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プロローグ 前編

 祖父は言った。魔王様は偉大であると……


初代魔王様は魔族が住める土地を手に入れた。

二代目魔王様は魔族が納得して暮らすための法を作った。

三代目魔王様は魔族の生活基盤を作り、発展させた。

四代目魔王様は人間と戦い、領土を広げた。

五代目魔王様は魔族の栄光の時代を作り上げた。

六代目魔王様は人間を愛し、手を取り合い、共存することを望んだ。

七代目魔王様は人間とのハーフだったが、人間族に裏切られ、魔人大戦を起こした。

八代目魔王様は劣勢となった魔族を救うため、拡大された領土を縮小することを決めた。

九代目魔王様は人間族との交流を断絶することを決めて、魔族だけが暮らす国を作った。

十代目魔王様は……人間族との交流を再開しようとして、人間族によって殺された。


 祖父の言葉には、いつも「しかし」という言葉が続く。


「魔王様たちは偉大である。しかし、魔王様も完璧ではない。特に十代目魔王様は最悪であった。何もすることなくその身を滅ぼしたのだ。ねがわくば、十一代目魔王様が愚かでないことを願う」


 そう言ったのが祖父の最後の言葉となった。


 魔王様は、魔族の歴史そのものである。魔王様が変わるたびに魔族の生活は激変する。魔族は長寿である。何千、何万と生きる者もいる。だが、魔王として魔族の頂点に立つのはいつの世も一人だけだ。

 だから、それがどんなに愚かな魔王様であっても、死んだ後でしか愚かだったのかはわからない。


「ここが魔王城か……」


 魔王城へやってきた魔人族の青年、名はスレイヤーという。姓は祖父が死んだ時点でなくなってしまった。祖父は魔族が最も戦いを繰り返した時代に活躍した英雄であり、名誉貴族であった。

 それは一代限りの貴族であり、祖父がいる間はスレイヤーも貴族として過ごせていた。祖父の威光は凄かったらしく、魔族から一目置かれていたので安全な幼少期を過ごした。

 祖父の話は、武勇伝として聞いていた。曰く一人で人間の軍隊を壊滅させた。曰く伝説の竜を一人で討伐したなど。今では考えられない話ばかりなのだ。人間族とは戦争状態ではあるが、魔族側が劣勢であり、竜は何千年も前に姿を見なくなったと言われている。


 スレイヤーが生まれた時代、世界は戦乱の世の中で両親は人間との戦争で亡くなっていた。祖父によって育てられたスレイヤーは様々なことを祖父から学んだ。

 近年、最後の肉親であった祖父が亡くなり、身寄りがなくなったスレイヤーは魔王城へ就職したのだ。


「俺は何をすればいいですか?」

「新入りか、お前はこれをラミア様の下へ持っていけ。ボーとすんなよ。仕事が山積みなんだ」


 ここは魔王城の一角にある食堂だ。目の前には仕事を教えてくれるオーク先輩がいる。


「わかりました。魔王軍って戦争しているんですよね?」

「お前……質問ばっかだな。口を動かす前に手を動かせよ。俺たちの仕事はここに住んでらっしゃる死天王の一人、ラミア様に食事の用意をすることだ」


 先輩に叱られながら仕事に勤しむ。魔王城は魔族のエリートたちが集う場所だ。だが、どこにでも雑用はあり、小間使いは存在する。スレイヤーは魔王城で生きていくことを決めた。ならば、魔物の巣窟と化している魔王城で生き残るために必要な情報は集めなければならない。

 先輩たちはラミア様の食事を作るのが忙しいらしく、仕事もろくに教えてもらえない。そのため仕事は見て覚えるしかないのだ。


 大きな大陸のほとんどは人間族が支配しており、魔族が住んでいるのは辺境の草も生えずらい荒野ばかりが広がる暗黒大陸と呼ばれている場所なのだ。

 人間族の教会では魔王軍は人類の敵として認識されている。人と魔族は何千年も戦い続けており、一時は魔族が世界を支配していた時代もあったそうだ。それも何代か前の魔王様が人を取り立て共存しようとしたせいで魔族が追いやられる羽目になった。祖父はバカなことをしてくれたとよく嘆いていた。

