表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
93/94

年月と寿命

 不老不死に近いこの俺にとって、時の流れとはあってないようなものだ。

 しかしそれでも当然、年月は過ぎていく。


 数年かけて、シーリィの薬屋は大陸全土に支店を持つようになった。

 薬屋という分野においては、ゲドー大陸一と呼んでも差し支えはあるまい。


「名実ともに、この俺のコンサルティングに恥じぬ店となった。褒めてつかわす」

「あ、ありがとうございます。ゲドー様……」


 シーリィは嬉しそうに頬を染めた。


「貴様もシーリィをよく支えたと言えよう」

「えへへーっ。ボクがんばったよ!」


 エルルはにこにこしていた。



◆ ◆ ◆



 それから更に、数十年が過ぎた。

 人間には当然ながら寿命というものがある。


 まずヒメールが死んだ。

 俺の侍女として一生を終えたのだ。



 そしてオッヒーが天寿を全うした。


「ワタクシ、悪くない人生を送れたと思いますわ」


 今わの際のオッヒーは満足そうだった。




 次にキシリーが息を引き取った。


「ゲドー様に仕えることができて、私は幸せだった」


 キシリーは誇らしげな表情をしていた。




 その次に寿命を迎えたのは、シーリィだった。


「ゲドー様には、感謝してもしきれません」


 シーリィは最期の時まで、俺への感謝を絶やさなかった。



◆ ◆ ◆



 それから更に1000年ほどが過ぎた。


「ゲドー様ーっ」


 ある日、謁見の間にエルルがやってきた。


「何だ」

「この大陸もすっかり様変わりしたねーっ。どこの国でもゲドー様人形とか売ってるよー。あっ、この前食べたゲドー様饅頭は美味しかったよ」

「貴様はあまり変わらんな」

「えへへーっ。ボクはエルフだからね」


 そう言って、小さな胸を張るエルル。

 こいつは容姿だけでなく中身も成長したようには見えない。


「そうそう、ゲドー様。ボク、森に戻るよ!」

「なぜだ?」

「エルフ族はねー、森で寿命を迎える習慣があるんだよ。自分の死体を自然に返すんだよ」

「寿命だと?」


 エルルはいつものように、にこやかな表情で頷く。


「たぶん数日中に、寿命が来ると思うんだー」

「ほう。そんなことがわかるのか?」

「何となくねー」


 死期を悟った猫のようなものか。


「だからゲドー様、長いことお世話になりました。ありがと!」


 エルルは珍しく、深々と頭を下げた。

 殊勝な奴だ。


「エルル。来い」

「うん?」


 エルルはとことこと俺に近づいた。


 俺はそんなエルルの頭に、手を乗せた。


 不思議そうなエルル。


「長きにわたり、よくぞ仕えた。褒めてやる」


 俺の言葉に、エルルはぱちぱちと目を瞬かせ。

 そうして、ぽろっと涙を流した。


「どうした」

「う、ううん……。えへへ」


 エルルは指で涙を拭う。


「ゲドー様にそんなこと言ってもらえるんて、何だか胸がじーんってなっちゃって」


 エルルは、どこか報われたような表情をしている。


「ね、ゲドー様。ちょっと横向いて?」

「何だ」

「いいから」

「ちっ」


 俺は横を向く。

 と、不意に。


 ちゅっ。


 エルルが俺の頬に唇を触れた。


「えへへ。お別れのキスだよー」

「ふん」


 そうだな。

 文字通り、今生の別れとなろう。


「じゃあ、ボクは行くね」

「さらばだ、エルル」

「ゲドー様、さよなら!」


 エルルは元気よく手を振ると、いつもと変わらぬ足取りで謁見の間から出て行った。


 この日以降、エルルの姿は見ていない。

 恐らく故郷の森で、自然に帰ったのだろう。



◆ ◆ ◆



 それからまたしばらく、年月が経った。


 俺は玉座に座っている。

 その隣にはマホが佇んでいる。


 こいつもあまり成長していない。


「ゲドー様」

「何だ」

「もう私たちしか残っていないのです」

「そうだな」


 そう言うマホは無表情だ。


 だがマホはもう無感情ではない。

 つまり無表情は、こいつなりの寂しさの表れなのだろう。


「マホ。膝に来い」

「はいです」


 マホは俺の膝にちょこんと座る。


「俺がここにいる。貴様にとって、それ以上のことがあるか?」

「ないのです」


 俺を見上げるマホ。


「私はずっと、ゲドー様のものなのです」

「その通りだ」


 俺はマホを抱き寄せた。

 マホは俺にぎゅっとしがみついた。


「貴様は何者だ?」

「最強のゲドー様のしもべなのです」

「ではこれからも俺に尽くせ」

「はいです」


 マホは俺の首に抱きついてきた。


「ゲドー様……」


 俺の頬に頬をくっつけて、すりすりしてくる。


 すりすり。


 鬱陶しいが、好きにさせてやる。

 こいつにはもう俺しかいないからな。


「ゲドー様」

「何だ」

「私は死ぬまで、ゲドー様のお側にいるのです」


 ふん。

 何を言い出すかと思えば。


「当然だ。貴様の全ては俺のものなのだからな」

「はいです」


 マホは頬を染めて、嬉しそうに微笑んだ。


 その言葉を違えることなく。

 マホはそれから数千年の間、ずっと俺の側にいた。


 片時も離れることなく、ずっと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