勇者(最小)
私はマホ・ツカーリエ。
マンマール王国の宮廷魔法使いなのです。
200年前には果たせなかった魔王ヴァルマ・ゲドンの討伐。
これを達成できたのはひとえに大魔法使いゲドー様のおかげなのです。
本当に、感謝してもしきれないのです。
これで大手を振ってマンマール王国に帰国できるのです。
ヒメール姫様もきっと喜んでくれるのです。
……問題は。
ゲドー様が、マンマール王国への復讐を微塵も諦めていないことなのです。
諦めないであろうことはわかっていたのですが、楽観的希望として諦めてほしかったのです。
このままゲドー様と一緒に帰国すれば、ゲドー様はきっとマンマール王国を滅ぼしてしまうのです。
もちろん別々に帰国したところで、ゲドー様がマンマールに辿り着けば結果は同じなのです。
猟師小屋のベッドでは、ゲドー様が眠っているのです。
明け方になって身体が再生すれば、きっとゲドー様は嬉々としてマンマールへ出発するのです。
私は猟師小屋を出て、少し歩くのです。
すぐに焚火が見えてくるのです。
「やっほー、マホ」
エルル、オッヒー様、キシリーさんの3人が焚火を囲んでいるのです。
「ゲドー様の様子はどうですの?」
「安らかに寝ているのです」
「それはよかったですわ」
私は3人と一緒に焚火を囲んで座り込むのです。
「それで、マホ。私たちに話とは?」
そうなのです。
私は話があると言って、皆に外に来てもらったのです。
私は3人を順番に見てから、口を開くのです。
「ゲドー様は身体が再生したら、マンマール王国に向けて出発するのです」
「確か……ゲドー様は、500年前にマンマールに封印されたのでしたわね?」
オッヒー様の言葉に、私はこくりと頷くのです。
「ゲドー様はマンマール王国を恨んでいるので、滅ぼすつもりなのです」
「えーっ、それほんと!?」
「本当なのです」
「それは……」
エルルがびっくりして、キシリーさんは苦い顔をしているのです。
「確かに魔王を倒したゲドー様なら、国の一つくらい簡単に滅ぼせるだろうが……」
キシリーさんは難しい表情をしているのです。
国に仕える騎士だけあって、国が亡ぶという事実をリアルに想像できるのだと思うのです。
「私は、ゲドー様に復讐をやめてほしいのです」
私は自分の気持ちをはっきりと述べる。
マンマール王国の宮廷魔法使いとして、マンマールを滅ぼされるわけにはいかないのです。
でも、そうした立場以上に。
何というか、私はゲドー様に、そういうことをしてほしくないのです。
500年前のゲドー様はわからないのですが、今のゲドー様は、何だか。
外道ではあるのですが、かつて呼ばれていたほど邪悪ではない気がするのです。
「うむ……。私もマホに賛成だ」
キシリーさんが頷く。
焚火に照らされた横顔には、強い意志が見え隠れしている。
「ゲドー様が封印されたのは500年も前のことだ。今のマンマールの王族や国民には何の罪もない」
「はいです」
「それに……その、上手く言えないのだが」
キシリーさんは自分の髪を指でつまんで、くるくるしている。
「私は、ゲドー様にそういうことをしてほしくない……と、思っている」
キシリーさんは、私と同じ気持ちのようなのです。
私は次にオッヒー様を見るのです。
「ワタクシは……元々は、マンマールと敵対していた国の王族でしたわ」
「滅びたんだっけ?」
「その通りですわ、エルル。ですからもうマンマールと敵対する理由はないのですわ」
オッヒー様も言葉に悩んでいる様子なのです。
「そうですわね……。ワタクシも、その、復讐は何も生まないと思いますし……」
かつてゲドー様に復讐しようとしていたオッヒー様は、復讐について人一倍思うところがあるようなのです。
でもオッヒー様は、もうゲドー様に復讐しようとは思っていないのです。
「……ええ。ワタクシも、ゲドー様にそんなことはしてほしくないと思っていますわ」
オッヒー様は頷くのです。
自分の気持ちを確かめるように、胸に手を置いているのです。
次にエルルが、はいはーいと手を挙げる。
「えっと、ボクはねー。エルフだから人間の国とか結構どうでもいいんだけど」
エルルは何気に酷いのです。
「でもゲドー様が悪いことするのは、まあちょっとはいいけど、たくさんはやだなー」
私も同じなのです。
「ゲドー様はねー。邪悪な大魔法使いって呼ばれてたみたいだけど、なんかね、そこまで邪悪じゃない気がするんだよー」
「そうだな。意外と話せばわかってくれる人だと思う」
「ワタクシも賛成ですわ。まあわがままで不遜で自信過剰で独善的ですけれど……」
「あはは。それはボクもそう思うよー」
私は微かに笑んだ。
皆、同じ気持ちだとわかったのです。
きっと皆、ゲドー様にあんまり残虐になってほしくない。
外道でもいいけれど、非道にはなってほしくない。
なぜなら皆、ゲドー様に好意を寄せているから。
