ゲドー様を説得しよう
俺は目を覚ました。
夜が明けている。
自分の身体を見る。
手がある。
足がある。
身体がある。
俺はベッドから降りて立ち上がる。
全身に力が漲っている。
魔力が満ち溢れている。
「ふ……」
笑いが込み上げてきた。
もちろん歓喜の笑いだ。
「ふははははは!」
ようやくだ。
「ははははははは! はははははははははは!」
完全復活だ。
「はははははははははは! はーっはっはっはっはっはっはっは!」
邪悪なる大魔法使いゲドー様の再臨だ。
「ふはははははははははははは! はあーっはっはっはっはっはっはっはっは!」
もはや俺の邪魔立てをする者は誰もおらんのだ。
「ははははははははははははははははははははははははははははははははははは!」
俺は狂ったように哄笑した。
暴れてやる。
暴れてやるぞ。
500年前の再現だ。
この大陸は俺に食らい尽くされるために存在するのだと、平穏を貪っている愚民どもに教え込んでやるのだ。
「ふはははははははははははははは! くははははははははははははははははははは!」
手始めにマンマール王国だ。
一瞬では終わらせん。
ゆっくりじわじわと滅ぼしてやる。
下等生物どもを恐怖のどん底に叩き落としてくれるわ。
もちろんヒメールの奴も、生きていることを後悔するような目に遭わせてくれる。
「ふ……」
俺は猟師小屋を出た。
歩く。
歩く。
歩く。
「ふん」
俺の行く手を遮るように、人影が4つ佇んでいた。
「このゲドー様に何用だ、雑魚ども」
俺はマホ、エルル、オッヒー、キシリーを順番に見遣る。
何やらどいつも決意を秘めた目つきをしている。
「ゲドー様!」
エルルがぴょこんと進み出た。
「遊んで暮らそう!」
「あん?」
唐突に何を言い出すんだ、このボクッ娘は。
「さいきょーのゲドー様なら、毎日遊んで暮らせると思うんだ」
「まあ可能だろうな」
他ならぬこの俺だ。
望めば毎日のように何不自由なく暮らしていけるだろう。
「ゲドー様が望むなら、ボクずっとおそばでお世話するよ! エルフだから長寿だし」
「貴様は俺のしもべなのだから、俺の世話をするのは当然だ」
「うん、じゃあ決まりー」
何が決まりだこのゾウリムシが。
「ゲドー様」
次にオッヒーが進み出てきた。
「実際に復讐を考えたことのあるワタクシだからこそ、わかりますわ」
「ほう、何をだ?」
俺が見下ろすと、オッヒーは怯まず見つめ返してきた。
「復讐は誰も幸せにしませんわ。ただ不幸を撒き散らすだけの自己満足……復讐とは突き詰めれば、そういう行為なのですわ」
「ほう。だから?」
「だから、その……」
オッヒーは自分の指をつんつん合わせながら、若干赤くなる。
「も、もしゲドー様がどうしてもと望むならですけれど。ワタクシも、その、ゲドー様のお世話をしてあげますわ」
「貴様も俺のしもべなのだから、そんなことは当然だ」
そう返すと、オッヒーは余計に顔を赤らめた。
「げ、ゲドー様」
次にキシリーが進み出た。
「次は貴様か」
「ああ……。オッヒーの言った通り、復讐は不幸しか生まない。それに私は国に仕える騎士だからこそ、国が亡ぶ辛さは誰よりも想像できる」
キシリーも意志を込めた瞳で俺を見つめる。
「今現在マンマール王国に住む民たちは、500年前のゲドー様の封印とは何の関係もない。罪のない一般人ばかりなのだ」
「ふん。それで?」
「エルルの言う通り、楽しく暮らさないか? これからも破壊を日常とする生き方を続けるのであれば、ゲドー様はこの先、幸せにはなれない気がするのだ」
幸せ。
幸せな。
