年月と寿命
不老不死に近いこの俺にとって、時の流れとはあってないようなものだ。
しかしそれでも当然、年月は過ぎていく。
数年かけて、シーリィの薬屋は大陸全土に支店を持つようになった。
薬屋という分野においては、ゲドー大陸一と呼んでも差し支えはあるまい。
「名実ともに、この俺のコンサルティングに恥じぬ店となった。褒めてつかわす」
「あ、ありがとうございます。ゲドー様……」
シーリィは嬉しそうに頬を染めた。
「貴様もシーリィをよく支えたと言えよう」
「えへへーっ。ボクがんばったよ!」
エルルはにこにこしていた。
◆ ◆ ◆
それから更に、数十年が過ぎた。
人間には当然ながら寿命というものがある。
まずヒメールが死んだ。
俺の侍女として一生を終えたのだ。
そしてオッヒーが天寿を全うした。
「ワタクシ、悪くない人生を送れたと思いますわ」
今わの際のオッヒーは満足そうだった。
次にキシリーが息を引き取った。
「ゲドー様に仕えることができて、私は幸せだった」
キシリーは誇らしげな表情をしていた。
その次に寿命を迎えたのは、シーリィだった。
「ゲドー様には、感謝してもしきれません」
シーリィは最期の時まで、俺への感謝を絶やさなかった。
◆ ◆ ◆
それから更に1000年ほどが過ぎた。
「ゲドー様ーっ」
ある日、謁見の間にエルルがやってきた。
「何だ」
「この大陸もすっかり様変わりしたねーっ。どこの国でもゲドー様人形とか売ってるよー。あっ、この前食べたゲドー様饅頭は美味しかったよ」
「貴様はあまり変わらんな」
「えへへーっ。ボクはエルフだからね」
そう言って、小さな胸を張るエルル。
こいつは容姿だけでなく中身も成長したようには見えない。
「そうそう、ゲドー様。ボク、森に戻るよ!」
「なぜだ?」
「エルフ族はねー、森で寿命を迎える習慣があるんだよ。自分の死体を自然に返すんだよ」
「寿命だと?」
エルルはいつものように、にこやかな表情で頷く。
「たぶん数日中に、寿命が来ると思うんだー」
「ほう。そんなことがわかるのか?」
「何となくねー」
死期を悟った猫のようなものか。
「だからゲドー様、長いことお世話になりました。ありがと!」
エルルは珍しく、深々と頭を下げた。
殊勝な奴だ。
「エルル。来い」
「うん?」
エルルはとことこと俺に近づいた。
俺はそんなエルルの頭に、手を乗せた。
不思議そうなエルル。
「長きにわたり、よくぞ仕えた。褒めてやる」
俺の言葉に、エルルはぱちぱちと目を瞬かせ。
そうして、ぽろっと涙を流した。
「どうした」
「う、ううん……。えへへ」
エルルは指で涙を拭う。
「ゲドー様にそんなこと言ってもらえるんて、何だか胸がじーんってなっちゃって」
エルルは、どこか報われたような表情をしている。
「ね、ゲドー様。ちょっと横向いて?」
「何だ」
「いいから」
「ちっ」
俺は横を向く。
と、不意に。
ちゅっ。
エルルが俺の頬に唇を触れた。
「えへへ。お別れのキスだよー」
「ふん」
そうだな。
文字通り、今生の別れとなろう。
「じゃあ、ボクは行くね」
「さらばだ、エルル」
「ゲドー様、さよなら!」
エルルは元気よく手を振ると、いつもと変わらぬ足取りで謁見の間から出て行った。
この日以降、エルルの姿は見ていない。
恐らく故郷の森で、自然に帰ったのだろう。
◆ ◆ ◆
それからまたしばらく、年月が経った。
俺は玉座に座っている。
その隣にはマホが佇んでいる。
こいつもあまり成長していない。
「ゲドー様」
「何だ」
「もう私たちしか残っていないのです」
「そうだな」
そう言うマホは無表情だ。
だがマホはもう無感情ではない。
つまり無表情は、こいつなりの寂しさの表れなのだろう。
「マホ。膝に来い」
「はいです」
マホは俺の膝にちょこんと座る。
「俺がここにいる。貴様にとって、それ以上のことがあるか?」
「ないのです」
俺を見上げるマホ。
「私はずっと、ゲドー様のものなのです」
「その通りだ」
俺はマホを抱き寄せた。
マホは俺にぎゅっとしがみついた。
「貴様は何者だ?」
「最強のゲドー様のしもべなのです」
「ではこれからも俺に尽くせ」
「はいです」
マホは俺の首に抱きついてきた。
「ゲドー様……」
俺の頬に頬をくっつけて、すりすりしてくる。
すりすり。
鬱陶しいが、好きにさせてやる。
こいつにはもう俺しかいないからな。
「ゲドー様」
「何だ」
「私は死ぬまで、ゲドー様のお側にいるのです」
ふん。
何を言い出すかと思えば。
「当然だ。貴様の全ては俺のものなのだからな」
「はいです」
マホは頬を染めて、嬉しそうに微笑んだ。
その言葉を違えることなく。
マホはそれから数千年の間、ずっと俺の側にいた。
片時も離れることなく、ずっと。




