躾をしてやるぞ雑魚ども
「ゲドー・デストロイヤー・キャトル・ミューテーション」
マホが杖を掲げて詠唱を始める。
何だその詠唱は。
舐めてるのか。
「キャルルン・クルルン・ミラクルルン・魔法の力でだい・へん・しん」
マホが杖をくるくる回す。
「ゲドー様はムノー様にな・あ・れ」
杖先をびしっと俺に向ける。
その途端。
「ぐぬ……!?」
俺の身体にズシンと負荷がかかる。
急激な魔力の衰えを感じる。
「貴様、いったい何をした……!?」
俺の魔法使いとしての力が、何分の一にも減退している。
封印を一段階しか解除していなかった頃の俺のより、更に酷い。
「この杖はマンマールの国宝なのです」
マホがえへんとドヤ顔で言う。
なるほどな。
これがマホの切り札ということか。
やはり俺が魔王を倒した後のことまで、きちんと考えていたわけだ。
「すまない、ゲドー様。だがこれも貴方とこの大陸のためなのだ」
キシリーが申し訳なさそうな表情で近づいてくる。
「今のうちにダメージを与えて無力化させますわ」
「ごめんね、ゲドー様!」
オッヒーとエルルも詰め寄ってくる。
俺が。
このゲドー様が。
申し訳なさそうな表情を向けられている。
憐みの感情を向けられている。
大陸最強の生きた伝説。
邪悪なる大魔法使いのゲドー様がだ。
クククク。
ははははは。
舐められたものだ。
よもやこの程度で勝った気でいるとはなあ。
甘い。
全くもって甘すぎる。
だからこいつらは雑魚なのだ。
「マッソーラ」
俺は魔法を唱えた。
全身の筋肉がメキメキと膨張して逞しくなる。
「うわーっ」
「す、すごいなゲドー様」
エルルとキシリーが目を白黒させている。
「た、逞しいですわ……」
なぜかオッヒーがぽっと頬を染めている。
何だこいつは。
「さあ、躾の時間だ。しもべども」
俺はズンと一歩を踏み出した。
「くっ」
キシリーが俺に向かって剣を振りかぶる。
俺はじいっとキシリーを見つめる。
「う……」
キシリーの動きが止まる。
その表情にははっきりと、俺を攻撃したくないという感情が現れている。
「惰弱なカスが」
俺はキシリーのみぞおちに拳を叩き込んだ。
「かは……っ」
キシリーがえずく。
俺は続けてキシリーの顔面に右ストレートをぶち込んだ。
「が……っ!」
キシリーは鼻血を散らしながら吹き飛んだ。
「この程度では済まさんぞ。二度と歯向かえんよう、徹底的に調教してくれるわ」
俺はゆっくりと、倒れているキシリーに近づく。
そこでエルルとオッヒーが我に返った。
「させないよ!」
「やらないとやられますわね……!」
2人が俺の行く手を遮るように立ち塞がる。
「退けゴミども」
俺の眼光に、2人は怯まない。
どうやら本気で戦る気になったようだ。
ククク。
そうだ。
全力で来い。
そのうえでこいつらを叩きのめしてこそ、本当の意味で躾となるのだ。
「風の精霊さん、いっぱい切って!」
俺目掛けて、ごうと突風が巻き起こった。
小さなカマイタチが発生し、俺の腕や足に無数の切り傷を作った。
だがいずれも浅い。
俺の歩みは止まらない。
「ゲドー様、腕の2本や3本は覚悟してくださいまし!」
オッヒーが接近して剣を振るった。
俺の肩が深々と切り裂かれる。
だが腕が落ちるほどではない。
そして傷は早くもじわじわと再生している。
いいぞ。
俺を傷つけることへの躊躇がなくなったな。
こいつらの心を徹底的にへし折るためには、そうでなくてはならん。
「ぬうん」
俺はオッヒーに拳を振るう。
しかし。
「ルシーダ」
マホの展開した魔法の盾がオッヒーを守った。
「ちっ」
ならばこれはどうだ。
「メガトン」
範囲を圧縮した爆発が――発動しない。
くそが。
こうまで魔力が落ちているとはな。
中級以上の魔法は軒並み発動しないと思ったほうがよさそうだ。
「はあっ!」
オッヒーが反撃とばかりに、連続で剣を振るう。
