いっしょに野宿
馬車は街道を北上していく。
このあたりになると、もう町も見かけない。
誰だって魔王の居城の近くになど住みたくないからな。
もちろん街道もきちんと整備されているものではなく、かろうじて地面が固められている程度だ。
その周辺は荒野と呼んでも差し支えない有様である。
見渡してもほとんどが茶色い景色で、草木はまばら。
石や岩ばかりごろごろしており、殺風景もいいところだ。
「マホは魔王の居城の正確な位置を知っているのだな?」
「はいです。200年前と変わっていなければ」
「ならばいい。一直線に行け」
魔王四天王は全滅させた。
残るは魔王だけだ。
俺の召喚した魔王ヴァルマ・ゲドンがこの500年でどれほど力をつけたか知らんが、所詮は悪魔風情。
このゲドー様の敵ではない。
がらごろ。
馬車は進む。
「ゴッブーーー!」
突然、数十匹のゴブリンが飛び出してきた。
「キロトン」
ドッゴーーーン!
ゴブリンは全滅した。
「構わず進め」
「はいです」
がらごろ。
「オッガーーー!」
数匹のオーガーが現れた。
「メガトン」
ズッドーーーン!
オーガーは全滅した。
「進め」
「はいです」
がらごろ。
「ヒッリューーー!」
飛竜の群れが現れた。
「ザンデミシオン」
ドッゴオオオオオ!
焼き鳥が出来上がった。
「さすがに魔王に迫っているだけあって魔物が増えてきたのです」
「鬱陶しいな」
俺は飛竜焼きをムッシャムッシャと齧りながら前方を見る。
荒れ果てた大地が延々と続いている。
魔王の居城とやらが見える気配もない。
「マホ、あとどれくらいだ」
「さすがに今日明日では着かないので、もう少ししたら野宿をするのです」
「ふん。よかろう」
じき日が落ちるしな。
◆ ◆ ◆
大きな岩の陰にテントを張ることにした。
もちろんそんな雑事はマホの仕事だ。
マホはんしょんしょと支柱を立てている。
それに布を張って地面に杭を打ち、テントを作っている。
それはいい。
問題はここに風呂がないことだ。
野宿だから当然というのは弱者の理屈だ。
強者の理屈は、なければ作ればよい。
しかし地面に穴を掘るだけではいかん。
水は土に染み込むし、掘った穴に水を流し込むだけでは水がすぐに汚れる。
穴を開けるなら土ではなく、もっと硬い岩だ。
幸いここには大きな岩がいくらでも転がっている。
俺は手近な岩の上に、浮遊の魔法で登った。
なかなか巨大な岩だ。
てっぺんに人が入れる程度の穴を開けても、割れる心配はあるまい。
「キロトン」
俺は範囲を厳密に圧縮した爆発魔法で、岩のてっぺんに穴を開ける。
「キロトン。キロトン」
うむ。
よし。
このゲドー様が入るには少々狭いが、それでもかろうじて湯船と呼べる程度の大きさの穴はできた。
続いて俺は風の魔法で、穴に残った土埃や岩の破片を吹き飛ばす。
やはり湯船は清潔でなければいかん。
「キリエ」
どん。
巨大な氷の塊を、穴の中に出現させる。
「ホノエ」
続いて火の魔法で、その氷をじわじわと溶かす。
一瞬で蒸発させないように緻密なコントロールが必要とされる。
この最強の大魔法使いゲドー様は、技術的な面でも抜かりはない。
やがて岩湯船に、なみなみと水が張られた。
よい。
我ながら惚れ惚れする出来栄えだ。
全くこの俺は何をやらせても完璧だな。
後はいざ入る段になってから、湯を沸かせばよかろう。
俺は浮遊の魔法で、テントの場所まで戻った。
「おかりなさいです」
すでにテントは張り終えており、マホは鍋でぐつぐつ料理をしていた。
「今日は何だ」
「肉と野菜のシチューなのです」
「ほう、早くよこせ」
「まだ作ってる最中なのです」
「俺は腹が減った」
「もうちょっとなのです」
「急げ」
ぐつぐつ。
ぐつぐつ。
ぐつぐつ。
まだか。
ぐつぐつ。
ぐつぐつ。
今日は妙に時間をかけるな。
「できたのです」
「待ちかねたぞ」
「どうぞです」
マホが皿によそったシチューを渡してくる。
俺はスプーンでそれをかっ食らう。
む。
肉ははらりと口の中で解れ、野菜もしっかりと柔らかく煮込んである。
