マホの口づけ
外はもう暗い。
マホは俺たちを、街道を外れたところにある小屋に案内した。
「廃棄された猟師小屋を、勝手に借りているのです」
小さな小屋だが、廃棄されたわりに中はしっかりしていた。
キッチンもベッドもあるし、小さいながら暖炉もある。
手入れが行き届いているのは、マホがきちんと掃除していたからだろう。
「皆さん、また会えて嬉しいのです」
マホが一同を見渡す。
「ボクも嬉しいよー。元気そうでよかったー!」
エルルはマホの両手を取って、ぶんぶんと振る。
「マホが無事でよかったですわ」
オッヒーは安堵の表情を浮かべている。
「ああ、安心した。それと魔王討伐、お疲れ様」
キシリーも目を細めてマホを見つめている。
それぞれに再会を喜んでいるようだ。
「ゲドー様もご無事で何よりなのです」
「この俺を誰だと思っている」
「最強のゲドー様なのです」
「その通りだ」
マホは存在を確認するように俺をぺたぺたと触る。
それから大切そうに、俺の首をぎゅっと抱き締めた。
「マホ。大儀であった」
「……はいです」
俺が褒めてやると、マホは嬉しそうにした。
「皆さん。ゲドー様を運んでくれてありがとうなのです」
マホがぺこりと頭を下げる。
「気にしないで! ボクもゲドー様に助けてもらったし」
「お安いご用ですわ」
「ささやかだがゲドー様の役に立ててよかった」
エルル、オッヒー、キシリーの返答に、マホはもう一度頭を下げる。
「ところで今更なのですが、どうしてゲドー様は首だけなのです?」
「貴様に再生能力を分け与えてやったからだ」
「あ」
マホは合点がいったようだ。
「ではゲドー様はこれからずっと首だけなのです?」
「そんなはずがあるか。分け与えた再生能力を返せ」
「わかったのです」
マホはあっさりと頷いた。
「……ワタクシが口を挟むことではありませんが、いいんですの? マホも再生能力を持っていたほうが何かと安心ですわ」
「元々、私のものではないのです。いただきものは返すのです」
「そうですの……」
本人がいいと言っているのだ。
オッヒーもこれ以上は口を挟まない。
「どうすれば返せるのです?」
「今度は貴様が俺に分け与える形になる。貴様から口づけをしろ」
「……口づけなのです?」
「そうだ」
マホは俺の言葉を反芻して、ほんのりと顔を赤らめた。
何だその反応は。
一度しただろうが。
「ほ、ほんとにするの?」
「まあ、あのときもそうでしたものね……」
「く、口づけ……」
エルルとキシリーがドキドキしている。
オッヒーは平然を装っているが、ちらちらとマホを見ている。
「……わかったのです」
マホが俺の首をベッドに横たえる。
「さっさとしろ」
「心の準備がいるのです」
「俺はいらん」
マホが俺の顔を覗き込む。
一瞬躊躇してから、唇を近づける。
「わー」
「こ、子供は見てはいけませんわ!」
「ボクはエルフだから、オッヒーより年上だよー」
「く、口づけをする以上、2人は夫婦にならなければ……」
こいつらうるせえ。
「ん……」
マホが赤い顔のまま、俺の唇に唇を重ねた。
よし。
口を通じて、俺の中に力が流れ込んでくる。
元は俺の一部だった、超人的な再生能力だ。
「……」
マホはじっと唇を重ねている。
耳まで赤くなっている。
こいつ、口づけごときでこんなに恥ずかしがる奴だったか?
この程度あっさりこなしそうなものだが。
まあどうでもいいか。
大事なのは、この俺に力が戻ってきているという事実だ。
再生能力が元に戻れば、このゲドー様は本当の意味で完全復活したといえよう。
「……」
力の流入が終わった。
マホが唇を離した。
マホは自分の胸に手を当てて、一度息をついた。
「ゲドー様、どうなのです?」
「よい」
うむ。
よいぞ。
再生能力の復活を感じる。
まだ首だけしかないが、すでに手足が存在しているような感覚だ。
「わー。ほんとに口づけだったよー」
「何だと思ってましたの……」
「オッヒーだってドキドキしてたくせにー」
「なっ、し、してませんわ」
「わ、私もゲドー様と……いやしかし……」
こいつらやかましいわ。
「悪くない。しばし待て」
「待つのです?」
「今は夜だが、この調子なら夜明けには身体が完全復活しているだろう」
「わかったのです」
俺から離れるマホ。
「俺は夜明けまで眠る。邪魔をするな」
「はいです」
ククク。
ふはははは!
目覚めたときには俺の身体は元に戻っているはずだ。
つまり、ようやくだ。
ようやく憎きマンマール王国に復讐を果たすときがやってくるのだ。
待ち侘びたぞ。
復活したら、すぐにマンマール王国に向けて出発だ。
ヒメールを含む下等な愚民どもを、恐怖と混沌の渦に叩き落としてやる。
邪悪なる大魔法使いゲドー様がどういう存在かを、徹底的に知らしめてくれるわ。




