始まりの日
『本日よりマンマール王国はゲドー王国とする』
国中に出された通達のせいで、翌日のマンマール城には民衆が詰めかけていた。
城のバルコニーから見下ろすと、大量の愚民どもがざわざわとひしめいている。
踏めば潰れるアリの群れを見下ろしているようで、大層気分がいい。
バルコニーに豪奢なドレスを纏ったヒメールが進み出てきた。
「おおっ、姫様だ」
「姫様!」
「いったいどういうことですか!」
城下から民衆が口々に叫ぶ。
どうやらヒメールにはそれなりに人望があるようだ。
当のヒメールは青ざめた顔色をしている。
一晩明けてもショックが抜けないようだ。
やはりこんな軟弱な奴は王に相応しくないな。
「国民の皆さん」
ヒメールがよく通る声で語りかける。
民衆が静かになっていく。
「突然の通達をお詫びいたします。ですがこれは決定事項になります」
ヒメールの言葉に民衆が再びざわめく。
「マンマール王国は、これよりゲドー王国となります」
民衆が動揺する。
「そんな馬鹿な!」
「俺たちの生活はどうなるんだ!」
「きちんと説明しろ!」
動揺は城下一帯に広がり、民衆から悲鳴や暴言が飛んでくる。
ヒメールはぐっと唇を噛んで、それらを受け止める。
「新国王のゲドー様から説明があります」
ヒメールが横に退く。
俺は満を持してバルコニーに進み出る。
俺の姿はもちろん、魔法使いが纏う漆黒のローブだ。
王らしくないかもしれんが大した問題ではない。
「静まれ愚民ども」
俺はヒメールよりも張りのある声を上げて一喝する。
民衆のざわめきが潮を引くように収まっていく。
中には「何だあいつは」「あれが新国王か?」とか無礼なことを抜かしている奴もいるが、まあどうでもいい。
「500年前の伝説に名を馳せた大魔法使い、ゲドー・ジャ・アークを知っているな」
ざわざわ。
ざわざわざわ。
うむ。
さすがにどいつも知っているようだ。
「俺が本人だ」
ざわざわざわ。
ざわざわざわざわ。
うるせえなこいつら。
「貴様ら凡人どもにも一目で理解できるよう、まずは証拠を見せてやる」
俺は腕を掲げ、遠くの山脈を指さした。
その方角へ視線を向ける民衆。
「ザンデミシオン」
俺の手から極太の稲妻が迸る。
稲妻は空気を切り裂き、衝撃波を撒き散らし、遥か遠くの山脈を抉り取った。
ざわざわざわざわ!
見事な巨大トンネルができた山脈を見て、民衆が騒ぎ出す。
先ほどの不平不満と違い、恐慌状態に近い。
「静まれ愚民ども」
俺の一喝でぴたりと静まる民衆。
どいつの目にも恐怖と動揺が浮かんでいる。
ククク。
いい兆候だ。
「理解したなら俺の言うことに文句をつけるな。黙って従え。俺の言葉は絶対と知れ」
告げる。
民衆は黙って聞いている。
よしよし。
どうやら誰が支配者か理解したようだ。
「この国はゲドー王国と名を変えた。だが安心しろ」
俺はゆっくりと民衆を睥睨する。
「俺は政治なんぞという些事に興味はない。このゲドー様に逆らわない限り、貴様らはこれまでと何ら変わりのない生活を送れる」
ざわざわ。
「ついでに飴もくれてやろう。ゲドー王国はこれより大陸中を支配する。つまりゲドー王国の民である限り、貴様らはその恩恵を享受できるということだ」
ざわざわざわ。
「以上だ。納得できん奴は、構わんから直接俺のところに文句を言いに来い。何人でもいいし、どんな武器を持ってきてもよいぞ」
俺は唇を吊り上げる。
「命が惜しくなければな」
俺の言葉に、民衆がしんと静まり返る。
どうやら反論はないようだ。
俺はバルコニーから下がった。
ヒメールが無言で俺に付き従った。
◆ ◆ ◆
俺は謁見の間に戻り、玉座にどかっと腰を下ろした。
「ゲドー様。お疲れ様なのです」
マホが隣に控える。
「ゲドー様。政治に口を出さないとは本当なのですか?」
ヒメールが質問する。
「俺は政治になんぞ興味はない。マホに全て任せる」
「私です?」
「貴様は宮廷魔法使いだ。政治くらいできよう。なあ?」
俺がヒメールに問いを向けると、ヒメールは頷いた。
「マホは宮廷魔法使いとして、これまでもいろいろと助けてくれていました」
「ならば問題ない。政治は貴様が適当にやれ」
「わかったのです」
マホは無表情だが、ヒメールは露骨に安堵の表情をしていた。
政治をマホが取り仕切るなら、酷いことにはならないと思っているのだろう。
「それからヒメールはさっさと着替えろ」
「えっ?」
「貴様はすでに王族ではない。侍女服に着替えろ」
「……わかりました」
ヒメールは俯いたが、素直に従って謁見の間から去った。
いい気分だ。
かつてこの俺を封印し、思い上がったマンマールの王族を従わせるのはな。
しばらくするとヒメールが戻ってきた。
「こ、これでよろしいですか……」
侍女服だ。
シックなメイド服にも似たそれは、王城の侍女の共通服になっている。
「よい。貴様の身分はもはや他の侍女と同様だ。肝に銘じろ」
「……はい」
「まずは茶の入れ方から学べ。俺に美味い茶を出せるようにな」
「……わかりました」
ヒメールが肩を震わせている。
王族としてこのような扱いを受けたことなどないのだろう。
屈辱に違いない。
反面、俺はご満悦だ。
マンマールを滅ぼさずにおいたのは正解だったな。
だがまだまだこんなものではない。
まあこのゲドー様にかかれば大陸の支配など容易いがな。
この大陸は遠からずゲドー大陸となる。
今日は記念すべき始まりの日だ。
ふははははは!
はーっはっはっはっは!




