プロローグ 後編
力とは様々だ。筋力、体力、腕力、攻撃力、防御力、知力、魔力、能力。
魔族であったとしても力のカテゴリーから外れることはない。死天王と呼ばれるラミアも、力のカテゴリーを持っており、鋭い爪はその一つだろう。突きつけられた爪はスレイヤーの喉元で止まる。
「何をしたんだい?」
ラミアから発せられる圧倒的な攻撃力。しかし、頭が潰される寸前で動かない。完全に止まったわけではない。ラミアの体は震えている。
「何をしたんだい?」
ギシギシと音がしている。強引に動こうとしているのだろう。しかし、力を入れても動き辛いのかラミアは諦めたように息を吐いて憎々しい顔でスレイヤーを睨みつけた。
「祖父から、ラミア様の弱点を教えてもらっていました」
「弱点だと?何を考えている?」
ラミアの中で得体の知れない者を見るような警戒が表に現れている。緩慢だった動きが完全に止まり、スレイヤーはラミアの瞳を見つめる。
「こんなことをしてしまいすみません。魔王様の側近であるラミア様に危害を加える気はありません。ですが、私は生きて魔王様に仕えたいと思っています。ですから、ここで殺すのを止めて頂けませんか?今すぐ空腹を満たすことはできませんが、すぐに代わりの者を連れてまいりますので」
説明を終えたスレイヤーはゆっくりと頭を下げた。ラミアは狩人のような瞳を元に戻して、スレイヤーをじっと見つめた。
「強引なやり口だが嫌いじゃない。仕方ない。言うことを聞いてやってもいいよ。だが、これを躱せたらな」
承諾したかに見えたラミアの周りに炎が吹き上がる。動けないのなら魔法で攻撃する。魔族にとっては当たり前の戦術だ。
「ありがとうございます。気が変わったと殺されてはたまりません」
ラミアの魔法をよけることなく、スレイヤーはラミアの横を通り抜けた。ラミアが封鎖していた扉の外に出る。
「なっ」
「申し訳ありません。対策はすでに行わせて頂きました」
ラミアの部屋から出たスレイヤーは魔法の発動を解いた。
簡単な話である。ラミアの下半身は蛇でできていた。変温動物である蛇は温度が下がり過ぎると体の活動ができなくなる。
ラミアの体も同じ反応を示した。室内の温度を下げれば動けなくなるというのが祖父から教えられたラミアの弱点だ。
もしも炎の魔法が室内を温めていれば、今頃部屋の外には出れなかっただろう。だから、スレイヤーは自分にとって得意とする魔法を発動していた。
階段を降り始めてすぐに、ラミアの部屋から物凄い音が聞こえてきた。壁でも殴ったのだろう。
「やはり炎蛇は強いな。バリアがなかったら死んでた」
バリアは祖父が最も得意とした魔法であり、スレイヤーが得意な魔法の一つだ。バリアは相手から与えられる魔法や物理攻撃を一定の間、遮断する。
部屋を出たスレイヤーはラミアの強さに感心していた。弱点を突いたはずなのに完全に止めることはできなかった。動きを止められなかったということは、もしも炎の魔法や知らない能力を使われていたら弱点など意味がなかっただろう。
「おっ!お前生きてたのか」
食堂まで降りるとオーク族の先輩が驚いた顔で出迎えた。
「はい。あのラミア様から、お腹いっぱいだからもっと酒を持ってこいと言われました。急ぎでほしいそうなので、皆さんで運んでいただけますか?」
「そういうことか、ならお前も手伝え」
「はい」
オークの先輩たちはスレイヤーの言うことを信じて、酒樽を担いで走り出した。
「お疲れ様です」
先輩たちが駆けていく後ろ姿を見つめ、スレイヤーは最後に十三階へ到着した。オークたちは体力があるので走っていくのも早い。スレイヤーは最後に着くようにゆっくりと歩いて向かった。
「あら、戻ってきたのね」
すでに食事を終えたラミアが、口の周りについた血を拭ってこちらを振り返る。
「お食事は済まされましたか?」
「魔力の質はあまりよくないな。まぁ、噛みごたえはなかなかだったから及第点といったところだろう。思っていたよりも量が多かったのは詫びのつもりかえ?」
「はい。俺を生かしてもらうためですから。どうかお許し頂ければ」
「肝っ玉が据わっているだけじゃないな。実力も持ち合わせておるか。ふふふ、いいだろう。久しぶりに腹いっぱい食べられて私も満足だ。名前はなんて言うのだ?私の眷属にしてやろう」
上機嫌で名前を聞かれて、スレイヤーは片膝を突く。
「魔人族のスレイヤーとお申します。眷属になることはお許しください。私には眷属になりたいと、心に決めた方がおりますので」
「私の申し出を断るとはいい度胸だな」
言葉に殺気が込められるが、頭を下げたままスレイヤーは動かなかった。
「ふふふ、だが、いいだろう。機嫌がいいから許してやろう。お陰で久しぶりに満足した食事が取れた」
「ありがとうございます」
先ほどまでの殺気が収まり、初めて会ったときのような雰囲気に戻った。
「ねぇ、スレイヤー。あなたは面白いわね。お気に入りにしてあげる」
「ありがとうございます」
「今日のような食事をまた頼むわね」
「必ず」
顔を上げたスレイヤーの前に、ラミアの美しい顔があった。
「約束よ」
ラミアは長い舌をチロチロと動かし、嬉しそうに笑っていた。改めて恐ろしいほど美しいと思うスレイヤーであった。
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