ライラがおかしい
暗い闇に閉ざされたその場所は、途方もない時を刻む者には苦痛でしかなかった。どうしてここから抜け出せないのか、どうして自分はここにいるのか、全ては憎き勇者と魔王によってこの地に封印された。
自分は本来、人も魔族もどうでもいい。自分こそが至高の存在なのだ。なのにどうして自分はここにいる。どうして自分は鎖で繋がれている。
誰か、我を解き放て。誰か、我と契約せよ。我はここにいる。我の声を聴け。誰でもいい……助けてくれ……
「なんだ、今の」
体を起こしたスレイヤーは、酷い寝汗を出していた。寝起きは最悪。どうしてこんな夢を見たのかわからない。誰かに呼ばれるような夢は、スレイヤーの心を不安にさせる。
「兄さん、大丈夫ですか?」
ライラが心配そうにスレイヤーの顔を覗き込み、タオルを渡してくる。
「ありがとう。でも、なんでいるんだ?」
自室で休んでいたはずなのにライラがいた。
「どうして俺の家にいるんだ?カギはかけたと思うが?」
「鍵なんて、私の魔法があれば問題ありません」
「いや、そういう問題じゃないだろ」
「だって、兄さんを起こしに来たのに鍵が邪魔するので、解除の魔法を使用しただけですよ」
「邪魔って……まぁ、鍵はそうだろうな」
目的は起こしにきたと言うことらしい。では、どうしてベッドの脇でニヤニヤしているのだろう。
「なら、なんですぐに起こさなかったんだ?」
「だってそんなもったいない」
「もったいない?」
「はい。兄さんが熟睡しているのも珍しいです。それに兄さんの寝顔が見られるという幸福。起こして寝顔が見られないなんてもったいないじゃないですか」
最近ライラの言動がおかしくなっている。それもこれもスレイヤーが一人でオーガ族に会いに行ってからだ。
オーガ族の許可を一人でもらってきたスレイヤーに、ライラはスゴイ剣幕で怒ってきた。スレイヤーがオーガ族に許可をもらったことを話した。すると、無傷で生還したことを確認するために服を脱がそうとまでしてきた。
「ちょっとお前の思考についていけん」
「私はスレイヤー兄さんと離れたくないだけですよ。もちろんラミア母様は一番です。でも、スレイヤー兄さんはラミア母様とは違う意味で特別な人です」
ライラが上目遣いにチラチラとこちらを見てくる。いつもより胸元のボタンを開いているので、谷間がハッキリと見えている。
ライラも魔族としては十分な成人女性であり、発育に関してもスレンダーなライダーと違い、女性らしい体のラインとふくよかな胸元が、スレイヤーの視線を釘付けにする。
「触りますか?」
甘美な誘いに手が伸びそうになる。
「何をしてるんだ?お前たちは」
スレイヤーの手が伸びる前に、ライダーが静止をかけた。
「なっ、これは違う」
「姉さん、いい加減邪魔するのは止めてください」
手を伸ばすスレイヤー。スレイヤーに触ってもらうため、さらに服をはだけるライラ。それを見て固まるライダーの構図は最近の日課になりつつある。
「ナニヲシテルンダー」
ライダーの叫び声が部屋中に響き、朝の始まりを告げる。オーガたちとの交渉が終わったスレイヤーは、コメの食文化をラミアたちに組み込むことで、ラミアからの信頼を得た。
ラミアに気に入られたことで、配下としての地位向上を果たした。最近では食堂だけでなく、眷属ではない配下の管理も任させるようになり、コック服から燕尾服へと服装もクラスチェンジしていた。白い手袋と腰には二本の剣を装備している。
「ライダーは相変わらず元気だな」
魔王城の外に出ても鬱蒼とした雲が広がり、太陽など見たことがない。それでも雨が降らないだけで、マシな天気が続いている。
「お前が悪いんだろうが」
「姉さん。愛の営みを邪魔するのは無粋ですよ」
「お前も何を言っているんだ。営みなどお前にはまだ早い」
「姉さん。私をいくつだと思ってるんですか?」
ライラが怪訝そうな顔でライダーを睨みつける。これもいつもの流れなので、スレイヤーは気にせずに先を急いだ。すでに配下の者たちは朝礼のために集まっていた。
「遅くなってすまない。今日の割り振りを伝える」
朝の集合はスレイヤーが配下の管理を任されてからするようになった日課だ。最初は言うことを聞かなかった魔族たちも一人一人魔法でぶっ飛ばしていくうちに話を聞くようになってくれた。
「あのぅ。私たち新人なんですが」
手を上げたのはハーピーと呼ばれる鳥人族。鳥人族は魔族となっている者と、獣人と分類されるものに分かれている。ハーピーは魔族に属しており、羽が生えた腕を持つ。
魔狼と呼ばれる魔獣人族をまとめている四天王から部下交流ということで送られてきた。こちらも代わりにサイクロプスを部下交流として差し出している。サイクロプスは働かないのでいい厄介払いができた。
代わりに贈られてきたハーピーは様々な意味を持つ。部下の慰みものとするのもよし。鶏肉として頂くもよしだ。ラミアとすれば、鶏肉を食べたいと考えるだろう。
「全部で何人いるんだ?」
「コカトリスも連れてきておりますので、五十二羽です」
「そうか、コカトリスは卵が産めるのか?」
「はい。おっきいんですよ」
「わかった。コカトリスは専用の声に連れて行ってくれ。残った者たちは与えられた宿舎に移動だ」
「わかりました」
スレイヤーは今日も仕事に勤しむ。朝の夢のことなど忘れて仕事に励んでいると生きていると思えるからだ。
「おい、俺たちも新人だぜ。どんな対応を取ってくれんだ?」
ハーピーたちのことをが終わったと思ったら、同じく魔狼から送られてきたミノタウロスが生意気そうな口を利く。
「ミノタウロスか、オークも乱獲しすぎて困っていたからな。丁度いい、ミノタウロスは全員来い。お前たちは俺が相手をしてやる」
「へへ、面白れぇじゃねぇか」
四十人ほどのミノタウロスが指を鳴らして、スレイヤーの後に続いた。スレイヤーはあとのことをライラに頼み。ライダーに同行を求めた。
二人はスレイヤーの言葉に頷き、それぞれ行動に移ってくれる。スレイヤーは眷属たちとの連携も上手く取れるようになっていた。
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