砂漠の攻防 4
魔人族は人間族よりも魔力が多いだけで、特殊な力は持っていない。獣人魔族に比べて身体能力は低く、単なる戦闘ならば明らかに不利な状況に追いやれてしまう。
「どうして、俺を殺すのですか?」
「もちろん、他の奴に情報を流されるわけにはいかないからだ。勇者を倒すのは俺だ。次の魔王になるのは俺だからだ」
朝に見た狼人の勇ましい姿はなく、そこには王座を求める欲にまみれた狼がいるだけだ。
「ハァー、引けないときもあるんですよね」
スレイヤーは来ていたローブを脱ぎ捨て燕尾服になる。さらに腰にぶらせていた双剣を抜き放った。
「やる気か?」
スレイヤーが剣を抜いたことを意外そうに、そして嬉しそうに笑っていた。
「だから言ったではないですか」
タマモは瑠璃姫のように着物を気だるそうに着崩してきている。砂漠の夜は寒く、着物から見える狐人族の毛皮がどうにも暖かそうだ。
「面白いじゃねぇか。お前ができると言ったこいつの力量を確かめずにいられるかよ」
魔族とは生来戦闘が好きな種族が多い。特に鬼人族や獣人族は本能に忠実であり、戦闘を好んでいる。
「これだから」
タマモが帯に差していた扇子を取り出す。
「タマモ、手を出すな」
「しかし」
タマモが武器を持つと、魔狼はタマモの戦闘を禁止した。
「久しぶりに歯ごたえのありそうな獲物だ。俺がやる」
「はいはい。わかりましたよ」
始めて会ったときのタマモは、厳格な雰囲気を醸し出していた。しかし、魔狼が居る前では、タマモは従順に魔狼の命令に従うようだ。
「スレイヤーと言ったな。魔法が使えないお前が俺に勝てるのか?」
楽しそうに槍を構えてスレイヤーに問いかける。スレイヤーは双剣をダラリとたらした姿勢で魔狼を見つめた。
「正直勝てる気がしませんね」
「おいおい。今からやろうってのに弱気だな」
「はい。何とか逃げることだけ考えます」
スレイヤーの言葉に魔狼は一瞬呆けた顔をして、その後に楽しそうに笑いだした。
「気に入った。なら、逃げてみせろ。俺は逃げる獲物を捕まえのが大好きなんだ」
魔法は魔狼の魔法で打ち消される。身を隠そうにもノミによって居場所は特定される。武器は剣のみ。スレイヤーは深呼吸をしてゆったりと歩みを進める。
魔狼の姿は槍を構え敵意を向けられたときから、二倍以上に膨れ上がっている。
スレイヤーは歩を進めながら地面に剣を滑らせる。砂は柔らかく剣から伝わるのは足場の悪さぐらいだろう。
「はっ」
下から上に切り上げられた剣を、難なく交わした魔狼。放たれた一撃でスレイヤーの力量を見極める。
「なかなかのものだ。もしもお前が獣人だったなら、俺と互角に戦えただろうな」
魔狼の言葉にタマモは驚いた表情をする。魔狼の言葉は獣人以外に向けるならば最高の誉め言葉なのだろう。双剣は祖父から教えられた武器の中で一番得意としている武器だ。一通りの戦い方は伝授されている。
「だが、所詮は魔人族」
魔狼の姿がスレイヤーの視界から消える。スレイヤーは剣の片方を肩に担いで側面に置き、やってきた衝撃を斜めに滑らせる。
「やるな」
受け流したはずなのに、手に痺れが残る。魔狼が横に移動したのが見えていたわけではない。見えていなくても感じることはできる。
魔力が使えなくても、魔狼から流れ出る魔力の動きを読めばいい。これは祖父にしかできなかった芸当だが、そんなことを教える必要はない。
「化け物ですね」
スレイヤーは痺れた手を振りながら距離を取る。魔狼は追撃を加えるために槍を突き出す。巨大な槍はスレイヤーが考えていた間合いよりも長く伸びてきた。スレイヤーは双剣で砂を巻き上げ、自らの身体を隠して槍を避ける。
「無駄なことを。匂いでお前の動きなどお見通しだ」
右に逃げたスレイヤーを追うように槍が払われる。スレイヤーは転げることで槍を躱して剣を地面に突き立てた。
「アースクエイク」