 それからはずっと、魔族は土地を守るために人間族と戦い続け、父も母も魔王様のために戦って命を落としたらしい。死ぬことは、誇りであると祖父から何度も聞かされた。


 物思いに耽け入りながら、先輩から渡されたワインの入った瓶とコップを持ってラミア様の部屋に向かって歩いていた。


「おい、あいつ行ったか?」

「このために呼ばれた奴だからな」

「お気の毒に」


 スレイヤーがいなくなった食堂ではオーク先輩たちが、スレイヤーの後ろ姿に手を合わせていた。


 ラミア様の部屋は食堂から数えて十三階ほど階段を上がったところにある。魔王城は一つのフロアが広いため、階段も一段一段が広く大きい、歩いて十三階まで上がろうと思えば三十分以上の時間がかかる。

 上級魔族や魔力の強い者は転移の魔法を使って一気に移動する。しかし、スレイヤーは魔力が有っても転移の魔法の使い方が分からない。

 魔法については、一通り祖父から教えてもらっていた。しかし、祖父の教えで若いうちは楽をしてはいけないと言われ、祖父は決して転移系の魔法は教えてくれなかったのだ。


「お待たせしました」


 魔王城は薄暗く禍々しい雰囲気をしている。さらに一階上がる事に強い魔族たちの気配で威圧が強くなる。それは寒気すら感じるほどの空気を作り出す。


「待ちわびたわよ」


 部屋の中は薄暗く生暖かい空気が部屋を満たしている。湿度も高いのか息をするのが苦しい。


「申し訳ありません」


 言い訳をしてもいいことはないだろう。素直に謝りながら、部屋の中の観察を続ける。魔王城には魔王様以外にたくさんの上級魔族が住んでいる。

 この十三階に住まうラミア様がどんな方なのかは知らない。祖父から教えられた魔族の特徴に名前は存在しなかった。時代が違うのだそうだ。

 

「シュー」


 何かが蠢く音がして、体が動かなくなり金縛りに遭う。


「おやおや。今回は魔人族の青年かえ。しかもなかなかの上物じゃないか」


 声は背後から聞こえてきた。驚いたが、魔族の世界では焦った方が負けだ。焦りとは恐怖、相手に恐怖した時点で敗北したことになる。一度息を吐いて心を落ち着かせる。心を落ち着ける方法は祖父から教えられた。ゆっくりと振り返って見れば、美しい女性がそこにいた。


「あなたがラミア様ですか?美しい方なのですね」


 思ったことを口にすれば、ラミアは驚いた顔して次いで笑い出した。


「アハハ。肝っ玉の据わった子だね。私が待ってたのは酒じゃなくて食事だよ」


 意味が分かるかとラミアはこちらの様子をうかがう。問われている内容はわかっている。彼女の食事はスレイヤーだということだろう。


「どうすれば食事にされなくて済みますか?」

「本当に肝っ玉の据わった子だね。そうだね、私は空腹だ。何か代わりになる物を差し出しな。そうすれば食べないでいてやってもいい」


 代わりになる物と言われても、あいにくワイン以外に何も持っていない。


 薄暗さにも慣れてくると、女性の全体像が見えてくる。上半身は美しい魔族の女性が赤いワンピースを着ていた。だが、ワンピースの下から伸びる下半身は蛇のものだった。

 この時点で相手が誰なのか推測することができた。相手は炎蛇エンジャと呼ばれる魔族だ。炎蛇は神話の時代では天候を操ることもできたと言われるほどの魔族であり、神から魔族へ落ちたと言われている。魔族に落ちた際に天候は操ることはできなくなったが、炎を得意とする魔族になったと祖父に教えてもらった。

 

「今日ここに来た者ですので、持ち合わせがありません」

「今日来て、今日死ぬのかい。それも不運なことだね」


 もう死ぬことが決まっているかのようなしゃべり方に、笑みを作りそうになる。ダメだ。祖父が言っていたことが頭の中に蘇る。「常にクールであれ」呟くように言葉を発してから、魔法を発動する。


「なんだい?反抗でもするつもりかい?」


 魔法の気配に気づいてラミアの雰囲気が変わった。お道化た雰囲気から臨戦態勢に一瞬で入る。魔族の方にはこういう言葉がある。「強き者が正しい」魔族は力を示せば認め合える種族なのだ。


「いえ、ラミア様に勝てるとは思っておりません。ただ、できれば生きていたいと思っています」

「無理だってわかるだろ?」


 ラミアから放たれる威圧の質が変わる。穏やかな雰囲気から殺気が肌に突き刺さる。


「そこをどうにかしていただけませんか?」

「諦めな」


 ラミアが腕を振り上げた。鋭く長い爪が刃のように出現する。


「串刺しにして食ってやるよ」


 爬虫類が狩りをするときのような獰猛な瞳になり、ラミアが腕を振り下ろした。


いつも読んで頂きありがとうございます。

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