シチュー自体にも肉と野菜の味が染みており、単調ではなく飽きさせない味に仕上がっている。
なるほど。
時間をかけただけあって悪くない。
俺はひたすら食らう。
食らう。
「お代わりだ」
「はいです」
マホがよそう。
俺は食らう。
食らう。
ふと気がつくと、マホがじ~っと俺のことを見つめている。
「何だ」
「食欲旺盛なのです」
「なかなか美味だからな」
「よかったのです」
マホは嬉しそうに笑んだ。
「ゲドー様に料理を作る機会も、あと数日かもしれないのです」
なるほど。
そういうことか。
だからいつにも増して時間をかけて作ったのだ。
「くだらん。貴様は永遠に、この俺に料理を作り続けるのだ」
「はいです」
「未来永劫、貴様はこのゲドー様のしもべだ」
「はいです」
マホが静かに答える。
「貴様は俺のものだ。それを忘れるな」
「……はいです。ゲドー様」
マホは柔らかく目を細めた。
◆ ◆ ◆
「ホノエ」
俺の火の魔法で、岩の湯船は程よい温かさに仕上がった。
「入るぞ」
「はいです」
俺は無論、全裸だ。
この荒野で全裸。
ふはははは、素晴らしい解放感だ。
俺は湯船に浸かった。
「お邪魔するのです」
マホは貧相な身体にバスタオルを巻いてから、同じく湯船に入ってくる。
うむ。
ぎゅうぎゅう。
「おい、狭いぞ」
「湯船が狭いのです」
ぎゅうぎゅう。
「もっと端に寄れ」
「これ以上寄ると潰れてしまうのです」
「潰れるものなど持ち合わせてなかろう」
「酷い言い草なのです」
ぎゅうぎゅう。
「仕方ないのでこうするのです」
マホが俺の膝の上に、ちょこんと座った。
「これならゲドー様も足を伸ばせるのです」
「まあよかろう」
こいつは軽いしな。
「温かいのです」
「うむ、いい湯だ」
マホは気持ちよさそうに、はふぅと息を零している。
やはり風呂はいい。
いかなる場所であっても風呂を探求する精神こそ、強者の心得と言えよう。
それがたとえ何もない荒野であってもだ。
俺たちはしばし風呂の温かさを楽しむ。
言葉は不要。
500年前にほしいものをほしいだけ奪ったこの俺にしても、風呂という快楽だけは未だ飽きることがない。
「ゲドー様」
「何だ」
俺の目の前にマホの頭がある。
マホは前を向いているため表情は見えない。
「ゲドー様ならきっと、魔王を倒せるのです」
「無論だ」
この俺に倒せないものなどおらん。
マホは一拍置いて、言葉を続ける。
「魔王を倒した後は、やはりマンマール王国に復讐するのです?」
「当然だ」
最強たるこのゲドー様を500年間も封印するという舐め腐った真似をしてくれたのだ。
許してやるという選択肢など存在しない。
「考えは変わらないのです?」
「変わると思うか?」
「思わないのです」
そう。
俺もマホもわかっている。
魔王を倒した後、俺たちは必ず敵対する。
マホとて200年もの間、マンマール王国に世話になってきた身だ。
義理も情もあろう。
そうでなくとも、こいつはマンマールの宮廷魔法使いだ。
俺がマンマールに敵対するのなら、こいつはそれを止める立場にある。
魔王と戦う前に、こいつは俺にかけられた全ての封印を解除する。
そしてひとたび封印が解ければ、俺は500年前の――邪悪なる大魔法使いと呼ばれた全盛期のゲドー様に戻る。
そんな俺と戦っては、マホに一分の勝機もあるまい。
むしろ戦いと呼べるものにさえならんだろう。
マホがそれに対して何を考えているのか、どのような策を練っているのか。
そんなことに大して興味はないし、毛ほども心配していない。
俺のやることはただ一つ。
二度と歯向かえんほど圧倒的な力で屈服させ、改めて俺のしもべとして隷属させてやるだけだ。
「ゲドー様」
「何だ」
「今の時間が、ずっと……」
マホは何かを言いかけたが、途中で止めた。
「お風呂、気持ちいいのです」
「この俺が作ったのだから当然だ」
「はいです。ゲドー様はすごいのです」
「もっと讃えろ」
「ゲドー様は最強なのです」
「ふはははは。そうだろう」
この夜はずいぶんと長湯した。




