優しい季節の物語
お触れを出して数日がたちましたが、いまだに手をあげる者は1人もなく、王様は頭をかかえていました。
「このままでは、国がほろんでしまうぞ。どうしたものか……」
頭をかかえていたのは王様だけではありません。塔で春の女王を待ち続ける冬の女王もまた、胸を痛めていたのです。
「このままでは、私のせいでみんなが困ってしまうわ……」
ため息は白い雪に変わり、灰色の空に舞い散りました。冬の女王の悲しみは、ますます国を雪でおおってしまいます。
「真面目で心優しい春の女王が来ないのはおかしいわ。何かあったのかもしれない」
冬の女王はふくろうのステラを呼び、春の女王の様子を見に行くよう、命令しました。
「どうぞ無事で……」
冬の女王の願いを乗せ、ステラは南に向かって飛んでいきました。
ステラが戻って来たのは、それから3日後の朝でした。
「女王様、春の女王はヴォートという男にそそのかされているようでした」
「そそのかされているですって?」
「はい、春の女王はヴォートにすっかり恋をしておりました」
「まぁ、なんてこと!」
冬の女王は急いで王様へ報告しました。怒った王様は、騎士団長のルーシェに今すぐ春の女王を迎えに行くように命令したのです。
そんなことになっているとは知らない春の女王は、時がたつのも忘れ、ヴォートと幸せな毎日を送っていました。
生まれて初めての恋は、美しい花を咲かせ、穏やかな風を吹かせます。鳥たちは楽しい歌を口ずさみ、動物たちは豊かな森でのんびりと過ごしました。
「あなたと一緒にいると、心が満たされて、とても幸せだわ」
「そうだろう? あんな塔にひとりぼっちで閉じ込められるなんて可哀想だ。僕の国に来ればずっと自由で幸せだよ?」
「そうね……」
幸せな気持ちのすみっこに、いつも冬の女王が心配する顔が浮かびます。
(きっと冬の女王は困っているにちがいない……)
(それにきっと、みんなが春を待っているはずだわ)
でも、塔に行けばヴォートとの楽しい毎日が終わってしまいます。そう思うと、春の女王はなかなか塔へ行くことができなかったのです。
「どうしてまようんだい? 僕と一緒においで」
「もう少し待ってちょうだい」
「いつまで待てばいい? 僕はずいぶん待ったよ」
ヴォートのがっかりした様子に、春の女王の気持ちは大きくゆれました。それでもヴォートの手を取ることができません。
「ごめんなさい、ヴォート。あともう少し待って」
「ああ、もう! じれったいな!」
怒ったヴォートの頭には角が生え、あまい言葉をささやいた口にはするどいキバ、器用に花かんむりをあんでくれた指には長いツメが生えました。ヴォートの変わり果てた姿に、春の女王は、声も出ないほど驚きました。
「オレはあの国をほろぼすため、お前を地獄に連れて行くように命令されたんだよ!」
「私をだましていたの?」
「ああ、そうだよ!」
「ウソをつかないで、ヴォート。心優しいあなたが、私にそんなことをするわけないわ」
「うるさい!」
ヴォートは春の女王のうでをつかんで、強引に連れて行こうと引っ張ります。
「ヴォート、あなたの本当の気持ちを教えてちょうだい?」
「いいから、いっしょに来い!」
「待て!」
大きな声にふり返ると、するどい剣を手にした騎士団長のルーシェが立っていました。
「どうしてルーシェがここへ?」
「あなたを迎えに来たのです。国王も冬の女王も、そして国民もあなたの到着を待っています」
「ああ、やはりみんな困っていたのですね……」
「こいつにそそのかされていたのでしょう? だいじょうぶです、今から僕がたおしてみせましょう」
ルーシェは大きな剣を振りかざし、ヴォートをにらみつけました。国で一番強いルーシェに、ヴォートがかなうはずがありません。春の女王は大きく手を広げ、ルーシェの前に立ちはだかりました。
