マホは御者もできる
翌朝。
わざわざヒメール自ら王城の正門まで見送りに来た。
「豪華ではありませんが頑丈な馬車を用意させました」
屋根がついていない馬車だ。
確かに豪華ではない。
しかし恐らくは軍用で、兵士を運ぶためのものと思われる。
車輪ひとつ取ってもしっかりとした造りだ。
馬車を引く馬も、がっしりとしていかにも健康そうなものが一頭。
荒地にも耐えうる仕様だ。
まあ俺は馬車にこだわりはないから足代わりになれば何でも構わん。
俺は漆黒のローブを翻す。
これもヒメールが用意したものだが、黒色というのがいい。
やはり魔法使いは黒くなくてはいかん。
ちなみにマホのローブは黒に近い藍色だ。
これはこれでダークな色合いだから、まあ許してやろう。
「それと少ないですが旅費を」
ずっしりと金貨が入っているであろう革袋を、ヒメールがマホに手渡す。
「マホ。期待しています」
「善処するのです」
どこか不安げなヒメールと違い、マホは涼しい顔だ。
無表情ともいう。
「大魔法使いゲドー様も頼みました」
「誰にものを言っている」
俺は馬車に乗って腰を下ろす。
ふかふかのクッションが設えてある。
気が利いているじゃあないか。
「それでは出発するのです」
マホが御者席に腰掛ける。
こいつが御者かよ。
実はヒメールはもう少し盛大な見送りをやりたがったが、俺が鬱陶しいと一蹴した。
勇者扱いなど御免だ。
虫唾が走る。
ちなみに護衛の騎士をつけましょうかとも抜かしやがったが、もちろん断った。
足手まといが増えるだけだ。
そもそも何が悲しくてむさい男を同行させないといかんのだ。
同行させるなら女に限る。
「えい」
マホが馬にピシリと一発。
馬車が動き出す。
馬車は王都の中央通りを進んでいく。
俺は道すがら街並みを眺める。
誰も注目していない。
そりゃあそうだ。
まさかここにいるのが500年前の伝説の大魔法使いなどと、夢にも思うまい。
しかし俺は一つ気になった。
「マホ」
「はいです」
「今の時代は本当に、俺が封印されてから500年後か?」
マホがちらりと俺を見て、小首を傾げる。
「500年も経てば、本来なら文明レベルは見違えるほど変わっているはずだ」
だが流れ行く街並みは、確かに500年前と比べて多少は洗練されているが、大きな違いはない。
数十年後と言われても納得してしまう程度だ。
「200年前の魔王との戦いのせいなのです」
「あん?」
「大陸全土が大規模な戦災に遭い、それまで順調に発展していた文明がことごとく破壊されたのです」
そういうことか。
大きく後退した文明レベルを、200年かけて現状まで復旧させたわけだ。
「そのときに魔法使いも大きく数を減らしたのです。今の時代、魔法使いは希少なのです」
「なるほどな」
昨日の翼竜襲撃のときに、マホ以外に魔法使いの姿がないのが気になっていた。
何のことはない、単純に戦いの場に出られる人材がいなかったのだろう。
「そういうわけでどの国も、そんな力を持つ魔王とまた戦いたくないのです」
「ふん、腰抜けどもが」
その挙句が、邪悪なる大魔法使い様に丸投げという結果に繋がったわけだ。
まあそのおかげで俺は復活できたわけだが。
「で、魔王の居城とやらはどこにある」
「大陸の北端なのです」
「そうか」
聞きたいことを聞けたので、俺はごろりと横になる。
馬車の振動はクッションで緩和されているため、まあ我慢できないほどではない。
「道中、暴れている魔物がいたら倒しながら進むのです」
「おい、余計なことをするな。まっすぐ行け」
「姫様の命令なのです」
「面倒だ」
「道すがらだけなのです」
ちっ。
まあいい。
魔物など俺の敵ではないし、魔王の居城に着くまでの我慢だ。
「おい、しもべ」
「ゲドー様のお付きにはなりましたが、しもべになった覚えはないのです」
「お前はもう俺のものだ」
「マホなのです」
くそが。
やはり今の俺では我慢を強いられることが多い。
力が足りないからだ。
絶対的強者であった頃の俺は、いらん我慢をする必要もなかった。
全てはこの忌々しい封印のせいだ。
こいつ相手でもある程度の妥協をして、さっさと封印を解除させるしかない。
「マホ」
「はいです」
「さっさと魔王を殺すぞ」
「はいです」
マホの表情はわからないが、声色はどこかしら嬉しげにも聞こえた。
名前を呼ばれるのがそんなにいいのか。
「ゲドー様」
「何だ」
「ゲドー様なら魔王など余裕なのです」
「当然だ」
「何といってもゲドー様なのです」
「ふん、まあな」
まあな。
うむ。
こいつは役に立つ。
すでに俺のものでもあるし、今後は名前で呼んでやろう。