「無駄だと言っただろ。ウルラァー」
雄叫びと共に発動しようとしたアースクエイクが消滅した。しかし、スレイヤーの狙いはそれだけでない。剣で地面をなぞったのも、無駄に距離を取っていたのも、剣の一本を地面に突きたてるまでの布石だ。残ったもう一本を両手で持って魔狼を強襲する。
「血迷ったか?そんな細い剣で何ができる」
魔狼が持っている槍に比べれば確かに細い。だが、これはドラゴンの牙で作られているのだ。どんな衝撃であろうと折れることはない。
「あなたを斬ることはできなくても、できることはある」
魔狼の槍とスレイヤーの剣がぶつかり合い、魔狼の動きが止まる。
「解」
「無駄だと」
スレイヤーが魔法を発動すると思った魔狼は打ち消しの魔法を使おうとして違和感を覚える。スレイヤーは魔法を発動していない。発動していない魔法を打ち消すことはできない。だが、魔狼の足はスレイヤーの剣によって貫かれていた。
手に持っている剣にではなく、地面に突き差した剣が魔狼の片足に刺さっている。
「何をした?」
剣を引き抜き魔狼がスレイヤーを睨みつける。
「簡単なことです。魔法で剣を動かしただけですよ」
「魔法の発動はなかったはずだ」
「ええ、俺は何もしていません。すでに組み込んだ魔法を発動しただけですから」
スレイヤーの言葉に困惑する魔狼は片足からの出血を見て笑みを作った。
「面白れぇ面白れぇぞ。久しぶりだ。俺が自分の血を見るのな」
突き刺さっていた剣の血を舐め雄叫びを上げる。刺さっていた傷口はすでに塞がっている。やっと与えた傷も相手を楽しませるだけの結果でしかない。
だが、すでに魔狼はスレイヤーの術中にはまっていた。
「もっと俺を楽しませろ」
「お断りします」
魔狼の興奮を受け流すように先ほどまでとは比べ物にならないほどの速度で魔狼の懐に入ったスレイヤー魔狼の胴体を斬る付ける。
固く分厚い筋肉であろうと、油断している場所は案外脆い。
「なっ」
「魔狼様」
悲鳴に近いタマモの声でスレイヤーは魔狼から距離を取る。もちろん双剣は返してもらっている。
「ガハッ」
「まだやりますか?」
「なぜだ。何をした」
「質問ばかりですね。簡単なことです。強化魔法を使って早く移動し、強化した腕力であなたを斬りつけた」
「魔法は」
「確かにあなたは魔法を打ち消すこそができる。だが、魔法が発動することが分かっている場合。魔法を感知した場合。つまりあなた自身が魔法を感知して消滅させなければ意味がない。ならば、いくつかの魔法を数秒単位で細かく発動すれば、あなたは打ち消すことができない。もしもあなたの魔法効果範囲内のすべての魔法を打ち消すならば、危うかったです」
スレイヤーは種明かしをすると、自らの体に業火を放った。
「なっ!」
業火によって燕尾服だけでなく全身が焼かれる。だが、耳元からは断末魔の悲鳴が木霊した。
「ギャー熱い熱い」
ノミの声が耳から聞こえスレイヤー業火の中で穴という穴から魔力を放出する。すると、先ほどまで聞こえていたノミの声が消え失せた。
「ノミの正体に気付いていたのか?」
炎が消えて、回復魔法により全身の傷を癒したスレイヤーに魔狼が問いかける。
「仮説を立てただけです。タマモ殿に虫人族の話を聞いていたので、もしかしたら見えないぐらい小さな虫人族がいて、しかも一匹だけでなく数千、数万の虫人族が体の表面にいるんじゃないかと思ったんです。まぁ仮説ですので、ただ自分が痛い思いをするだけかもしれませんが、どうやら当たりだったようですね」
スレイヤーはノミを消滅させ、魔狼に手傷を負わせた。
「では、当初の予定通り全力で逃げさせて頂きます」
スレイヤーは魔法で再生した燕尾服に似つかわしい礼儀正しいお辞儀で魔狼とタマモに別れを告げた。
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