人間と人と鬼
そこは小さな村だった。
木造の建物がいくつか並び、村の広場が真ん中にちょこんとある、小さな小さな村だった。
その広場の真ん中の石に、人形のように美しい少年――ホープが座っていた。
村の人にこの村に泊まるところはあるかを聞くために、村長の村へと向かった人を待っているのだ。
ホープがふと気が付くと、自分の目の前に少女が立っていた。
彼が少女の格好をしたから眺めて見ると、彼女が纏っているのはぼろきれのような服で、あちこちにつぎはぎの跡が見えた。
「どうしたの?」
ホープがそう聞くと、少女は首を傾げた。
(もしかして、言葉が分からないのだろうか)
見れば、少女の頭には人間であるのにもかかわらず人間らしくないものが生えているのが見えた。
角――のように見えるそれは、少女が人間であるのにもかかわらず生まれてしまった存在だと、暗に伝えていた。
鬼にしては幼く、不思議な感じもしないことから、少女が鬼ではなく、れっきとした人間だということが、ホープにはなんとなくわかった。
ホープが黙ってしまっていると、少女が口を開いた。
「ねぇ、なにをしているの?」
「僕は……。僕はお姉さんを待ってる」
「お姉ちゃん? 置いて行かれたの?」
「違う、と思う」
「ふーん」
少女がつまらなそうにホープの隣に腰かける。
見れば見るほど、いたって普通の少女だった。
「あのね、私これからお山に行くんだって」
「そうなんだ」
「うん。私は鬼なんだって。人間の村で生まれた鬼。鬼は人間の村に居ちゃいけないんだって」
「へえ……」
「鬼ってね、悪いものなんだって。人をバリバリ食べちゃう、悪い怪物なんだって」
「怖そうだね」
「うん。きっとこわいと思う」
「…………」
「…………?」
「ねぇ、逃げないの?」
「え? どうして?」
「だって、鬼なんだよ? 村の大人もみんな逃げてくのに」
「僕を食べるの?」
「ううん」
「だったら、逃げないでもいい」
「そうなの?」
「そうだよ」
二人して、村のほうを見つめる。
そこにはこちらを見てひそひそと話す村人の姿も見えた。
なんとなく、その姿に嫌な感じを覚えたホープは、少女に声をかける。
「ねぇ、君は」
「うん」
「村の人、怖くないの?」
「いつものことだもの。慣れちゃった」
「そっか」
「そうよ。……あ、呼んでるから、もう行くね」
「うん。じゃあね」
「うん。さよなら」
少女が一度だけホープに振り返り、にっと笑うとゆっくりととある建物のほうへと歩いて行きました。
その奥には、険しい顔をしたおじいさんやおばあさんが立っていて、少女を出迎えていました。
ホープはそっと、村の中にいるはずのお姉ちゃんを見つめていた。
しばらくそうやっていると、村の一番奥の家から目当ての人物が出てきて、ホープは嬉しそうに腰を上げて駆け出した。
何かを考えるようにしているその少女に、ホープは抱き着いた。
「おぉう、熱烈アピールですね、ホープ君。食べちゃってもいいですか?」
「だめ。どう、お姉ちゃん」
「あはは、駄目でした。今日は野宿ですね。この村は近くの山に鬼が出て危ないので、さっさと出てっちゃいましょう」
「うん」
ホープがお姉ちゃんと呼んで少女に手を取られて村を後にする。
二人が黙ったまま旅路に戻り、ホープはふと、足を止めて振り返った。
そこには、鬼が住んでいると噂が広まっていた山のほうへと向かっていく、角の生えた人間の少女の姿が見えた。
「ねぇ、アルテミシアお姉ちゃん」
「はあい、なんですか。ホープ君」
「どうして、あの子は鬼の所へ行くのかな」
ホープの言葉に、アルテミシアは少女のほうへと振り返る。
そして、「ああ」と嘆息に近い吐息を吐くと、すぐにホープに笑顔で振りむいた。
「きっとあの子は同じじゃなかったんですね。人間は違うものを異常なほど嫌っちゃうので」
「あの子のことも?」
「あの子のことも」
「そっか……。ねぇ、お姉ちゃん。人間と鬼って、どっちが人らしいのかな」
「そうですねぇ……」
しばし、アルテミシアと呼ばれた少女が人差し指を口元に当てる。
やがて何かを思いついたように、少年に微笑んだ。
「簡単ですよ。
ひとらしく生きられた方です」
少女は笑って、少年にそう答えた。




