閑話 約束
突きつけられる剣は喉元まで迫り、今にも命を刈り取ろうとしていた。
「殺すのか?」
「お前が魔族である限り、殺す」
勇者はネズミ男爵を前に躊躇しなかった。ネズミ男爵もニヒルな笑いを浮かべ、持っていた剣を置く。
「好きにしろ。俺も貴族であり戦士だ。勇者に殺されるならば、名誉ってもんだろ」
「剣を捨てるな。お前は最後まで敵として俺の前に立て」
「負けを認めたんだ。これぐらいは好きにさせろ」
ネズミ男爵は貴族として恥ずかしくないように服装を整え、落ちていた帽子を拾う。
「我々の領主ミリア様によって、貴様が負ける姿を見れなくて悔しいよ」
ネズミ男爵は帽子の中に隠していたナイフを勇者に向かって投げつける。だが、勇者は素早く動いてナイフを叩き落とし、ネズミ男爵を斬りつける。
「それでいいのさ、勇者よ。情けなどかけるな。お前と俺たちは敵同士なんだからな」
ネズミ男爵は勇者に笑いかけて、魔石だけを残して消えていった。
「ネズミ男爵。僕が戦った中で一番の男らしさだったよ」
勇者は魔族であるネズミ男爵のことを尊敬していた。シュウが旅を始め、ゴブリンやオークなどを倒し、最初に出会った大物がネズミ男爵だった。
ネズミ男爵は子ネズミや他の魔族を先導して勇者パーティーと戦ってきた。
オークを倒せるようになったばかりの勇者には苦戦する相手であり、仲間の力があったからこそ、一対一でネズミ男爵と決着をつけることができた。
ネズミ男爵は堂々と勇者と戦い、負けを認めたのだ。さらに、勇者に敵を倒す心得まで教えてくれた相手だった。
「魔族は本当に悪い奴らばかりなのか……」
勇者は戦いを続けるうちに、魔族が本当に悪いだけの相手なのか、わからなくなっていた。魔族は正々堂々と勇者に挑み戦った。しかし、勇者が見た人間族は……
「はっ、ネズミだとよ。気持ち悪いっての」
ネズミ男爵の指示で戦っていた子ネズミたちを、痛めつける冒険者を見て勇者は止めようとした。しかし、勇者の肩を戦士グルガンが止める。
「やめておけ」
「どうして?」
「ここには神官もいるんだ。お前が魔族を庇うようなことをすれば、勇者は人類の敵と思われるかもしれない」
「でも……こんなのって」
抵抗しなくなった子ネズミが痛めつけられ死んでいく。ここには弱い魔族しかおらず、ただ、魔族が虐殺されていく。
「これが現実だ。もしも、魔族に負けていれば、あのネズミのように殺さていたのは俺たち人間族だった」
グルガンの言葉にシュウはもう一度殺された子ネズミを見る。もしも、子ネズミが人間族の子供だったなら、シュウの背筋に冷たい汗が流れた。
「お前は俺たちのシンボルだ。俺たちは戦争をしているんだ……心しておけ。どちらかが滅びるまでこの戦いは終わらない」
立ち尽くすシュウに対して、それ以上言葉をかけることなくグルガンは立ち去って行った。
「ねぇ、シュウ」
グルガンが去った後、すぐにエティカがシュウに話しかけた。
「エティカ」
「こんなところにいたら気が滅入るでしょ」
エティカに引っ張られるようにシュウはエティカと共に川のほとりに来ていた。
「冷たくて気持ちいよ」
エティカは川に入り、足を濡らしいてた。
「どうして……」
「エー?なぁに?川の音で聞こえない」
「なんで、みんな平気で殺せるんだ」
「平気じゃないよ」
「じゃあなんで!」
シュウは我慢できずに大きな声を出す。滝が近いせいか、川の音がシュウの声を消してくれる。
「みんな必死なんだよ。戦い続きの毎日。多くの魔族を殺して、また殺して、自分が正しいって思わなくちゃやっていけなくて。ねぇ、シュウ。私たちはね……みんな必死なんだよ。魔族は強い。私たちが束になって初めて勝てるんだよ」
エティカの言葉にシュウは言葉を失う。
「シュウ、確かに勇者はスゴイ力を持ってると思う。でもね、守れる人には限りがあると思う。限られた人に魔族も入れちゃったら、きっとシュウは誰も守れないよ」
エティカが立ち上がり、シュウを見つめる。
シュウはエティカの言葉に何も反論できなかった。反論どころか、自分の甘さにただ思考がついていかない。シュウは膝を突き、頭を抱え込む。エティカは川から上がり、優しくシュウを抱きしめた。
「シュウ、あなたは勇者だから、とて、も思い責任を背負うことになる。でも、あなたは独りじゃない。私やグルガン、それに冒険者や王国の騎士たちがきっとあなたを支えてくれる。だから、大丈夫だよ」
「エティカ」
シュウは頭に当てていた手をエティカの腰に回し、甘い匂いに包まれた。
「シュウは甘えん坊だね」
「あっ!ごめん」
今の状況に気付いて、離れようとするが、エティカに強く抱きしめられて離れられなかった。
「ダメ、もう少し。シュウは私が守ってあげるから」
「ありがとう。でも、エティカは僕が守るよ」
二人は約束するように抱き合ったまま誓い合った。
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