜け。僕は勇者だ。お前は魔族なんだろ。だったら、戦え」

「勇者が戦いを望むのですか?皮肉な話ですね」


 勇者の求めに応じるようにスレイヤーは双剣を抜いた。だが、双剣は抜かれてすぐに地面へと捨てられる。


「私は丸腰です。それでも殺すのですか?」


 スレイヤーは両手を広げて何も持っていないことをアピールするように上げた。勇者の瞳は一瞬怯んだ。だが、次の瞬間には迷いはなくなっていた。あるのは覚悟と狂気にも近い意思の力だけだ。


「お前が魔族である限り」

「そうですか、あなたも単なる人殺しということですね」

「違う!僕はみんなを守るために……」


 勇者が覚悟を語る前に、スレイヤーの言葉で話を詰まらせる。丸腰で無抵抗に手を上げるスレイヤーを殺すということは、人殺しであると勇者は理解したのだ。理解した上でスレイヤーを見る。


「勇者シュウ・アカツキ殿。私を殺しますか?」


 スレイヤーは双剣を捨てた位置から勇者へと近づいていく。


「来るな」

「どうして?私を殺すなら近づいた方が殺しやすいでしょ」


 さらに一歩進む。


「来るなー!」


 一歩、また一歩と近づくスレイヤーに勇者は後ずさり、「来るな」と叫び続ける。二人の距離は手の届く距離まで近づき、勇者が剣を振るえばスレイヤーは死ぬだろう。


「勇者シュウ・アカツキ。あなたは優しすぎる」


 もしも、スレイヤーが攻撃に転じていれば勇者は即座に反応していただろう。しかし、スレイヤーは勇者に背を向けて元の位置へと歩き出した。


「なっ!」


 まさか戦場で無防備な背中を敵に向けられると思っていなかった。勇者はスレイヤーの行動に、動けずに固まってしまう。


「また会いましょう。勇者シュウ、私の名をお忘れなく」


 スレイヤーは双剣を拾って鞘に納めた。転移の魔法を発動して姿を消すまで勇者がスレイヤーを追うことはなかった。スレイヤーは戦わずして勇者から逃げることができたのだ。

 残された勇者はただ呆然とスレイヤーが消えていなくなった空間を見つめていた。

いつも読んで頂きありがとうございます。

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