邪悪なる大魔法使いゲドー様
馬車は荒野を進む。
もう街道と呼べるものは形すらない。
ガタゴトと馬車が揺れて大変不愉快だ。
しかし馬車を引く馬は実に健康で、荒地をものともせず堂々と闊歩している。
この馬を見立てたヒメールの目は確かだったわけだ。
「結局、ウマーには最後までお世話になったのです」
「ウマーとは何だ」
「この馬の名前なのです」
勝手に名前を付けていたらしい。
「センスが悪い。漆黒のダークネスサンダーに改名しろ」
「最悪なのです」
がらごろ。
ここ数日、空はずっと曇りだ。
恐らく自然に任せた天候ではあるまい。
まあ俺としては太陽の下よりよほど心地いいがな。
更に馬車を進めると、空をコウモリの群れが舞うようになってきた。
いかにもな雰囲気だ。
がらごろ……ぴた。
マホが馬車を止めた。
「どうした」
「あれなのです」
マホの指さす先、前方。
まだ遠目だから小さく見えるが、確かに城があった。
古びた城だ。
大して豪華でもなければ大きくもない。
せいぜい小国にありそうな規模の建造物だ。
「あれが魔王の居城というわけか」
「はいです」
ようやくだ。
ようやく辿り着いた。
このゲドー様が完全復活する舞台にだ。
この日をどれだけ待ち侘びたことか。
最強の存在たるゲドー様が、どれだけ耐え忍んだことか。
俺は口角を吊り上げた。
「マホ。俺の封印を完全に解除しろ」
「はいです」
俺は馬車の上に仁王立ちになる。
マホはそんな俺の目の前に佇んだ。
「封印はあと2段階残っているのです」
「魔王を前にして、封印を残しておく意味があるか?」
「ないので、一気に解除するのです」
「そうしろ」
マホが、俺の顔をじ~っと見つめてきた。
じ~っ。
じ~っ。
「何だ」
「ゲドー様。魔王を倒してくださいです」
マホの声音には僅かに悲痛な色が含まれていた。
200年前の魔王大戦を思い返しているのだろう。
大陸全土が戦災に巻き込まれ、惨憺たる状況だったらしいからな。
だがそんなことは関係ない。
俺は鼻を鳴らした。
「誰にものを言っている。このゲドー様は最強だ」
俺の答えに、マホは目を細めて笑んだ。
マホが俺の胸に手を当てる。
口の中で、呟くように詠唱を開始する。
言わずと知れた封印解除の詠唱。
聞くのはこれで3度目だ。
マホの青い髪がふわりと舞う。
ローブがはためく。
それに同調するように、俺のローブもバサリと舞い上がる。
「七賢者が一人、マホ・ツカーリエが命じるのです」
俺の胸にぼんやりと青い光が灯る。
「ゲドー・ジャ・アーク様にかけられた封印を全て解除するのです」
パキン。
パキン。
錠が外れるような音が、2度響いた。
「おおおおお――!」
俺は咆哮した。
俺の身体から漆黒の波動がバリバリと放たれる。
魔力の渦が竜巻のように荒れ狂う。
それに弾かれて、マホの小さな身体がころころと吹き飛ばされた。
空にかかった灰色の雲が、俺を中心として渦巻きのように流れている。
ごうごうと音がする。
俺が放つ漆黒の魔力が吹き荒れている音だ。
「ふ――、ふははははは。はははははははは!」
全身の筋肉に力が漲る。
俺の引き締まった体躯が、メキメキと一層逞しくなった。
闇を象ったような漆黒の髪が、ざわざわと逆立っている。
お肌もつやつやになった。
「はははははははははは! はははははははははははははは!」
俺は狂ったように哄笑した。
歓喜の笑いだ。
これだ。
この感覚だ。
間違えようもない。
500年前。
邪悪なる大魔法使いとして大陸中を荒らし回った、最強の存在。
これこそが真なるゲドー様の力だ。
「……凄まじいのです」
マホが俺を見つめて、呟いた。
無理もない。
現代の脆弱な魔法使いもどきとは比較にならないほどの圧倒的な魔力。
200年を生きたマホでさえ、俺ほどの魔法使いを目の当たりにするのは初めてだろう。
そして完全に封印が解けた今の俺は、魔力の自然回復も復活している。
つまり心身ともに、全盛期のゲドー様に戻っているということだ。
俺は一歩を踏み出す。
漆黒の波動が、俺の挙動にバリッと追従する。
「ではゲドー様、魔王の居城に近づくのです」
「不要だ」
「え?」
目をぱちぱちするマホ。
俺は腕を振るった。
「メガトン」
魔王の居城は爆散した。




