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生首を抱えたエルル

 かっぽかっぽ。


 俺たちはロバに乗って街道を進む。

 エルルが手綱を握り、生首だけの俺はエルルに抱えられている状態だ。


「このゲドー様ともあろう者が様にならん。やはり上等な軍馬を買うべきだったのだ」

「そんなお金ないよー。それに生首じゃ何だって様にならないと思うよ……」


 かっぽかっぽ。


「ロバなど下等な平民が乗る生き物ではないか」

「ボク平民だもん。それにロバって体力あって頑丈なんだよ! 頭もいいんだよ! 馬より遅いけど」

「俺は急ぐのだ」

「もーっ。ゲドー様わがままだよー」


 かっぽかっぽ。


「ねーねーゲドー様」

「何だ」

「さっきからすれ違う商人さんとかに、ちらちら見られてる気がするよ」


 そりゃあ生首を抱えていればそうだろう。


「貴様の魅力が人の視線を引き付けるのだろう」

「えっ、ほんと? えへへー」


 照れたように笑うエルル。

 単純な奴だ。


 まあこいつはエルフだけあって、見目麗しいのは事実だがな。


 エルルは上機嫌になって長い耳をぴこぴこさせている。


「ねーねーゲドー様」

「何だ」

「さっき商人さんたちが話してたけど、北のほうの大陸が一部消滅しちゃってるって」

「俺が消滅させた。魔王を倒したときにな」

「やっぱりゲドー様かあ。どれだけすごい魔法だったんだろう」


 エルルは基本的に明るい。

 お喋りが好きなのだろう。


 まあ後ろ向きな愚民など何の価値もないから、ポジティブなほうがまだマシだ。


 かっぽかっぽ。


「ねーねーゲドー様」

「いい加減やかましいわ」

「えーっ。ボク、ゲドー様ともっと話したい」

「ふん。まあ大陸最強である俺のことをもっと知りたいというのは、ごく自然な感覚ではあるな」

「うん! ボク、ゲドー様と一緒にいるの好き」


 無邪気に笑うエルル。

 こいつの言葉には嫌味や毒気がない。

 だから聞いているほうも嫌な気分にならないのだ。


「何で首だけなのに生きてるの?」

「この俺が最強だからだ」

「えーっと、つまり?」

「極めて不老不死に近い境地にいるから、頭を潰されない限り死なんのだ」

「へー!」


 感心するエルル。

 よい。

 もっと崇め奉れ。


 ふとエルルが、ひょいと俺の首の断面を覗き込んだ。


「うわあ。改めて見ると結構グロいよー。肉の断面と首の骨が見えるよ」


 当たり前だ。

 俺を何だと思っているんだこいつは。


「ふふー」


 エルルが俺の首を抱えて、嬉しそうに笑う。


「どうした」

「楽しいなーって」


 そうかよ。


 ロバは街道を進む。



◆ ◆ ◆



 宿場町に着いた。


 寂れてもいなければ賑わってもいない。

 普通の町だ。


 ロバを預り所に預ける。


「マホ。一番豪華な宿を取れ」

「ボクはエルルだよー」


 ……。


 そうだった。

 俺としたことが。


 まあ俺にとっては等しくしもべだ。

 しもべの名前など大して重要ではないから、ろくに覚えていないだけだ。


 ふとエルルが、俺をじ~っと見つめた。


「何だ」

「ううん、何でもー」


 エルルが俺の頭をナデナデした。


「やめんか雑魚エルフ」

「エルルだよー。それよりボクはお金持ちじゃないから、一番豪華な宿なんて取れないよー」

「ちっ、だが最低でも風呂つきの宿を取れ」

「しょうがないなー」


 まあ一国の姫から直々に軍資金をもらっていたマホとは比較できんか。


 エルルは俺を抱えて普通の宿に入った。


「一部屋で!」

「ええっと、お連れ様は……」

「一部屋で大丈夫です!」


 宿の主人が生首を抱えたエルルを見て、目を白黒させている。

 まあ俺の圧倒的な存在感に、平民の主人が恐れ戦くのも無理はないな。


 2階の部屋に行くと、エルルは俺をテーブルに乗せた。


「ゲドー様、ご飯どうしよっか」

「肉だ」

「じゃあボクもお肉にしよ!」


 程なくして従業員が夕食を運んできた。

 あまり上質ではなさそうなステーキだ。


 エルルはフォークで肉を刺すと、俺に差し出した。


「はい、ゲドー様。あーん」

「苦しゅうない」


 むっしゃむっしゃ。


 うむ。