わがままで不遜で自信過剰だけれど、強くて、確固たる自分というものを持ち、どんな絶望的な状況でも絶対に何とかしてくれるゲドー様に惚れてしまっているから。
だからゲドー様には、悪者になってほしくないのです。
善人でなくてもいい。
傍若無人でもいい。
ただ、上手く言えないのですが、何というか。
好きな人には、悪人でいてほしくないのです。
理屈ではなく、感情でそうなのです。
長年、城で孤独に過ごしてきた私がこんな感情を持てるようになったのも、ゲドー様のおかげなのです。
「決まりだな。ゲドー様が目を覚ましたら、皆で説得しよう」
「えー。説得なんて聞いてくれるかなあ」
「望み薄ですわ……」
私もそう思うのです。
でもゲドー様は決して、会話が成立しない人ではないのです。
自分の中の独自の価値観に反しない限りは、話を受け入れてくれる器量を持っていると思うのです。
「話をしてみるのです。それで駄目なら……」
「ダメなら?」
「力づくしかありませんわ」
オッヒー様の言葉に、私は頷く。
「しかし力づくは、余計に分が悪いと思うが……」
「ボクたち、ゲドー様に勝てるの?」
「とてもではないですが、自信がありませんわ……」
ゲドー様は魔王さえ打ち倒す、自他共に認める最強の大魔法使いなのです。
普通に考えれば勝負にすらならないのです。
でも。
「秘密兵器があるのです」
「秘密兵器?」
私は愛用の杖で、トンと地面を突いた。
「この杖は、500年前から存在するマンマールの国宝なのです」
「国宝ですの?」
「はいです」
国宝だからこそ、私はこの杖を絶対に手放さなかったのです。
「500年前にゲドー様を封印した神官たちは、ゲドー様がいつの日か復活することを憂慮したのです」
「まあ封印っていつかは解けるもんね」
「はいです。なので当時の神官たちは、ゲドー様が復活したときに備えて一つのマジックアイテムを作成したのです」
「それがその杖なのか?」
キシリーさんがしげしげと杖を眺める。
私は杖を高々と掲げた。
「その名もゲドー・デストロイヤーなのです」
「何その安直な名前」
「ダサいですわ」
「うむ……」
私のネーミングではないのです。
「ともかくこのゲドー・デストロイヤーを使うと」
「ゲドー様をデストロイしちゃうの?」
「しないのです」
したら困るのです。
「ゲドー様の魔力を数十分の一に抑えることができるのです」
「つまり?」
「ゲドー様が、私たちでも勝てるかもしれないくらいのポンコツ魔法使いになるのです」
「それはポンコツだな」
「でもゲドー様って今でも意外とポンコツだよね」
「そうですわね」
そうなのです。
でも、そこがまたいいのです。
「ゲドー様を倒して無力化したら、私がゲドー様の魔力を再封印するのです」
「再封印か……」
「ゲドー様にとっては、恐らく屈辱の極みですわ」
「ボクはゲドー様がいてくれれば、大魔法使いじゃなくなってもいいよー」
「そうだな。私もだ」
「ええ」
力を再封印されたゲドー様がどうするかは、私たちにはわからないのです。
でもゲドー様が国を滅ぼし、大陸中を敵に回して暴れ回るよりはよっぽどマシなのです。
「でもゲドー・デストロイヤーを使ってもゲドー様に負けちゃったら?」
「ゲドー・デストロイヤーの効果は永続しないので、ゲドー様は予定通りマンマールに復讐すると思うのです」
「ゲドー様のことだ、勢いがマンマールだけに留まるかも怪しいな……」
「はいです。私たちがゲドー様を止められるかどうかが、大陸の命運を決めるのです」
私たちはそれぞれ頷き合う。
「あのね。ボク、ゲドー様好き。だから止めたい」
エルルはきっぱりと言い切った。
「私も、その、げ、ゲドー様のことは好きだ。だから……」
キシリーさんが頬を染めながら言う。
「不本意ながら、わ、ワタクシもですわ……」
オッヒー様も顔を赤らめる。
「私もなのです」
私は手を差し出す。
エルル、キシリーさん、オッヒー様は順番に私の手に手を重ねる。
円陣の形になった。
「説得をがんばるのです」
「おー」
「それで駄目なら戦いをがんばるのです」
「おー!」
「絶対に負けないのです」
「おー!!」
私は皆の目を見た。
「私たちは仲間なのです」
「おー!!!」
私は孤独だったのです。
でも今の私は、エルル、キシリーさん、オッヒー様のことを仲間と呼ぶことができるのです。
それがとても嬉しいのです。
「何だかマホって、勇者みたいだねー」
「私は魔法使いなのです」
「そうだけど、でも勇者みたい」
「さしずめゲドー様が、真の大魔王ですわ」
「ふふっ、これほど大魔王が似合う人もいないな」
私は勇者ではないけれど。
ゲドー様を止められるなら、この一時だけは勇者になるのです。
ゲドー様はたぶん、私たちに対して恋愛感情はないのです。
だからきっと、私たちの気持ちは恋という形では報われないのです。
でも。
それでも。
他でもない私たち自身のために。
ゲドー様を止めるのです。