たちまち俺の身体に何本もの裂傷が生じる。
痛えな。
だが。
「温いわ」
俺は拳を振りかぶる。
「ルシーダ」
マホがまた魔法の盾を展開する。
ふん。
このゲドー様に同じ手が二度通用すると思うな。
「キロトン」
範囲を凝縮して威力を高めた爆発が、今度こそ魔法の盾を粉砕した。
その機を逃さず、俺は踏み込んだ。
「温い!」
俺はオッヒーの顔面に右フックを打ち込んだ。
「ぐ……っ!」
たたらを踏むオッヒー。
俺は緩まない。
「温い温い温い温い温いいいいいいい!」
左フック右フック左フック右左右左右。
俺はオッヒーの顔面をボコボコにする。
オッヒーはボロキレのように地面に倒れた。
「つ、強いよ……!?」
エルルが怯んでいる。
「終わりならそこを退け。ゴミ」
「……っ」
エルルから魔法の気配が膨れ上がる。
「土の精霊さん、槍を突き出して!」
突如、地面が槍のように硬く盛り上がった。
「ぐふう……!」
土の槍はそのまま俺の腹に突き刺さった。
「や、やった……?」
歓喜の声を上げるエルルを見て、俺は唇の端を吊り上げた。
そう。
こいつらは俺を止めたいだけだ。
殺すつもりがない以上、殺す気でかかってきていない。
そんなことではこのゲドー様を止めることすらできん。
それを戦う前に理解していなかったことが、こいつらの敗因だ。
「むん」
俺は腹に刺さった土の槍をへし折った。
腹に穴を開けたまま、俺は踏み込む。
「くう……」
エルルが気圧されたように一歩下がる。
「ルシーダ」
「キロトン」
マホの魔法の盾を、俺の爆発が瞬間的に破壊する。
俺はエルルを見下ろす。
「あ……」
泣きそうな表情のエルルが、俺を見上げている。
本能的な恐怖が湧きあがったのだろう。
思えばエルルも哀れな奴だ。
なまじ他の奴らと仲間になってしまったがために、こうして最強のゲドー様と相対することになってしまったのだ。
そう考えるとこいつに罪はない。
だが死ね。
俺はエルルの腹に拳をめり込ませた。
「かはあ……っ!」
エルルが悶え苦しむ。
もちろん一撃で済ませてやるつもりはない。
「温い温い温い温いぬるるるるるるうううういいいいい!」
アッパーアッパーアッパーアッパーアッパーアッパー。
エルルのみぞおちに幾度も拳を叩き込む。
「うぐえ……!」
エルルが声を絞り出して悶絶する。
「温いわあ!」
俺は最後に、エルルの鼻っ柱にストレートをぶち込んだ。
「か……っは!」
エルルも吹き飛んで動かなくなった。
「う……。ぐ……っ」
最初に倒したキシリーが、呻きながら起き上ろうとしている。
俺はそのキシリーの頭を、ゴシャッと踏みつけた。
キシリーは地面に頭をめり込ませて動かなくなった。
「……」
マホが唖然としている。
だがこれは当然の結果だ。
魔法などなくとも、このゲドー様が最強である事実は何も変わらないのだ。
「さて」
俺は拳を鳴らしながら、マホに近づいていく。
「残るは貴様だけだ。他の3人よりも徹底して調教してやる。喜べ」
「……」
マホは倒れている3人を見て、それから俺を見上げた。
「ゲドー様は恐ろしいお方なのです」
「今更だな」
「今更なのです」
マホが杖を構える。
退く意志はないようだ。
よい。
それでこそ躾けがいがある。
俺はマホを見つめる。
マホはいい目をしている。
勝つ気でいる目だ。
ふん。
こいつも他の凡百より多少はマシであるという自覚が出てきたようだ。
「残虐でもいいのです。外道でもいいのです」
マホが告げる。
「でも私たちは、ゲドー様に悪く在ってほしくないのです。理屈抜きでそうなのです」
マホが真っ直ぐに俺を見据える。
俺は笑った。
「強者の言葉なら聞いてやらんでもないが、貴様はまだまだ雑魚だ。大人しく愛玩動物扱いされていればよい」
マホが杖を構えた。
「では強者だと証明してみせるのです」