 この俺の口に入る肉としては、いささか物足りない。

 まあこの宿のレベルではこんなものだろう。


「ゲドー様、もっかいあーん」

「よきにはからえ」


 むっしゃむっしゃ。


 エルルは何が嬉しいのか、にこにこしている。

 こいつもよくわからん奴だな。


「不思議だよねえ。胃もないのにどこで消化してるんだろ。魔力のあれこれでどうにかなってるのかな」

「この俺は最強ということだな」

「ゲドー様さすがだよー」



 さて。

 飯を食ったら、次は風呂だ。


「エルル。背中を流せ」

「ゲドー様、背中ないよ?」

「いいから流せ」

「おっけー」


 エルルは服を脱ぐと、身体にバスタオルを巻きつけた。


 種族がエルフだけあって身体つきはすらりとしている。

 胸もマホよりはある。


「隠すほどのものもない分際で」

「さ、さすがに恥ずかしいよ……」


 エルルは少し顔を赤くした。


「よし入るぞ」

「うん!」


 生首だけの俺は背中がないので、エルルは俺の頭をわしゃわしゃと洗う。


 わしゃわしゃ。


 わしゃわしゃ。


 うむ。

 上手くはない。

 人の頭を洗う経験などないだろうしな。


 しかしまあ悪い気分ではない。


 頭を流した後は湯船に浸かる。


「ゲドー様、どうぞ!」


 エルルは俺を湯船に入れる。


「がぼごぼごぼぼぼ!」

「わああーっ。ゲドー様が溺れちゃう」

「沈めるなカスが。死にたいのか」

「ごめんなさいごめんなさい」


 エルルは湯船に浸かると、俺を膝の上にちょこんと乗せる。


「ふう~。お風呂って気持ちいいねえ」

「何だ貴様、風呂に入ったことがないのか」

「エルフはあんまりお風呂の習慣がないんだよー。泉で水浴びが大半かも」


 エルルは目を閉じて気持ちよさそうにしている。


 どうやらこいつも風呂の偉大さを理解したようだ。

 よきかな。


 ふと見ると、エルルは自分の胸をぺたぺたしている。

 こいつマホと同じことやっているな。


「ふん、持たざる者の行動はいつの時代も変わらんな」

「もーっ。持たざる者って酷いよー」

「気にするでない。マホよりは大きい」

「う、うーん……」


 微妙な表情をしている。

 どうやら比較対象に問題があったようだ。


「ゲドー様って大きいほうが好きだよね……?」

「小さいよりはな。だが最も重要なのは形のよさだ」

「そーなんだ」

「左様。まず形ありき。大きさはその次だ」

「そっかあ」


 エルルは何やら安心したようで、また風呂の気持ちよさに浸っている。


 俺も風呂を楽しんだ。

 首だけになってもやはり風呂はいいものだ。



◆ ◆ ◆



 風呂の後は就寝だ。

 別段やることもないからな。


 エルルは俺を枕元に置く。

 そして自分ももぞもぞとベッドに入ってくる。


「邪魔だ。これは俺のベッドだ」

「スペースいっぱい余ってるよー」


 エルルはベッドに横になると、俺の首を抱いた。


「鬱陶しいわ」

「ふふー」


 エルルは嬉しそうだ。

 思えばこいつは今日ずっとこんな調子だ。


「何をそんなに浮かれているボクッ娘」

「えっ、そうかな? そうかも」


 エルルは俺を頭をナデナデする。


「エルフの森を取り戻してくれたときも、シーリィのお店のときも、ゲドー様いっぱい助けてくれたから」

「ふん、俺の力をもってすれば造作もないことだ」

「それでボク、ずっとゲドー様の力になりたいなーって思ってて」


 ほう。

 殊勝な心がけだ。

 しもべのあるべき姿といえよう。


「だから少しでもゲドー様の力になれて、ボク嬉しいんだ」


 えへへーと笑うエルル。


 なるほど。

 恩義に感じているという奴か。


 くだらん感情だ。

 まあしもべとしてせいぜい使ってやるがな。


「それにボク……」


 エルルは顔を赤くして、指をもじもじさせた。

 何だと言うのだ。


「と、とにかくゲドー様のことは、ちゃんとマホのところまで送り届けるよっ」

「そうしろ」

「うん。おやすみ、ゲドー様」


 エルルは俺を抱いたまま、すやすやと眠りについた。


 鬱陶しいがこいつの腕の中はまあまあ寝心地がいい。

 寛大な俺は我慢してやることにした。

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