美味しくいただきました
先手は魔王だった。
「アークレーザー」
カッと口を開くと、そこから黒い閃光が発射される。
以前迷宮で悪魔が使ってきた術と同じだが、込められた魔力は当然その比ではない。
だが温い。
温すぎるわ。
「ふぅははははは!」
俺は拳を握り締めると、その閃光をぶん殴って弾き飛ばした。
強力な魔法障壁を展開している今の俺に、生半可な魔法など通用せん。
「ヌウ……」
「何だその哀れな術は。いいか、魔法とはこう使うのだ」
俺は腕を大きく突き出す。
「メガトン」
範囲を圧縮した爆発魔法が、魔王の顔面に直撃する。
「メガトン。メガトン」
直撃する。
直撃する。
「メガトン。メガトン。メガトン――!」
轟音が連続して響き、衝撃波が周囲の地面を抉り取る。
今の俺のメガトンは山をも吹き飛ばす威力だ。
それを圧縮して叩きつけているのだから、魔王とてただでは済むまい。
だがもちろん、こんなものでは終わらせんぞ。
俺は腕を振り上げ、下ろす。
「ベギン」
斬撃の魔法を魔王に叩きつける。
上級悪魔すら一刀両断する切れ味だ。
魔王がどれほど強固な魔法障壁を張り巡らせていようがひとたまりもなかろう。
「ベギン。ベギン。ベギン!」
立て続けに斬撃の魔法を放つ。
ククク。
肉の一片まで切り刻んでくれるわ。
「ふはははははは! どうした雑魚魔王、手も足も出んか。ベギ――」
「デスタール」
低くくぐもった声が聞こえ、俺はとっさに横に跳んだ。
「ぐが……!?」
だが完全には避けきれず、俺の左腕が黒い球体に飲み込まれて消滅した。
左腕の断面からぼたぼたと真っ赤な血が滴り落ちる。
「ぐうおおお……。馬鹿な……!」
土煙が晴れた後には、無傷の魔王。
無傷。
あり得ん。
どれほど魔法障壁が頑強だろうが、完全復活したこのゲドー様の魔法を凌ぐなど不可能だ。
「ホウ……。伝説に名を連ねるだけあって大した再生力だな、魔法使いゲドー」
俺の左腕はぼこぼこと肉が盛り上がり、もう再生が始まっていた。
ほどなくして腕が元通りになる。
だがそんなことはどうでもいい。
「貴様、あれだけこの俺の魔法を受けておいて無傷だと……」
「フウウウウ……。言ったはずだ。余は力を得たのだと」
「何を馬鹿なことを。ザンデミラー」
完全復活した今の俺には、この程度の魔法であれば詠唱など不要だ。
一挙動で雷の雨を、バチバチと魔王の巨体に叩きつける。
だが。
「何だと……!?」
魔王の身体を守るように、キラキラとした白い光が飛び回り、俺の魔法を消滅させた。
「あれは……。災いから術者を守る守護の上位精霊なのです」
精霊だと?
「馬鹿を言うな。悪魔族が精霊の力など使えるわけがなかろう」
「フウウウウ……。そうだ。精霊の力を使えるのは、エルフ族の特権だ。普通ならな……」
魔王がニタリと口が裂けんばかりに笑う。
「ならばヴァルマ・ゲドンごとき小悪魔が、なぜ精霊の力を使える」
「食ったのよ。エルフをな」
「……何?」
魔王は低い笑い声を漏らす。
「ゲドーよ。貴様に召喚された直後の余は、確かにただの悪魔だった」
「その通りだ」
「貴様に放置されてしばらくたったある日、余は幸運にも、あてどなく彷徨うエルフの姫を見つけた」
「姫だと……」
まさか。
「凄まじい守護精霊の力を宿したエルフの姫だった。余はそれを食らった。こう、頭からバリバリとな……」
魔王は自分の熊のような大口を指し示す。
「するとどうだ。身体には魔力が満ち溢れ、守護の精霊の力まで行使できるようになったではないか。まさに邪神の導きよ……」
小悪魔風情が、分不相応な力を持っていると思ったらそういうことか。
だがそれより気になることがある。
「ヴァルマ・ゲドン。そのエルフの姫とやらの名は何だ」
「さて……? なにぶん、何百年も前のことだからな。何やらセスと言ったか」
「エルンセスか」
「おお、そうだ……。貴様の既知であったか、ゲドー。それは悪いことをしたな……」
愉快そうに笑う魔王。
「ゲドー様?」
「キレーナ森林の族長の娘だ」
「……昔、ゲドー様がさらったという?」
「そうだ。姿を見ないと思ったら、まさか魔王の養分にされていたとはな」
俺は一歩を踏み出す。
「エルンセスはこの俺がさらった。わかるか? このゲドー様が直々に足を運んでやるほどの女だったということだ」
「余の力の一端となったのだ。光栄に思ってもらわなければな」
「黙れ」
俺は魔王を睨みつける。
身体から立ち上る漆黒の魔力が、怒りのあまり強烈に渦巻く。
「俺のものに手を出した貴様には、生きていることを後悔させてやらねばなるまい」
「フウウウウ……。エルフの姫を食らい、更に時経て数多の魔力を食らい、魔王にまで上り詰めた余に勝てるつもりでいるとは傲慢極まることよ」
不遜な態度を崩さない魔王。
このゲドー様を前にしてその思い上がり、許されるものではない。
「マホ」
「はいです」
マホが俺を守るように進み出る。
「200年間溜め込んだ魔力を使い果たしていい。死ぬ気で俺を守れ」
「わかったのです」
魔王が深紅の双眸でぎょろりとマホを見下ろす。
「七賢者風情が、またも余を封印するつもりか? だが数の足りぬ七賢者など恐るるに足りぬ」
「もう封印はしないのです」
杖を突き付けて、魔王を見据えるマホ。
いつもの無表情ではなく、その瞳には強い意志が宿っている。
「200年前の決着をつけるのです。魔王」