「待ってちょうだい!」
「どうしてですか? こいつはあなたをだましていたのですよ?」
「確かにだましていたのかもしれません、でも……」
初めて会った日、橋がこわれて川を渡ることができなかった春の女王を助けてくれたこと。きれいな花かんむりを作ってくれたこと。馬の乗り方を教えてくれたこと。動物たちとすっかり仲良くなったこと――。
ヴォートが作ってくれた楽しい思い出が、次から次へ春の女王の心にあふれます。
「それに、私を見つめるまなざしの温かさに、ウソはありませんでした」
「女王様……」
ヴォートは春の女王の言葉に、つかんでいた手をそっと離しました。ヴォートもまた、気付いてしまったのです。
いつしか心優しい春の女王に、すっかり恋をしていることを――。
春の女王の強い気持ちに、ルーシェはすっかり困ってしまいました。春の女王がいては、ヴォートをたおすことはできません。
「しかし罪は罪です。我々を困らせたのですよ?」
「それは私の罪でもあります、そうでしょう?」
「……わかりました。その悪魔も一緒に国へもどりましょう。あなたたちは裁かれなければならない」
ルーシェは春の女王を馬に乗せ、ヴォートを引き連れて国へと戻りました。
春の女王の到着に、国はお祭り騒ぎになりました。ようやく長い冬が終わるのです。しかし、春の女王に、笑顔はありません。すぐそこに、ヴォートとの別れが待っているからです。
「春の女王、ルーシェから話は聞きました」
「冬の女王、どうかヴォートを殺さないで」
春の女王のこぼした涙は雨粒になり、雪でおおわれた国に温かな雨を降らせます。冬の女王は流れる涙をそっとぬぐい、安心させるようにうなずきました。
「あなたの純粋な気持ちにめんじて、ヴォートを生かしておきましょう」
「本当ですか?」
「今後、みんなに迷惑をかけないと誓うならば」
「わかりました……本当にごめんなさい」
「しかし、この悪魔を生かしておいて、どうするおつもりですか?」
ヴォートをにらみつけ、ルーシェが冬の女王に尋ねました。
「ヴォートは私の家来にします」
「えっ? オレが貴女の家来に……?」
「お前が心を入れ替え、春の女王にふさわしい者になったと私が判断するまで、会うことは許しません」
「この悪魔がこの先、心を入れ替えるでしょうか」
「春の女王を本当に愛しているならば、容易なことでしょう」
冬の女王はヴォートの手首に、氷のブレスレットをつけました。それは冬の女王の家来になったあかしです。ヴォートは春の女王に必ず戻ると誓い、冬の女王とともに、冬を待つ次の国へと旅立ちました。
春が過ぎ、夏が過ぎ、季節は順番にめぐっていきます。冬の女王の家来となったヴォートはどうしているのでしょうか?
冬の女王が去った塔に、春の女王がやって来ました。この塔での生活は、ヴォートの残した手紙を探すことから始まります。見つけた手紙を宝箱に入れ、最初の手紙から時間をかけて読み返すのです。
最初は弱音ばかりだった手紙が、年を追うごとに変わっていくことに、春の女王はワクワクしていました。
そしてようやく、今年残されていた手紙を開きます。ていねいにつづられた文字に、心がはずみます。しかし、手紙を読んでいくと、そこには驚くべきことが書いてありました。
「まぁ、なんてことでしょう!」
春の女王は大慌てで階段を駆け下り、大きな扉を開きました。そこに立っていたのは穏やかにほほえむ男性。
「ずいぶんとお待たせしましたね、春の女王」
それは角もキバもない、出会ったころの愛しいヴォートでした。
春が過ぎ、夏が過ぎ、季節は順番にめぐっていきます。もしかしたら今年の春は、いつもよりいろどり鮮やかな春になるかもしれません。