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メッチャモグモグ選手 VS ゲドー様

 町に着いた。


「ここはもう大陸の北部なのです」


 北の町か。


 もっと寂れているかと思っていたが、予想よりも賑わっている。

 それに町の各所から美味そうな香りが漂ってくる。


「この町は料理人の町と呼ばれているのです」

「ほう」


 つまり料理が美味いということだろう。

 これは楽しめそうだ。


 そんなことを考えながら、マホと並んで大通りを歩く。


 すると何やら前方に人だかりができていた。

 大声も聞こえてくる。


「さあさあ、もう帝王に挑戦する奴はいないか!?」


 帝王だと?


「誰かいないか? 無敗の帝王メッチャモグモグ選手に勝てば、賞金も出るぞ!」


 どこかで聞いたような煽り文句だな。


 前方を見ると大きな野外向けのキッチンが設えてあった。

 そこにエプロンをつけた巨漢の男がふんぞり返っている。


 とりあえずそのツラでペンギン柄のエプロンはどうかと思うぞ。


「さあさあ! 幾多の料理人と戦ってただの一度も敗北はなし! 最強の料理人メッチャモグモグ選手に挑む奴はいないかー!?」


 何い、最強だと?

 このゲドー様を差し置いて最強を名乗るとはいい度胸だ。


「さあさあ! 三ツ星レストランのシェフともレイモンドセレクション金賞のシェフとも互角の腕前を誇る帝王を、見事打ち倒してやろうという猛者はいないかー!?」


 俺はずいっと一歩進み出た。


「おい、そこのデカブツ。メッチャバクバク選手とは知り合いか?」

「奴は我の弟よ。我らが兄弟は共に食の境地を究めようと誓い合ったのだ」


 なるほど。

 弟が食べる側で、兄が作る側というわけか。


 まあお前の弟はイカサマで無様な姿を晒していたわけだが。


「貴様が挑戦者か? まあ最強の料理人たる我に敵うはずもないがな」


 グハハハハと笑うメッチャモグモグ選手。


 ほう。

 この俺を挑発するとは、よほど命がいらないらしいな。


 と、俺より先にマホが一歩進み出た。


「私が挑戦するのです」

「何だ貴様は。子供はすっこんでいろ」


 メッチャモグモグ選手の言葉を意に介さず、マホはキッチンまで歩いていく。

 そしてリンゴと包丁を手に取る。


 ヒュパッ、シュパ――ッ!


 リンゴは瞬く間に、見事なウサギさんになった。


「おおーっ!」


 マホの惚れ惚れするような包丁捌きに、観客がどよめく。


「怖気づいたのでなければ、かかってくるのです」


 マホがリンゴをはむはむしながら、無表情でメッチャモグモグ選手を睨みつける。


「グハハハハ、我に挑む資格はあるようだな。よかろう、お題を決めろ」

「ではチョコレートケーキで勝負なのです」


 名勝負の予感からか、観客がざわざわと盛り上がっていく。


「さあーっ! ではメッチャモグモグ選手とチビッ子のチョコレートケーキ対決だーっ!」

「マンマールの魔法使いマホなのです」

「まん丸い魔法使いマホだーっ!」


 おおーっ。

 ざわざわざわ。


 観客どもうるせえな。


「では勝負始めーっ!」


 マホの出足は早かった。


 クリームチーズをボウルに入れ、シャカシャカと泡立てる。

 滑らかになったら砂糖と卵を加え、更にココアとブランデーも混ぜ込む。


 シャカシャカ。


 鍋でクリームチーズを温めて、そこにチョコレートを投入。

 なおもかき混ぜる。


 シャカシャカ。


 それを型に流し込み、魔法のオーブンを適温に合わせて焼く。


 チーン。


 焼き上がったら粗熱を取って魔法の冷蔵庫へIN。


「完成なのです」


 おおーっ!

 すごいぞあの子!

 プロのパティシエかーっ!


 ざわざわ。


「マホ選手、これはすごいーっ! 宮廷パティシエもかくやの鮮やかな腕前だーっ!」


 解説も観客も大盛り上がりだ。


 さもありなん。

 出来上がったチョコレートケーキは繊細かつ華麗な装飾が施されており、チョコレートの香りも相まっていかにも美味そうだ。


 まあマホの腕前ならこの程度は当然だろう。

 メッチャモグモグ選手とやらがどれほどできるか知らんが、もはや勝負あったな。


 そう思ってメッチャモグモグ選手を見ると、何やらもごもごと呟いている。

 あれは魔法の詠唱か?


 そして――。


「うおおおおーっ! こ、これはあーっ!」


 クリームチーズを泡立て、砂糖に卵、ココアとブランデーを投入。

 温めてチョコレートも投入。

 オーブンでチン。

 冷蔵庫へIN。


 凄まじい手際だ。

 マホと数分違わぬ手並みでありながら、マホの倍ほどの速さで仕上げやがった。


 うおおーっ!

 ば、化け物だ!

 さすがは無敗の帝王だ!


 観客はマホのときより盛り上がっている。


 マホは信じがたいものを見たような表情をしている。


「さあーっ。では食べ比べだ!」


 審査員が食べる。


 もぐもぐ。

 もぐもぐ。


 ……。


「味は五分! どちらも超絶美味! 作業の鮮やかさを鑑みて、メッチャモグモグ選手の勝利ーっ!」

「グハハハハ! 我に挑むのは100年早かったようだな!」


 うおおおおーっ!

 帝王!

 帝王!!


