追いかけっこ
魔王城の地下階層は百階層にも及ぶ。各階層には様々な種族が住んでおり、スレイヤーが暮らす地下一階には魔王城で働く者たちが、二階層にはオーガやコボルトと呼ばれる人型をした魔族が暮らしている。三階層以降にスレイヤーが立ち入ったことはないが、下層に下るほど弱いモンスターがいるわけではない。他と共存できないモンスターを監視、封印しているとも言われている。一切のところをスレイヤーは知らない。
「なんかヤベー」
現在スレイヤーは、鬼姫ことオーガ族の瑠璃姫と追いかけっこをしている。捕まれば死、逃げ切ればコメをもらう権利を得る。
「どうした?スレイヤー、そんな調子ではすぐに死んでしまうへ」
屋敷を飛び出し、畑に逃げ込んだスレイヤーは息を潜め気配を殺した。しかし、そんなスレイヤーを嘲笑うように、畑近くに現れた瑠璃姫は肩に金棒を担ぎ、着ていた着物を脱ぎ棄て、斑点模様の胸当てとパンツ、さらにブーツとなんとも艶めかしい姿で現れた。そして発した言葉にスレイヤーは驚愕する。
「なんで」
なぜ居場所がばれたのか、スレイヤーは良く育った稲の間から様子を伺っていた。
「匂いが、だだ漏れやで」
瑠璃姫は自身の鼻の頭を弾き、視線をスレイヤーに向ける。目が合ったスレイヤーはすぐに身を翻して逃げた。しかし、振り返った先には回り込んでいた瑠璃姫が金棒を振り上げていた。
「バリア」
とっさにバリアで金棒の攻撃をガードする。「ガン」と衝撃がバリア越しにも伝わってくる。イチはバリアを斬ったが、瑠璃姫はバリアを殴った。
バリアが壊れることはなかったが、それでも衝撃がスレイヤーに膝を突かせる。
「良いな良いぞ。良き盾を持っておる」
嬉しそうに呟く瑠璃姫は、壊れなかったバリアを子供のように何度も殴りつけた。ここらで転移の魔法でも使えればよかったのだが、スレイヤーは転移系の魔法を苦手としており、まだまだ練習中なのだ。実戦で使うにはもう少し時間がかかる。
だからこそ、今は肉体を強化することで逃げる手を考えるしかない。スレイヤーは肉体を強化し、足元を爆発させるほど踏みしめて飛び上がった。
「跳んでどうするんや。面白いなぁ」
スレイヤーが跳び上がったように瑠璃姫も跳び上がる。スレイヤーの跳ね上がる速度よりも早く、スレイヤーの最高到達点に達していた。
「そないなひび割れた盾だけで、どうやって空中で自分の身を守るつもりや」
「やってみなければわからない」
瑠璃姫が言うようにバリアは壊れそうになっていた。物理的な攻撃だけで魔法のバリアを壊すなど、ありえないと思っていた。それほど瑠璃姫の攻撃は予想を上回っていた。このまま攻撃を受け続ければ、バリアも破壊される。
「一点集中」
壊れかけのバリアを振り下ろされる金棒に合わせて凝縮する。しかし、衝撃でバリアは砕け散り、勢いは空中に浮いているスレイヤーの身体を後方へ吹き飛ばした。
「考えるねぇ」
瑠璃姫の力を利用して、逃げの一手をうったスレイヤーに瑠璃姫が賞賛の声を上げる。
「とりあえず半刻」
スレイヤーは着地してすぐに走り出す。逃げ始めてからの時間を確認して、まだ四分の一しか過ぎていないことにため息を吐きたくなる。
「そないにかけるつもりはあらへんよ」
耳の横で聞こえてきた瑠璃姫の声に、スレイヤーは急停止してしゃがみ込む。
「アハッ」
頭の上を金棒が通り過ぎ、もしも屈まなければ頭が吹き飛んでいたことに冷や汗が流れる。
「これも避けるんかいな」
屈んだだけで、止まることなく後方に跳び退いた。その勢いのまま、転がりながら畑の中へと飛び込んだ。
「ここまで付き合った主に褒美を取らせねばな」
瑠璃姫の気配が変わる。
「鬼人モード」
髪が逆立ち、生えていた角が逞しく大きくなる。細く綺麗な黒い肌は、筋骨隆々な逞しい体へと変貌していった。
「この姿は美しないから気に入らんのやけど。叩き潰すためや覚悟しいや」
先ほどのスピードと怪力だけでも化け物だったといのに、さらにその速度が上がる。
「肉体強化、バリア最大」
スレイヤーは防御を固めて全速力で走り出す。しかし、強化した瑠璃姫の速度は一歩でスレイヤーに追いつく。
「捕まえた」
先ほどから避けられていることを見越して、瑠璃姫はスレイヤーを捕まえに来た。しかし、スレイヤーもそれを見越して瑠璃姫に触らせない。
「また、透明な壁かいな。芸がないね」
最大限魔力を込めたバリアは、先ほどのように簡単には壊させない。しかし、衝撃を殺しきることはできないので、後方に吹き飛ばされる。
肉体強化したことで、ダメージは少ないが、一撃の重みに舌を巻く。いつまでも逃げていてはじり貧でやられる。
スレイヤーはこちらから仕掛ける決意をして、準備に取り掛かる。
「いくぞ」
「目の色が変わったねぇ。でも、単なる魔人族に何ができるん」
オーガ族は基礎能力が高い。肉体的な強さで言えば魔族の中で最強クラスに属している。それに対して魔人族は弱小と言ってもいいほど肉体的な強さは弱い。
他の魔族と対等に戦えるのは、魔法の使い方が上手いからだ。そのため魔人族は魔法について研究し、どの種族よりも多くの魔法を使えるようになった。そして、どの種族よりも魔法を理解している。
「守るだけが能じゃない。例えば風を吹かすことができる」
竜巻を作り出して瑠璃姫を閉じ込めた。風の檻は真空を作り出し空気を奪う。しかし、瑠璃姫は強化した脚力で竜巻から飛び出した。
「もちろん、そうなるのを見越しているさ」
飛び上がった瑠璃姫が向かう先に、スレイヤーは魔法の糸を張り巡らせる。魔法の糸には粘着性とゴムのような弾力性を組み込む。
「なっ。なんだこれは」
強化した怪力で引きちぎろうとするが、瑠璃姫を捕まえている魔法の糸はスレイヤーの特別製だ。
「捕まえるのが、別に俺でも問題はないですよね?」
スレイヤーは逃げながら、どうすれば二刻の間を逃げ切れるか考えていた。考えた末にただ防御して、逃げ続けていても体力が消耗して、いつか殺られると思った。
「こんな糸すぐに引き千切ったる」
瑠璃姫が更に力を込めて糸を引っ張るが、糸はゴムのように伸びるだけで、いっこうに千切れる気配はなかった。
「どうやら勝負あったようでござんすね」
「イチさん」
瑠璃姫の姿を見たイチさんが決着を告げてくれる。
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