串刺しの刑
キシリーが竜の背中で何やらがんばっている。
よく見てみると、騎士の剣を鱗と鱗の隙間に差し込んでいる。
そしてテコの原理でぐいぐいやっている。
あれで鱗を一枚、剥がそうというのだろう。
本来ならば、たかだか一枚剥がした程度でどうなるものではない。
だがどうやらキシリーは、この俺が最強の大魔法使いゲドー様であることをよくわかっているようだ。
よかろう。
俺は使う魔法を選定する。
広範囲・高威力の魔法は不要だ。
この俺の魔法が、ただ派手なだけではないことを見せてやるとしよう。
「グオオオオ――!」
俺たちを倒せず業を煮やした竜が、めちゃくちゃに暴れ始める。
爪を振るい、巨大な尻尾を振り回し、アギトから炎を撒き散らす。
だがマホが次々と展開する結界に阻まれ、いずれも俺たちには届かない。
炎だけは熱いがな。
「うわわわーっ!」
キシリーが振り回されて必死に鱗にしがみついている。
「キリ・キリ・ジア・キリ・キリ・ユク・リータス」
俺は飛翔の魔法を維持しながら、指先で空中に印を描く。
キシリーが手に持つ剣に、一際力を込めた。
バキン!
騎士の剣が折れて、同時に竜鱗が一枚、竜の背から剥がれ落ちた。
たかが一枚。
だがその一点だけ、竜の肉が露出している。
そしてそこは背中。
言い換えれば、心臓の真上だ。
「極寒の氷河を束ねよ。でかくて太くて長い絶対零度の槍を食らいやがれ」
俺の手に、長い長い氷の槍が出来上がっていく。
キレーナ森林のダークエルフは、この魔法を細かな氷の破片として雨のように降らせていた。
俺はそれを一つに束ねて使う。
出来上がった強固な氷の槍は、長さ10メートルにも及ぶ。
これだけの長さの槍を、折れずに頑丈に、かつバランスよく作り出す魔法の技術。
さすがは俺と言えよう。
「グオオオオ――! 何をする気だ、下等な人間――」
竜が炎を吐きまくるが構わん。
俺は飛翔の魔法を操り、竜の頭上まで飛んだ。
「相手が悪かったな、羽虫」
俺は竜を見下ろした。
竜が怒りの眼差しで見上げてくる。
ククク。
これだ。
自分を強者だと思い込んでいる雑魚を見下ろすこの快感よ。
「キリエラー」
俺は長い長い氷の槍を投擲した。
「ギオオオオ――!」
槍は過たず、竜の背中――竜鱗が剥がれた一点に突き刺さった。
氷の槍はそのまま竜の硬い肉を貫通し、心臓にまで到達した。
「ギオオ……」
アギトから漏れる咆哮が弱まっていく。
「落ちろ蚊トンボが」
俺の宣告に呼応するように、竜の巨体は力を失って落下した。
「うわあああーっ!」
竜の背中に張り付いていたキシリーが悲鳴を上げる。
ちっ。
手間のかかる奴だ。
俺は竜の背中まで飛び、キシリーを拾い上げた。
「た、助かった。ゲドー様……!」
空から見下ろすと、竜がちょうど城に落下するところだった。
巨体に押し潰され、城が半分ほど崩壊していた。
「ああ……。城が」
「ふん。あんなもの、また作り直せばよい」
俺たちは地上まで戻ると、竜の背中に着地した。
竜は巨体を瓦礫に横たえ、ぴくりともしない。
完全に息絶えていた。
「す、すごい……。さすがはゲドー様だ」
「ふん。当然の結果だな」
「ゲドー様、やったのです。最強なのです」
「ふははははは! この俺にかかれば竜ごとき、吹けば飛ぶ塵芥も同然だったな」
しかしまあ。
キシリーも雑魚騎士なりに、尽力したと言えなくもない。
「キシリー」
「うん?」
「小物なりによくがんばった」
「……!」
キシリーは一瞬驚いた表情をして、それからとてもとても嬉しそうにした。
「キシリーさんが鱗を剥がしてくれたおかげで倒せたのです」
「そ、そんなことは……。でもありがとう、マホ」
「こちらこそありがとうなのです」
ふと気づくと、キシリーは折れた剣を大事そうに持っていた。
「キシリーさんの剣が」
「ああ……。名匠が打ってくれたいい剣だったのだが、さすがに無茶をさせてしまった」
「剣にもありがとうなのです」
「ふふっ、そうだな」
キシリーは恐る恐る竜の顔を覗き込んだ。
「ゲドー様。これで魔王四天王は、全て倒したのか?」
「そうなるな」
「では」
「そうだ。後はもう魔王の居城に直行するだけだ」
「そうか……」
キシリーは何やら悩む素振りを見せたが、やがて小さく首を振った。
「ゲドー様とマホなら、きっと魔王を倒せることだろう」
「当たり前だ。この俺を誰だと思っている」
「最強のゲドー様だ」
「ふん。その通りだ」
マホがちょこんと俺の隣に並んだ。
「ゲドー様。行くのです?」
「もうこんな国に用はないからな」
「待ってくれ。国王が戻るまで滞在しないのか? 褒美ももらえると思うが……」
「いらん。そんなはした金など、貴様がもらっておけばよかろう」
「しかし」
俺は鼻を鳴らした。
「つまらん些事にこの俺を煩わせるな。報告も報酬も貴様が全てやっておけ」
「そ、そうか」
「そしてそのはした金で、貴様のみすぼらしい家に風呂でも増築するんだな」
「ゲドー様……」
俺はローブを翻して歩き出す。
「キシリーさん、きっとまた会えるのです。そのときはまた一緒に戦うのです」
「ああ……。マホ、元気で。それと無事で」
マホはキシリーにぺこりとお辞儀をして、俺の後に続く。
「ゲドー様!」
キシリーが俺の背中に声をかけてきた。
やかましい奴だ。
「私はもっと自分を鍛える!」
「好きにしろ」
「いつか必ず、ゲドー様と並ぶに値する騎士になってみせるから、そのときはあなたの隣に置いてくれないか……!」
「なってから言え」
俺とマホはその場から立ち去った。
キシリーは俺たちの姿が見えなくなるまで、ずっと佇んでいた。
◆ ◆ ◆
馬車は街道を走る。
「ゲドー様、つれない対応だったのです」
「この俺に人情溢れる答えでも期待したのか? 実にくだらんな」
がらごろ。
「キシリーさんは真っ直ぐな人なので、きっと強くなるのです」
「かもしれんが、どうでもいいな」
「そうすればまた、寝るときにキシリーさんを侍らせることができるのです」
「む」
それは悪くない。
「まあ今よりいくらかマシになれば、そのときは隣に置いてやるのもよかろう」
「はいです」
マホが小さく笑んだ気がした。
「そんなことより、ようやく魔王だ」
「ようやくなのです」
そうだ。
ついに俺の封印が完全に解ける日が来るのだ。
クククク。
待ち遠しい。
待ち遠しいぞ。
魔王を完膚なきまでに叩きのめし、そのうえでマンマール王国に復讐を果たすときがな。




