砂漠の攻防 終
次話から間話を挟みます。
スレイヤーが去ったアモン領では人間族の増援が訪れ、獣人魔族は数百万の人間族と戦うことになっていた。
「親方様、敵の増援だ。このままじゃいくら俺たちが強いっていっても勝ち目がねぇ」
勇者の存在が確認されていないアモン領の魔狼は、勇者を探しに行きたいと思っていた。だが、自分がこの場を離れればすぐに獣人魔族が崩壊することを分かっているので、魔狼は動けないでいた。
「奴のことを甘く見ていたな」
ふと、先日来た魔人族のことを思い出した魔狼は、魔人族に付けられた癒えた傷をさする。致命傷というほど深い傷ではなかった。だが、敗北を始めて味わった魔狼としては、記念のような思いがこみ上げてくる。
「俺が出る。勇気ある者は俺の後に続け。タマモ、後は頼んだぞ」
「ご無理なされますなよ」
「わかっている。俺はあいつから学んだのだ。いくら人間族が弱かろうと、油断はせん」
「では、こちらも敵を殲滅する準備を整えておきます」
「おう、頼んだ」
魔狼は地理を生かしたゲリラ戦を選択して、戦場を変えては人間族を倒していった。どこに出現するかわからない魔狼に一時人間族優勢だった戦況は、五分にまで戻っていた。
さらに知将タマモにより、砂漠に住む魔物たちや虫人魔族の奇襲が相次ぎ、人間族は増援を続けていても決着に至らなかった。
「致し方あるまい……極大魔法の準備を」
そこで投入されたのが戦闘三日目に導入された極大魔法であった。五十人の魔導士を犠牲にして発動する極大魔法に躊躇いはあったものの、人間族は戦況を覆すために使うことを選んだ。
人間族もバカなままではない。極大魔法を使うにあたり、絶対に仕留めねばならない魔物、魔狼に狙いを定めた。魔狼の動きを徹底的に分析した人間族の軍師たちが、出現する場所と時刻を想定して、魔狼を飲み込むように極大魔法を使ったのだ。
しかし、放たれた極大魔法ではあったが、魔狼は自らの魔法によって打ち消してみせた。ただ、魔狼も極大魔法を打ち消したことで魔力を使い果たしたため、しばらく魔力が枯渇し、動けない状態となった。
打つ手を失った両者は戦況を長期化させることとになる。
「バカな奴だね」
天幕で眠る魔狼を見つめるタマモは、魔狼に変わり全軍の指揮を執っていた。獣人魔族は身体能力は高い。しかし、知能が高い者は少なく魔狼を失ったことで勝手に戦う者まで出てきているのだ。
軍隊として集団戦闘を得意としている人間族にジリジリと押し込まれ始めていた。それでも負けないでいるのはタマモが絶妙なタイミングで、魔物や虫人魔族を使って人間族を食い止めたからだ。
「勇者はダメだったけどね。獣人魔族はまだ負けてないよ。我らが親方が目を覚ませば反撃開始だ」
タマモは魔狼が目を覚ますと信じて戦い続けた。
♦
アモン領から帰ったスレイヤーは驚きの事実を知ることになる。
「リョウボさん。それは本当か?」
「本当だよ。あんたがアモン領へ発って、数日後にベルゼブブ領に勇者が現れたと情報が入ったんだ。ラミア様の姉妹である、ミアラ様が防衛にあたっていたんだが、勇者の勢いは凄いらしくてね。すでにベルゼブブ領の首都に勇者が迫ったと連絡入っているよ。ラミア様も転移で向かってしまわれたんだ」
リュウボさんから知らされた事実にスレイヤーは焦りを感じていた。今回の人間族は今までの戦いとは何かが違うのだ。そこには今までにない。未知の力を感じていた。それをラミアに知らせる前に、ラミアがいなくなっていた
「どうすればベルゼブブ領に行けますか?」
「あんた転移は?」
「最近覚えました。まだ行ったところにしか行けなくて、戻ってくるのは早かったのですが」
「なら、転移の門を使うといいよ。ラミア様が死天王に任命されたことで、ベルゼブブ領に通じるようになってるんだ。あんたも戻ったばかりなんだ、準備しておいで」
リョウボさんから準備をしてくるように言われたスレイヤーは食糧庫に向かった。
「スラ、いるかい」
食糧庫から通じる地下迷宮に赴いたスレイヤーはスライムのスラに声をかけた。スレイヤーの呼びかけに答えるようにスラが姿を現す。
その後ろには数匹の魔物が現れ、スレイヤーは気にすることなくスラにだけ話しかけた。
「一緒に来てくれ。今回はお前の力が必要なんだ」
プルプルと震えるスラに手を差し出す。スラは手の平に乗り、用意していた水筒の中にスラを入れる。さらにベルゼブブ領に向かうためスレイヤーはアモン領から帰った汚れを綺麗に洗い流した。
改めてリョウボさんの下へ訪れると、ラミア様の部屋の奥にある部屋へと案内された。
「リョウボさんはどうして」
スレイヤーはリョウボさんがどうして転移の門ことを知っているのか聞こうと思った。だが、答えはリョウボさんが先ほど言っていた。
「リョウボさんってどれくらいの間、ラミア様に勤めているんですか?」
「ラミア様が死天王になる前からだよ」
スレイヤーはこの人に逆らわなくてよかったと思った。ラミア様たちの大切な人と争わなかった自分を褒めてやりたい。
「俺に教えてもいいんですか?」
「あんたはラミア様を助けてくれるんだろ。あたしも力だけならあんたのこと認めてるからね。まぁ、ラミア様の筆頭配下は私だけどね」
オークのリョウボさんにウィンクされても嬉しくない。それでもスレイヤーは深々と頭を下げた。
「行ってきます」
「ああ、ラミア様たちのこと頼んだよ。眷属の娘たちは私の子供みたいなもんだからね」
スレイヤーはリョウボのことを誤解していた。この人は本当の強さを持った人なのだ。
「美味しい物をたくさん作って待ってるからね」
「はい。必ずラミア様たちを連れ帰ります」
スレイヤーは転移の門を起動させた。
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