こんにちは魔王
俺の爆発魔法で、魔王の居城は四散した。
「あんな遠くに魔法が届くなんてすごいのです」
マホが驚いている。
確かに魔法というのは、距離が遠くなるほど魔力量と精度が要求される。
だがそんなもの、完全復活したゲドー様にかかれば造作もない。
「やったのです?」
「ふん」
そんなはずはない。
俺の敵ではないとはいえ、仮にも魔王の居城だ。
崩れた城の瓦礫から押し出されるように、わらわらと羽の生えた人影が飛翔する。
いるわいるわ。
遠目に見ても結構な数だ。
「悪魔族の兵隊です?」
「だろうな」
居城と言うだけあって大層な数の悪魔が住み着いていたに違いない。
空に飛び立つ悪魔族の群れは、ざっと見ても数千はくだらない。
「すごい軍勢なのです」
「どうやら魔王は懲りずに人類に戦争を仕掛けるつもりだったらしいな」
そのために悪魔族の兵隊を集めていたのだろう。
全くご苦労なことだ。
悪魔族の群れは、一直線に俺たちのほうに飛んでくる。
どうやらこのゲドー様を敵と認識したらしい。
「ククク……。羽虫どもがこの俺に木っ端微塵にされるために、わざわざ集まって哀れだなあ」
俺は指先で宙に印を描く。
これまでの不完全な詠唱の比ではない。
描かれる印は黒くバチバチと帯電し、共鳴するように俺の身体を黒い波動が駆け巡る。
「ダム・ダム・ジア・ダム・ダム・エーク・エル・リータス」
魔力の奔流が黒い光の柱となってこの俺から立ち上る。
「奈落の大気よ。暗黒の渦よ。漆黒の波動よ。束ねて盛大に爆裂しろ」
俺は唇を歪め、大きく腕を振るった。
「ギガトン」
見渡す限りの大地が大爆発を起こした。
空にはもうもうとキノコ雲が浮かぶ。
距離があるにも関わらず、こっちにまで土煙が飛来する。
「クククク。はははははは! ふははははははははは!」
爽快。
爽快だ。
圧倒的な力でアリの群れを踏み潰すのは大層心地いい。
土煙が晴れたときには、大地に100メートルはあろうかという巨大なクレーターが生じていた。
「……凄まじいのです」
マホが絶句している。
固まっていたのが仇となったのか、悪魔族の雑兵どもは残らず塵と化していた。
普段は無表情なマホも、さすがに言葉を失っているようだ。
さもありなん。
現代に残るいかなる大魔法も、これほどの破壊力を出すことなどできまい。
まあ500年前とて俺ほどの大魔法使いは存在しなかったがな。
「ゲドー様。一匹残っているのです」
マホの指さす先、一匹の悪魔がクレーターの中をゆっくりと歩いている。
そうだろう。
あの爆発で生き残っている奴こそが魔王だ。
それは一言で表現するなら巨大な熊だった。
でかい。
5メートルはある。
そして全身を覆う剛毛は漆黒で、頭からは捻じくれた角が5本も生えている。
悪魔族らしく背にはコウモリのような翼。
爪は長く伸び、目は赤く爛々と輝いている。
魔王は巨大な足でズシンと大地を踏みしめ、俺たちのほうへ歩いてくる。
その馬鹿でかい体躯を覆うように、黒い波動が渦を巻いている。
魔王も俺と同じく、奈落の暗澹たる魔力を力の源にしている証拠だ。
「マホ。馬の丸焼きを魔王に馳走してやりたいのでなければ、さっさとその馬を逃がしてやることだ」
「はいです」
マホは馬車を引く馬の首筋を、そっと撫でる。
「ウマー。今までありがとうなのです」
ウマーはブルルッと返事を返す。
「いちばん近い町まで戻るのです。その後はいいご主人様を見つけるのです」
ウマーは名残惜しそうに鼻先をマホに擦り付けてから、俺たちに背を向ける。
そしてヒヒーンと一声鳴くと、来た道を駆け足で去って行った。
「いい馬だったのです」
馬。
よく北の大地まで俺たちを運んだ。
長旅、大義であった。
ズシン。
大地が震えた。
前方に向き直ると、巨大な魔王が俺たちのすぐ側までやってきていた。
「フウウウウ――」
魔王が息を吐き出す。
深紅の双眸が俺たちを見下ろした。
俺は腕を組み、それを見返す。
「余は魔王ヴァルマ・ゲドンである」
熊のような外見に似つかわしく、牙が並ぶその口からは重苦しい声が響いた。
俺は鼻を鳴らした。
「たかだかいち悪魔が、しばらく見ないうちにずいぶんと偉くなったものだなあ。ヴァルマ・ゲドン」
その言葉に魔王は俺を凝視した。
ややあって、驚きを含んだ声を発した。
「魔法使いゲドーか」
「様をつけろよ毛玉が」
「余を人間の世界に呼び出した張本人が、まだ生きていたとはな……」
魔王はフウウウウと息を吐く。
黒い息だ。
奈落の瘴気だろう。
何の耐性もない一般人なら吸っただけであの世逝きだ。
「俺も驚いた。聞けば下等な悪魔風情が、生意気にもこの大陸を敵に回して戦争を起こしたらしいではないか」
「ゲドーよ。余は、貴様に呼び出されたときの余ではない……。力を得たのだ」
「ほう。今からこの俺に叩きのめされる程度の貧弱な力をか?」
「フウウウウ――」
魔王は低く笑った。
そして、俺の横を見た。
マホが無表情で魔王を見上げている。
「余を封印せし七賢者が一人、マホ・ツカーリエ」
「200年ぶりなのです。魔王」
「脆弱な人間が、まだ生きているとは思わなんだ……。今日は驚くことばかりよな」
魔王は一呼吸置いて、牙が並ぶ口を開いた。
「500年前の魔法使いゲドーに、200年前の七賢者マホ・ツカーリエ……」
魔王の深紅の双眸が、一際強く輝いた。
「余の居城を吹き飛ばし、余が集めた軍勢を灰燼に帰した報いを受ける覚悟はできていような」
「はははははは!」
俺は哄笑した。
報いだと?
このゲドー様にか?
さすがは魔王、笑わせてくれる。
「貴様こそ、この最強のゲドー様を敵に回した報いを身を持って受けろ」
「今日こそ打ち倒すのです。魔王ヴァルマ・ゲドン」
マホが魔王に杖を突きつける。
魔王の目が細められた。
「よかろう。脆弱な人間どもよ、望み通りこの場で朽ち果てるがよい」
ククク。
愚かな魔王が、一瞬で消し炭にしてくれるわ。