 マホがしょんぼりと戻ってきた。


「負けたのです」

「グハハハハ! 我が模写の魔法こそ最強だ。相手が悪かったな、チビッ子」

「模写なのです?」

「そうとも。たとえ世界一の料理人だろうと、その腕前を完璧に模写できる我に敵はなし」


 なるほど。

 模写の魔法か。


「くだらん。いかにも小物が好みそうな小細工だな」


 俺はローブをバサアと翻し、キッチンの前に立つ。


「次の挑戦者は貴様か」

「ゲドー様と呼べ」

「いかほどの腕前なのだ?」

「世界最強だ」


 その言葉に、メッチャモグモグ選手の目が光る。


「グハハハハ。それは不運だったな。その世界最強の腕前が、そっくり貴様に返ってくるのだ」

「このゲドー様に敗北はない。吠え面のかき方を練習しておけ」


 おおおーっ!

 ざわざわざわ。


 また帝王の腕前を見られるとあって、観客の盛り上がりは最高潮に達している。


 ククク。

 その帝王が無様に這いつくばる姿を、その目に焼き付けるがいい。


「さあーっ! 次なる挑戦者はゲドー様だーっ!」

「邪悪なる大魔法使いをつけろ」

「邪悪なる大魔法使いゲドー様だーっ!」


 俺とメッチャモグモグ選手はキッチンを前にして睨み合う。


 マホがいそいそと俺にエプロンを装着する。


 何だこのウサギ柄は。

 舐めてるのか。


「さああーっ! お題を決めてくれゲドー様ーっ!」

「肉のスープだ」

「グハハハハ。野蛮人の料理か? これは勝負あったな」

「戦う前から遠吠えとは、負け犬は哀れだな」


 このゲドー様の手並みを見て、凡人には決して届かぬ高みがあると思い知るがよい。


「さあーっ。勝負開始だーっ!」


 俺は肉を鍋に入れる。

 入れる。

 入れる。

 入れる。


 煮る。

 ぐつぐつ。


 煮る。

 ぐつぐつ。


 横を見ると、メッチャモグモグ選手も俺と全く同じ手順で料理をしている。


 だが無駄だ。

 無駄無駄無駄だ。


 最強のゲドー様の腕を真似るなど、雑魚に到底できるものではないのだ。

 なぜならこの俺は最強だからだ。


 ふとマホが、キッチンの下からこっそり顔を出した。


「何をしている」

「隠し味なのです」


 マホは『毒消し草』と書かれた袋から葉っぱを取り出し、俺の鍋にぽいぽいと投入した。


「邪魔をするな」

「もうしないのです」


 マホが引っ込んだ。


 ふん、まあいい。

 どう味付けしようが、この俺の料理が最強であることは揺るがんからな。


「さあーっ! お互いの料理が完成だーっ!」


 おおおーっ。

 ざわざわ。


 今や観客の歓声は割れんばかりだ。


 ぐつぐつ煮え立ったスープが運ばれる。

 緑色で泡がぼこぼこと立っている。


「では審査員の先生方、まずはゲドー様のスープからどうぞーっ!」


 もぐもぐ。


 もぐもぐ。


 ……。


「うげえーっ。い、いったい何を入れたのじゃ」


 審査員の先生方とやらが顔をしかめている。


「カエルとヘビとイモリとコウモリとバッタとカブトムシとザリガニと各種キノコを煮込んだスープだが?」

「うげええーっ!」


 審査員どもが青い顔をしている。


「どうやらゲドー様の料理が高尚すぎて、理解が難しかったようなのです」

「ふん、そのようだな」


 これだから凡人は困る。


「グハハハハ。すでに勝敗は決したようだな」


 メッチャモグモグ選手が勝ち誇っている。


「では続いて無敗の帝王のスープだーっ!」


 これも同じく、緑色にぐつぐつ煮え立っている。

 同じ手順で作ったのだから当然だ。


 審査員どもが青い顔をしながら食べる。


 もぐもぐ。


 もぐもぐ。


 ……。


 ドサッ。

 バタバタッ。


「あ、ああっとーっ! 審査員の先生方が泡を吹きながら倒れたーっ!」

「な、何だと! 馬鹿なーっ!」


 メッチャモグモグ選手が驚愕している。


「ふはははは! 見事に全滅だな。どうやらお前が作ったのは料理ではなく毒だったようだなあ」

「こ、こんなことが……!」


 高笑いをする俺の足元で、メッチャモグモグ選手ががっくりと膝をついている。


「これは毒をこしらえてしまったメッチャモグモグ選手の負けだーっ!」


 おおおおおーっ!

 無敗の帝王が負けたー!

 ざわざわざわ!


「こ、こんなはずはない。我は貴様と全く同じ料理を作ったのだ! 貴様の料理で審査員が無事なはずがない!」


 マホが毒消し草の袋をこっそり背中に隠す。


「ふん。自らの敗北を受け入れられんとは、これぞ小物たるゆえんだな」

「我が、無敗の帝王たる我があ……!」

「案ずるな。帝王の称号は、今日からこのゲドー様が引き継いでやろう」


 わああああーっ!

 ゲドー様!

 無敗の帝王!


「よい、よいぞ。もっと讃えろ! ふぁーっはっはっはっは!」


 帝王!

 帝王!!

 帝王!!!


「ゲドー様は料理でも最強なのです」

「そうだろう、そうだろう」

「さすがなのです、ゲドー様」

「ふははははは! はーっはっはっはっは!」


 マホは賞金をもらってほくほくしていた。


「新・無敗の帝王には三ツ星シェフの称号が贈呈されます!」

「よきにはからえ」

「帝王の料理は三ツ星レストランのメニューに追加されます!」

「よきにはからえ」


 クククク。

 このゲドー様はどの分野であっても最強ということが証明されたわけだ。


 魔王を倒した暁には、料理界の制覇も悪くないかもしれんな。

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