我がしもべ
「ふぅはははは!」
俺はマホに拳を叩き込む。
だがマホは杖で俺の拳を受け流し、そこから一挙動で俺の顎に杖先を打ち込んだ。
「が……ッ!」
脳を揺さぶられて俺はよろめいた。
そこにマホの杖が追い打ちをかける。
みぞおち。
脇腹。
喉。
こめかみ。
強烈な4連打を受けて俺はふらつきながら後退した。
ぐおおおお。
くそがああああ。
知ってはいたがこいつの杖捌きは凄まじい。
的確に人体の急所を狙ってくる。
俺の身体は傷を負ってもすぐに再生する。
だが打撃によるダメージはズシリと身体に浸透して、すぐには抜けないのだ。
「ゲドー様、覚悟なのです」
俺がふらついているうちにマホが距離を詰めてきた。
一撃。
二撃。
三撃。
マホの杖をガードを固めて耐える。
くそが。
くそがががががががが。
あろうことかこのゲドー様が防戦一方に追いやられるとは。
「キロトン」
「ルシーダ」
爆発の魔法もすかさず魔法の盾で対抗される。
マホは身体が小さい分、腕力に劣る。
だがそれを補って余りあるほど杖術が卓越している。
恐らく200年もの間、ずっと杖術の研鑽を積んできたのだろう。
杖の扱いに限っていえば、あるいはこの大陸で最強に近いのかもしれん。
反面、俺はことさらに戦闘技術を磨いたことなどない。
そんな必要がなかったからだ。
ぐぬぬ……!
マホの奴め。
忌々しいが認めざるを得ん。
こと接近戦に限れば、マホは俺を押し込めるだけの力量を有している。
だがそうでなくてはならん。
俺のしもべたるもの、何か一つでも他者より秀でたものを有していなければな。
そういう意味でマホは俺のしもべとして合格といえよう。
「とどめなのです」
俺に反撃の手がないと見て、マホが大きく一歩を踏み出した。
馬鹿め。
マホの力量は確かに卓越しているが、いくら何でも俺を舐めすぎだ。
いったい今まで、このゲドー様の何を見てきた。
「……っ」
マホが動きを止めた。
マホの踏み出した足を、俺が踏んづけたのだ。
俺は唇の端を吊り上げる。
マホが足を引こうとするがもう遅い。
「ザンデ」
「あ……っ」
俺の足先を伝わり、マホの身体に稲妻が流れる。
マホがビクンと仰け反った。
さて。
このゲドー様をボコボコにしてくれた礼をせねばならんなあ。
「温いい!」
俺の拳がマホの腹に突き刺さった。
マホの顔に苦痛の色が浮かぶ。
だがもちろんこんなものではない。
「温い温い温いぬるぬるぬぬぬぬぬるうううういいいいいいい!」
マホの腹に拳をぶち込む。
ぶち込む。
ひたすらぶち込む。
「か、は……っ」
マホが苦悶の表情をしようがぶち込む。
マホの顔色が青くなろうがぶち込む。
そして最後に。
「温いわあああ!」
マホのこめかみに硬い拳を叩き込んだ。
悲鳴すら上げられず吹き飛ぶマホ。
そのまま地べたに這いつくばり、動かなくなった。
「ふん」
終わったな。
このゲドー様を相手に善戦はしたが、所詮はこんなものだ。
最強の存在と凡人では格が違うのだ。
俺は歩き出す。
「むっ」
ふと見る。
マホが起き上っていた。
こめかみから血を流し、杖を支えに膝をついている。
杖を持つ手が小刻みに震えている。
「けほ……っ」
マホが咳き込む。
当然だろう。
俺の拳をあれだけもらったのだ。
軟弱な奴なら死んでいてもおかしくない。
だがマホは、その拳を受けて起き上がってきた。
信じられんことだ。
「ゲドー、様……」
マホが掠れた声を絞り出す。
「行かせない……のです……」
マホが足を引きずるように、俺に近づいてくる。
俺がマホを見つめると、マホも俺を見つめ返してきた。
戦う意志が消えていない。
身体がボロボロになりながらも、まだ続ける気だ。
俺は腕を組んだ。
「何が貴様をそこまで突き動かす。宮廷魔法使いとしての義務ではあるまい」
「義務ではないのです……」
「ならば」
「感情なのです」
マホはあるかないかの笑みを浮かべた。
「ゲドー様が感情で動いているように、私も……私たちも、感情で動いているのです」
感情。
200年も城に閉じこもり、感情とは無縁の時を過ごしてきたマホが、感情という言葉を口にする。
俺は得も言われぬ感情を抱いた。
なるほど、これが感慨というやつか。
感情で動く。
大いに結構なことだ。
力ある者はそれが許される。
当然このゲドー様も感情で動く。
だから俺は感情で動く奴を好むし、逆にことさらに理性を叫ぶ奴を決して信用しない。
己のやりたいことを理性で抑制するのは、強者の行いではないからだ。
しかし、ならば。
俺は感情で動くことを推奨しながら、マホの感情を抑制しようとしている。
ようやく感情で動くことを覚え始めた――言い換えれば、強者の振る舞いをよちよち歩きで実行しようとしているマホを、強者の先達者である俺が押し込めてどうするというのか。
「……」
信じがたいことだが、俺は躊躇した。
全く信じがたいことだ。
500年前の俺なら決してあり得んことだが、俺は確かに躊躇したのだ。
「ゲドー様」
マホが俺の感情を読み取ったかのように、声をかけてきた。
「提案があるのです」
「何だ」
俺はマホを睨み据える。
マホは静かに俺を見返してきた。
「ゲドー様はマンマールがなくなれば満足するのです?」
「そうだ」
「では賢いゲドー様ならお気づきだと思うのですが、マンマールを滅ぼす必要はないのです」
「何い?」
……。
……。
そうか。
なるほどな。
マホの言わんとしていることを理解して、俺は鼻を鳴らした。
確かに面白そうな話だ。
これならヒメールやマンマールの民が死ぬことはない。
そのうえ俺も、ヒメールの顔が屈辱に歪む様を見ることができて概ね満足できる。
いやむしろ、それ以上に面白いことになりそうだ。
「だがマホ。確かにマンマールはなくなることになる。貴様はそれでいいのだろうな?」
「姫様や民が生きていれば、私としては何も問題ないのです」
言い切りやがった。
マンマールの宮廷魔法使いとは思えん発言だ。
こいつもなかなかいい根性をしている。
「ふん。よかろう」
俺は笑った。
喜ばしかった。
無感情だった我がしもべが感情を優先し、あろうことかこのゲドー様に対して我を押し通そうとしてきたことが喜ばしかったのだ。
俺が喜ばしいという感情を抱いたことは驚きだが、ともかく俺はそう思ったのだ。
しもべよ。
我がしもべ。
貴様はそうであれ。
強者たらんとはそういうことなのだ。