「それでキシリー、貴様もこの俺の世話をすると言い出すのか?」
「あ、ああ……。ゲドー様が望むのなら、この身、ゲドー様に仕えても構わないと思っている」
キシリーは真摯な瞳を向けてくる。
まあこいつは騎士だからな。
言葉に嘘偽りはあるまい。
俺は次に、マホを見た。
「ゲドー様」
マホが進み出る。
「マンマール王国への復讐に意味はないのです」
意味か。
「なので、復讐をやめてほしいのです」
「まあマンマールの宮廷魔法使いの立場としては、そうだろうな」
「立場は関係ないのです。私たちは全員、そう思っているのです」
マホがもう一歩、進み出る。
「ゲドー様。この寿命が尽きるまで、私はゲドー様のおそばにいるのです」
「だからこの先、余生を楽しく過ごせと?」
「はいです」
「なるほどな」
ク……。
ククク……。
「はははははは!」
突如笑い出した俺を、4人は驚いた目で見る。
「ふはははははは! ははははははははは!」
「げ、ゲドー様……?」
「何が可笑しいのです?」
可笑しいとも。
これが笑わずにいられるか。
「ククク……。よもや貴様らがここまで愚かだとは思わなかったぞ」
「えーっ、ボクたち愚か?」
「酷いですわ!」
俺は唇の端を吊り上げる。
「幸せ? 意味? 罪がない?」
俺は4人をぎろりと見下ろす。
「そんなことはどうでもいいんだよゴミども」
俺の一喝に、4人が身を竦める。
「俺に舐めた真似をした国がある。それを滅ぼす。それはこの俺の決定であり、俺の決定は世界の真理なのだ」
俺は腕を振る。
「幸せになりたいわけでも、意味を見出したいわけでも、罪のあるなしを問題にしているわけでもない。俺が潰したいから潰す。それだけだ」
「で、でも……」
「ついでに言うなら」
俺は4人に指を突き付ける。
「貴様らしもべが俺の世話をするのは、しもべとして当然のことだ。そんなもの取引材料にすらならん」
俺の発言に、4人は言葉を失っているようだ。
まあ最強の存在である俺とこいつら凡人では、価値観が大きく異なっているからな。
理解できなくとも無理はない。
そして理解してもらう必要もない。
「このゲドー様の決定だ。マンマール王国は滅びろ」
俺は断言した。
4人は静かになった。
俯いている。
ふん、いらん時間を取らされた。
「わかったのなら退け」
「……やだ」
「何い?」
エルルが立ちはだかった。
「いやですわ」
オッヒーが剣を抜いた。
「いやだ」
キシリーも剣を抜いた。
「ゲドー様」
マホが杖を構えた。
「私たちは決めたのです。力づくでもゲドー様を止めると」
「ほう」
こいつらが。
この愚昧どもが、俺を止めると?
「俺は寛大だ。しもべのよしみで、一度だけ発言を撤回する機会をくれてやる」
俺はぐるりと4人を見渡す。
「この邪悪なる大魔法使いゲドー様を、力づくで止めると聞こえたが、何かの間違いであろうな?」
4人は動かない。
そして各々の瞳には強い意志が満ちている。
「ボク、ゲドー様を止めるよ!」
「ワタクシもですわ」
「国を滅ぼさせるわけにはいかない」
マホが杖を突き付けてくる。
「ゲドー様の力を再封印するのです。覚悟してくださいです」
そうか。
こいつらも成長したのだな。
そして愚かにも、このゲドー様に勝てると思うほど付け上がったわけだ。
ならば思い知らさねばならん。
こいつらが誰にケンカを売ったのかを。
「よかろう、しもべども。少々躾をしてやろう……」
俺は両腕を広げた。
「そして理解させ、完膚なきまでに屈服させてやろう。残る生涯、一片たりとも歯向かう気など起きないようになあ……!」




